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Original subtitles

(深澤ふかざわ 薫かおる)新人漫画家時代に つきあっていた その女性は―

1学年下の大学の後輩で―

痩せた野良猫のような目つきは―

他人に心を開かない彼女の性格を よく表していた

(少女)テレビでタレントが バカ笑いしてるのを見てると―

本当に吐き気がする

(深澤)いつも何かに対して 漠然といらだっていて

(少女)フフッ

(シャッター音)

(少女)やめてください

私 自分の笑い顔 嫌いなんです

(深澤)あまり笑うこともなく

(少女) 首を絞められてるときだけが―

安心できる瞬間だから

(深澤)時折 訳の分からないことをつぶやいた

(少女)絞めて

(深澤)僕の漫画を 最初に褒めてくれたのは彼女だった

(少女)漫画 読みましたよ

私 結構好きです

でも もう 多分 読みません

先輩のこと 知りすぎてしまうのが怖いから

でも 本当は 私は そんな人間じゃなくて―

多分 あなたが―

そう思い描いているであろう私を 演じてるだけなんだよ

そんなふうに自分を演じるのが どれだけ むなしいか―

あなたに分かる?

私は もう疲れました

深澤君は いつも―

“漫画 漫画”って その話しか しないから

理想を追い求める姿勢は 尊敬してるけど―

私は ずっと一人だった

もっと普通の恋人みたいに―

気楽に笑っていたいときもあったよ

あなたは私を好きだって 言ってくれるけど―

ホントは私のことなんて 何にも分かってない

でも 深澤君

私には分かるよ

あなたが どんな人なのか

じゃあね

(ドアが閉まる音)

(深澤) それきり 一度も会っていないし―

どこで何をしているのかも知らない

その後 僕は連載が忙しくなり―

仕事で知り合った 女性編集者と結婚した

もう10年以上前のことなんだな

♪~

~♪

(解錠音)

(メロディーを口ずさむ声)

(ドアが開く音)

(町田のぞみ) おかえり 珍しいね こんな時間に

(深澤)すぐ仕事場 戻るけど

(のぞみ) 連載 終わったばっかりなんだし 少しぐらい 休めばいいのに

(深澤)スタッフに仕事 作んないといけないから

(のぞみ)えっ?

スタッフに仕事 作んないといけないから

(のぞみ) ああ… 牧浦先生のとこはね―

連載が終わるごとに スタッフみんな 解散させるって言ってたよ

仕事のしかた それぞれだから

(のぞみ)えっ?

聞こえないのよね

あっ ねえ それ 読んだ? すっごいよかったよ

(深澤)そうなんだ (のぞみ)うん 牧浦先生も大絶賛

へえ

(のぞみ)あたし 今度 その作家と会うことになってて―

まだ20代なんだって

これから まだまだ 売れるんじゃないかな

薫君も好きそうな話だし 次の連載の参考になるんじゃない?

(深澤)チーにごはん あげた? (のぞみ)あっ ごめん あげて

(のぞみ)今日 あたし 牧浦先生と 深夜まで打ち合わせだから

(スマホのバイブ音) (深澤)分かった

(のぞみ)あっ はい お疲れさまです

あっ ちょうど今 出るとこです じゃあね

はい ええ 3時には全然 間に合うと思います

はい お願いします はい 失礼します

(ドアが閉まる音)

(猫の鳴き声)

チー

チー

おいしい?

チー

いい匂い

(冨田奈央)深澤先生

深澤先生

深澤先生!

ん?

(冨田)今日から私たち 何 描けばいいんですか?

とりあえず 何か… 適当に 使えそうな背景 描いといて

(近藤)了解しました

今日 7時から新宿しんじゅくで打ち上げですね

「さよサン」

えっ?

(徳丸)え~ 作品に対する 深澤先生の熱意は―

担当編集者として 大変 刺激になりました

え~ 改めて 深澤先生 8年間の長期連載 お疲れさまでした

(社員)お疲れさま

(拍手)

(社員)お疲れさま (社員)お疲れさま

(徳丸) では 先生のほうからも ひと言

(深澤)はい

え~ 本日は お集まりいただき ありがとうございました

8年ですか

そんなに長い期間―

一つの作品に向き合ったのは 初めてなので―

今は ただ―

そうして過ぎ去った年月に 呆然ぼうぜんとしてます

とはいえ… (スマホの着信音)

(社員)もしも~し はい (深澤)振り返っても あれなんで

(社員)はい もしもし?

ひたすら 先を見て…

(編集者)このあと 社に戻んないといけないんだよね

(深澤) これからも ずっと もっと面白い…

(編集者)大変ね

(深澤)読者に 面白いと思ってもらえる作品を―

ずっと…

ずっと描いていきたいと思います

ありがとうございました

(拍手)

(冨田)ああ~ おなかいっぱい

アシスタント冥利みょうりに尽きます

よかったですね 編集さん たくさん集まってくれたし

打ち上げなんて ただの慣例でしょ

誰も俺の話なんて 聞いてなかったじゃない

そんなことないですよ

(深澤)出版社からしたら もう終わった作家なんだろうな

(冨田)えっ でも 深澤さん… 「さよサン」よかったし―

フォロワー 多いし そんなことなくないです?

最終巻の発行部数 どれだけ減らされたか知ってる?

SNSなんて何の当てにもならない ただの遊びじゃない

え~ そうです?

営業の連中は 作品の内容なんて関係なし

金払いのいいヤツを相手にしてるだけ

俺の読者は若いし 飽きも早い

たとえ 一部の信者化したファンが 残ったとしても―

昔 売れたことを鼻にかけた 老害作家になるのが関の山だろうね

この辺 ずっと工事してますよね

(深澤) 冨田ちゃん 俺の話 聞いてる?

めっちゃ聞いてますよ!

そういえば こないだの新人賞 どうだったの?

あっ 私 最終選考まで残ったんですよ

あと コミケで名刺交換した 編集さんからも―

いろいろ 企画 振られてて

(深澤)そっか

ようやく冨田ちゃんにも 追い風 吹き始めたんだろうね

実力あるんだから頑張んなよ

わ~い ありがとうございます

来年こそ頑張ります フフッ

(メッセージの受信音)

(女子高生)うん

うん

うん 行けないって

だから 行けないって

うん

(店員)おっぱいは どうします?

(深澤)おっぱいは お任せします

(店員)おっぱいは お任せですね

(深澤)ほかも なんか いい感じでお願いします

(店員)あっ はい 検索しますね

(ノック)

(深澤)はい

(ゆんぼ) わあっ この部屋 めっさかわいい!

え~ かわいい!

改めまして こんばんは ゆんぼで~す

ジャ~ン! JKだお

もう~ もっとリラックスすればいいのに

緊張しなくていいんだぞい

(深澤) こういうの 学生のとき以来だから

ずっと仕事詰めで そんな余裕なかったし

何のお仕事? あっ 待って 当てるから

ん~っと…

漫画家

プロの漫画家しゃんなの?

私の友達も1人 漫画家 目指してる子いるよ

へえ

あっ「君歌きみうた」って読んだ?「君歌」

(深澤)いや 読んでない (ゆんぼ)え~ 読みなよ

友達が めっちゃ泣けるって言ってたよ

(深澤)そうなんだ

私も好きな少女漫画は 発売日に必ず買うんだ~

漫画家なんて つまんないよ

なんで? なんでお~?

(ゆんぼ)変なの 漫画家しゃんなのに漫画嫌いなの?

嫌いだよ

でも ちょっと分かるな

好きすぎて 嫌いになっちゃうってこと あるよね

私もヴィジュアル系 追っかけてたとき そうだったもん

そういうことなのかな

おにいさん きっと疲れちゃったんだね

分かるよ 私も つらい時期あったもん

すっごいの やってあげるから 嫌なこと ぜ~んぶ忘れちゃえ

(ゆんぼ)あっ めっさ勃たってきたお!

(深澤)うん

(ゆんぼ)ん? どうした?

ん?

ありがとう

君は優しいな

(ゆんぼ) おろろ… どうした どうした?

泣かないで

いい子ちゃん いい子ちゃん

いい子 いい子

(冨田)先生

ん?

今日は何描けばいいですか?

何か適当に 使えそうな背景 描いといて

了解しました

(冨田)しました~

(深澤)ちょっと洗濯 行ってくるわ (近藤)了解しました

しました~

(ドアが開く音)

(バイブ音)

(深澤)もしもし

はい

化粧品の広告漫画?

はい

あっ そんなにもらえるんですか

へえ

あっ でも やっぱり やめときます

はい

今は次回作に集中したいんで

はい

(深澤)たかが漫画家のくせに 何を偉そうにとは思うよ

(山石)えっ? 何か言った?

いや

(加賀)しかし いい結婚式だったな

なっ なっ?

(山石) ん? うん いい結婚式だったよ

加賀 2次会は? 顔出す?

いや 俺は…

でもさ 野澤の歌には笑ったな

(加賀)ハハハハッ (山石)ハハハッ あれ 笑ったな

(山石) 新婦の家族 みんな引いてたな

♪ 船頭はよ 船頭はよ

♪ 船頭はよ

あれ 平野がツッコまなかったら ず~っと歌ってるつもりだったぞ

(山石)いや もういいって (加賀)ハハッ

ずっと“船頭はよ”っつってたな

(加賀)山石 ビール (山石)ん? うん

(加賀)はい

あっ そういやさ ムトゥの嫁さん 妊娠5か月だってよ

へえ~ ムトゥに子供ねえ

これで大学のときのゼミの連中は 全員 世帯持ちか

(深澤)すいません ウーロン茶1つ お願いします

(店員)は~い

(平野)は~い

ウーロン茶 1丁

(加賀) 平野 お前 どこ行ってたんだよ

(平野)ん? たばこだよ たばこ

♪ 船頭がよ 船頭がよ

(山石) たばこ やめたんじゃなかったっけ?

子供がでかくなったから解禁したんだ

さっきも言ったぞ

(山石)そうだっけ?

俺は きっぱり やめたぞ

ん? そっか

山石のとこ 2人だっけ?

(山石) そうだよ 3歳の息子と1歳の娘

深澤のとこは? 子供 作らんの?

ああ

連載 終わったんなら 多少はさ 余裕 出来たんだろ?

こっちに出来ても向こうがな

(平野)えっ?

こっちに出来ても向こうが…

今じゃ 俺より忙しそうだし

(加賀)町田ちゃん… のぞみさんも もういい年だし―

子供 作んだったら 結構ギリギリかもよ

どうなんだろうな

(加賀)えっ?

お互い ずっと仕事優先で 子供の話なんか 一度も出たことないし

(加賀) じゃ お前 なんで結婚したんだよ

(平野)んだよ ハハハッ

いや なんとなく そういう雰囲気だったっていうか…

(山石)まあ もういいじゃねえかよ よそんちには よそんちの考えがさ

俺も たばこ

(加賀)あっ…

(平野)ん? (加賀)いいよ

今日 深澤が来たのは ちょっと意外だったな

まあ 多少は人づきあい 覚えたんじゃないの?

あいつは学生のときから 何も変わってねえよ

いつも漫画 漫画でさ

ほかのことは どうでもいいって スタンスだったろ?

(平野)あっ 子供の話? (山石)うん

でも まあ 実際 それで 深澤 売れたしな

面白いの? あいつの漫画

(山石)ん?

誰も読んでねえのかよ

(笑い声)

(山石)アハハハッ! (加賀)おいおい

(加賀)♪ 誰もよ 読んでねえのかよ

(深澤)そっちは今から? (のぞみ)うん そうそう

(のぞみ)あっ!

ねえ 牧浦先生 漫画賞 取ったんだよ

だからね 週末 その受賞パーティー!

俺は今の予定を聞いたんだけど

うん だから 今から そのスピーチの原稿 考えるのよ

もちろん 先生も一緒によ

そこまでしてやんなきゃいけないの?

えっ?

それ いいように使われてるだけじゃん

いや でも… あたし 別に嫌じゃないし

そんなんだから 作家がつけあがるんだよ

ごめん 分かった

でも 今まで ずっと このやり方でやってきたし―

牧浦先生 大切な作家さんだから…

(深澤)それさ いつまで続くの?

えっ 薫君 どうしたの?

その大切な作家さんとの 時間 抜いたら 残りは?

えっ 残りって…

(深澤)俺には何分 割けるの? ねえ

昨日 この「君歌」の作家に 会ってきたんだけど…

(深澤)読んだ

薄っぺらで くだらない漫画だった

こんなのが売れてることに 危機感 持てよ

作り手が読者 バカにしだしたら もう終わりだろ

(のぞみ)この作家さん―

薫君に すごく影響受けてるんだって って言おうと思ったんだけどな

じゃ 俺の漫画も くだらないんだろうな

もう うんざりだよ!

何が面白いとか 何が売れてるとか そんなもんに一喜一憂する生活―

もう うんざりなの

分かった ごめん 話があるなら ちゃんと聞くから

“遅れる”って 牧浦先生に連絡していい?

(深澤)君といると 俺はもう 敗北感しか感じないし―

そこまでして この生活 続ける気力はもうない

だから もう別れよう

えっ…

(牧浦かりん)はい 牧浦

もうやってらんねえよ こんなの

(牧浦)もしもし 町田?

どうした?

(牧浦)もしもし? (猫の鳴き声)

(ドアが閉まる音)

(スマホのバイブ音)

(深澤)はい

徳丸さん

アイデアは いろいろ 浮かんでるんですけど…

はい

なかなか まとまんなくて

すいません

春までにとか言っときながら

はい そうっすね はい

もう少し めどが立ったら こちらからも連絡します

はい

(ゲーム音声)レッツゴー いけ!

ストップ

頑張れ 焦らないで

あっ! そ… そこで大丈夫かな

この瞬間がドキドキだね

(深澤)よし

(女子高生)無理 絶対無理 (女子高生)だよね~

(女子高生)でも 茜あかね 我慢したんだよ (女子高生)えっ マジ?

(女子高生) ヤバくない? 茜 ヤバくない?

(ゲーム音声) ドキドキが止まらないね

(深澤)あっ…

(深澤)本当に申し訳ない

次の連載が決まるまで…

それがいつになるか まだ分からないんだけど

夏までには必ず

それまで一度―

この事務所を解散させてください

あ… 俺は かまわないですけど

掛け持ち先の 別の先生の所で シフトは増やしてもらえるし

私は…

私は困ります

私 連載 決まった友達から 誘われてたのに―

それ 断って ここに残ったって話 しましたよね?

(深澤) 来月分の給料は払わせてもらうし その友達にも俺のほうから説明…

いや もう無理ですよ!

そんな… 売れたからって 何でも融通利くとか思わないでください

(深澤)ホントに申し訳ない

はあ?

いや… 謝られても困るんですよ

仕事 ナメてんじゃないですか?

何ですか?

えっ 何か言いたいですか? 何?

いや…

いたんだ

おかえり

洗濯物 取り込んでた

(深澤)そう

書いてないよ

(深澤)どうして?

(のぞみ)あたしは別れたくない

薫君が疲れたっていうなら しばらく休めばいいと思うし―

そのことで誰も文句言わないと思う

できたら あたしは 描き続けてほしいけど…

えっ? 何の話?

こないだの続きよ

(深澤)全然 別の話じゃん (のぞみ)いや 別じゃないよ

自分の都合のいいように すり替えてるのは薫君のほうでしょ?

仕事に… 漫画に 嫌気が差したからって―

どうして あたし 別れなきゃいけないの?

どういう解釈だよ

えっ 間違ってる? あたしには そう取れたけど

薫君 ちょっと待っ…

薫君 薫君!

ねえ 薫君 待ってよ!

自分の漫画が売れなくなったからって あたしに当たられても困る!

(パソコンを投げつける音)

(編集者)あんたの漫画は こざかしさが鼻につくんだよ

うちはコンビニで弁当買うついでに 漫画買う客が相手なんだからさ

“暴力 エロ 感動”

読者が求めるのは この3つ

簡単に言っちゃえばね―

高尚なもんをやりたいんなら 同人でやってくださいよ

あ… と… じゃ この原稿 どんな感じで直したら…

(編集者)フッ… そう言ってアドバイス請う時点で―

あなた 才能ない!

(店員)あ~ ゆんぼちゃんは 本日 あいにく欠勤で

あっ でも ほかにも ぽっちゃり系で爆乳の子でしたら…

(深澤)あっ いや 別に胸は小さくてもいいんで

できたら 細い子で

(ノック)

(ノック)

(深澤)はい

(ドアが開く音)

(足音)

(ドアが閉まる音)

どうぞ

(ちふゆ)失礼しま~す

お店に連絡入れますね

はい 入りました

…ですか?

えっ?

仕事帰り… ですか?

あ… そう

いや… 違うかな

ん? どっち?

いや…

ちょっと 君の目が…

猫みたいだから

フッ… そう たまに言われる

あと その髪形 いいね

これ すごい評判悪いのよね

漫画 読んでたんですか?

あっ うん

(ちふゆ)あれ こないだ お店の子に すごい勧められました

すごい泣けるんですよね

漫画 好きなんですか?

いや

俺は仕事で読む必要があって

(ちふゆ)へえ

(深澤)君は漫画好き?

(ちふゆ)う~ん

ごめんなさい

どちらかというと嫌いかも

いや 全然

俺も嫌いだよ

あの漫画も ただの時間の無駄だった

時間を潰すにも もっとやるべきことがあっただろうに

そう

大変なのね お仕事

(深澤)少し一緒に歩ける?

(ちふゆ)あの通りまでなら

(深澤)それでいいよ

(ちふゆ)今日は もう家に帰るの?

(深澤)いや 仕事場に

(ちふゆ)そう でも無理しないでね

あなた すごく元気ないもの

(深澤)そうだね

ありがとう

(ちふゆ)そういえば セーラー服 着るの 忘れてたね

(深澤)じゃ 今度は ちゃんと指名して 着てもらうよ

(ちふゆ)私 案外 似合わないのよ

(深澤)それは残念だな

(ちふゆ)ここまで

じゃあね

名前は?

ちふゆ

ちふゆ…

(くぅ~太郎)確かに

(塚田)えっ? 何が?

何が?

あっ かりん先生 すごいっすよね

(くぅ~太郎)ねっ すごいですよね (塚田)ハハハハッ

(塚田)しかし 8年間も連載を続けられたのは―

深澤先生の根底にある… 漫画愛だと思うんですよね

(塚田)どうですか? (くぅ~太郎)どうですか?

(深澤)描きだした頃は… (塚田)うんうん

読者に伝わらないんじゃないかなって 不安になって―

かなり説明ゼリフ 書いてたんですけど―

だんだん それもバカらしくなって―

説明ゼリフを 排除するようになりましたね

(くぅ~太郎)うん うん

(深澤)僕の描く漫画は… (塚田)うん

決して 万人に受け入れてもらうように 描いてはいないんで

いや しかし「さよサン」―

弊社のランキングで 31位に入ってます

すごいですよね 31位

(塚田)どうですか? (くぅ~太郎)どうですか?

所詮 31位かってことですね

(塚田)あっ…

あの…「さよサン」 あの 最終巻の… (スマホの着信音)

(徳丸)はい 徳丸です

すいません すいません

最終巻の意外な展開 SNS上でも話題になってました

で… 中でもリンですよね

リンの あの選択 あれは誰にも読めなかったと…

レンのことですか?

レン… レン

(塚田)レンだよ (くぅ~太郎)レン すいません

レンが… レンが 望月もちづきを選ぶっていう…

剣持けんもち

望月じゃなくて 剣持

なるほど

(塚田のため息)

すいません あの…

レ… レンが望月を…

(塚田)リンだよ (深澤)レンです

(塚田)レンでした (くぅ~太郎)すいません

せん… 先生 先生は その デビュー当時から あの… え~

若者の悩み 葛藤を シャレオツに描くっていうことで―

圧倒的な 熱狂的なファンを 獲得してきたわけですよね

その… 批判が著者の耳に 直接入る機会も多い このご時世に―

それでも描き続けられるっていう その あふれる漫画愛

その漫画愛 その根底 源は 一体 どこから来て…

漫画愛…

漫画家だからって 漫画を愛してる前提で話すの―

やめてもらえませんか

そ… そうですね

そうっすね

そうっすね

(深澤)すいません なんか ちゃんと話せなくて

(徳丸)いやいや いつもどおり 聞き応えある話でした

(深澤)あの人たち 僕のこと バカにしてましたよね

(徳丸)いやいやいや そんな…

(深澤)あのライターって人―

ネットレビュー 斜め読みしただけ みたいな質問だったし

(徳丸)いやあ… そうっすかね~

あの程度のライター よこすなって そう言っときますよ

いや… それは 所詮30位ってことなんでしょうから

徳丸さん このあと 打ち合わせとかできますか?

あっ ごめんなさい

今 このあと もう 別の作家さんと打ち合わせあって…

それ 何時ぐらいに終わります?

あっ 申し訳ないんですけど―

なんか 今 すごい もう バタバタしちゃってて

あの… 落ち着いたら すぐ 連絡しますんで

(深澤)いや… (徳丸)ああ もう… もう あの…

今後は申し訳ないんですけど 僕の都合のいい日に―

編集部まで来ていただけると…

ホント 申し訳ないんですけど

そうですか

じゃ 今日は お疲れさまでした

(深澤)お疲れさまでした

(電話の呼び出し音)

(深澤の母) あっ 薫? お母さんです

何度 電話しても出ないから 忙しいんだと思います

元気ですか?

お父さんね おととい 階段から落ちちゃって―

大したことなかったんだけど ますます怒りんぼになっちゃったよ

あっ のぞみさんは元気?

また3人で会えたらって思ってるよ

あれ? これ ちゃんと入ってるのかしら

どこか押すんだっけ

(ノック)

(ちふゆ)出して

口に出していいよ

(テレビから流れる英会話)

何してるの?

(ちふゆ)映画を見るときは こうやって字幕を隠すの

(深澤)英語の勉強?

(ちふゆ)そう

(深澤)英米文学部だもんね

俺 英語 全くできないから 大したもんだよ

(ちふゆ)でも 重要そうな場面は 普通に字幕 見るよ

翻訳する人のセンスが重要ね

あなたの仕事って お休みはあるの?

えっ?

旅行とかするのかなって

旅行はしないかな

(ちふゆ)私 ゴールデンウイークに 友達とポルトガルに行ってくる

ポルトガル?

そう リスボン

あなたは…

そっか あなたのお仕事の話は 聞かないほうがいいわね

どうして?

明かしたくないんでしょ?

いや

えっとね… え~

宇宙飛行士

フフッ

やめてよ 冗談なら もっと面白くして

フッ…

(テレビの音声) (女性の笑い声)

(常川)では わたくしも味見を おおっ 確かに 確かに!

(丸尾)もう一度 味見を

(女性の笑い声)

(徳丸の声)はい 徳丸です ただ今 電話に出られません

発信音のあとに あなたのメッセージをお願いいたします

(発信音)

あっ お疲れさまです 深澤です

売れる漫画について いろいろ考えたんですけど…

ネットの言いなりみたいな作品 作り続けてたら―

そのうち 業界全体が落ちぶれますよ

徳丸さん

作り手側の人間が―

表現の先細りに加担して ホントにいいんですか?

(ドアチャイム)

(冨田)やっぱり 私 全然 納得がいかないんで

そう

急に辞めてもらったのは 悪いと思ってる

でも 余分なスタッフ代 君も受け取ってるし

もう これ以上 この話 しないで

(冨田) いや じゃあ お金は返しますよ

金の話は どうでもいいんですよ

5年間 ずっと不快でした

トイレの音が 丸聞こえだったことも―

一日中 たばこの煙が こもってたことも―

ものすごく不快でした

(深澤)そう思ったんだったら そのときに言ってよ

立場上 私が言えたと思いますか?

(深澤)いや まあ… それは そうなんだろうけどさ

深澤さん

ハラスメント行為をしていたことを 認めてください

(深澤)あのさ 冨田ちゃん…

深澤さん ハラスメントを認めてください

認めねえよ

私は そういう身勝手な態度が 納得いかないんですよ

深澤さん

(深澤) 俺 忙しいから そろそろ帰ってよ

(冨田のため息)

まあ そういう感じなんでしょうねえ

弁護士の知り合いがいるので この件は今後 その方に一任します

あっそう 好きにしたら?

(ゲームの効果音)

(ノック)

あっ…

あなたが来るなら お土産 持ってくればよかった

(深澤)ポルトガルだっけ

リスボン

疲れたけど 景色はどこも美しかった

(深澤)へえ~

でも 外国人でも 楽しい人は楽しかったし―

つまらない人は つまらなかった

私 ポルトガル語 頑張ったのよ

(せきばらい)

(ポルトガル語)

何て言ったの?

“言葉って いつも期待外れね”

知らないほうがいいってこともあるのか

(ちふゆ)そういうことかもね

(シャワーの音)

(ちふゆ)イって

イっていいよ

(ちふゆ)あなたは? ゴールデンウイーク 何してたの?

(深澤)えっ?

うん…

まあ 適当に楽しく ぶらぶらと

(ちふゆ)そう いいわね 気ままで

つまらないのよ

私の周りのみんなは―

ただ流行はやりを追いかけてるばかりで

(深澤)俺の周りも みんな そうだよ

(ちふゆ)もっと それぞれ 自分の感性があるはずなのに

もっと好きなように―

自由に生きられたらいいのにね

(深澤)そうだね

でも 君は自由そうに見えるよ

そんなことないよ

私だって いつも不自由

勝手に自分で自分を縛りつけてる

でも 縛られているから 私は私

あなたは あなたなのよね

どういう意味?

別に大した意味はないよ

口が退屈だから 適当にしゃべってるだけ

意味は あなたが勝手に決めて

字幕のない映画と一緒

勝手に想像してくれたほうが―

あなたにとって きっと面白いものになるわ

君は… 何者なの?

ん? 何?

いや…

あなただって 大概 つかみどころないわよ

私が分かるのは あなたが 宇宙飛行士じゃないってことだけ

また会える?

うん

でも 君 結構 予約 取りづらいんだよ

そう? じゃあ 頑張って

あなた 名前は?

君が決めたらいいよ

(ちふゆ)そうね

あなたは あなた

(山石) 結局 町田さんのほうが出ていくのか?

勤め先の近くに部屋借りるって

俺も近々 仕事場 引き払う

まあ いいんじゃねえの? しばらく お互い 頭 冷やせば

(山石圭吾)パパ!

お~い

俺にとって 別居は 離婚の前準備のつもりなんだけどな

やり直そうにも 溝が出来てから時間がたちすぎた

(山石)だったら 同じ時間かけて修復すればいい

でも… じゃ 例えば10年後―

やっぱり関係が戻らなくて いよいよ離婚だってなったとき―

俺も町田も50過ぎだよ

もし今後 町田が 子供を望むんだったら―

年齢的にも 離婚は急いだほうがいいでしょ

再婚相手との子供ってことか?

20代の頃は2人とも仕事に夢中で―

想像力が足りなかったんだよ

子供を持たずに年取るってことに

別に俺だって そんなこと想像して 子供 作ったわけじゃないよ

それに俺も漫画を描くことを―

一生 死ぬまで向き合える仕事だって 思い込んでたし

(山石)今は違うのか?

(圭吾)パパ!

パパ こっち来て

(山石)は~い 行く行く

お前 少し頑張りすぎだよ

次は ほかのヤツらも誘って 集まろうぜ

離婚届の証人なんて ケチな用事じゃなくてさ

それとな…

あんまり離婚の理由を 嫁さんのほうにばっかり背負わせんなよ

結局 お前は お前のしたいようにしてるだけ

昔から お前 そういうヤツだろ

おいで

おいで おいで おいで

よいしょ よいしょ~

(ラジオのジングル)

(ミカ) シオノギ ミカの「あなたと共に」

本日は 今 話題の大人気コミック 「進め! 女のマンガ道」の作家―

牧浦かりん先生をゲストに迎え お話を伺ってます

(牧浦)よろしくお願いしま~す

(ミカ)牧浦先生 ズバリ 牧浦先生が漫画を描かれるうえで―

一番大切にしてらっしゃることって 何ですか?

(牧浦)ん~ ライブ感ですね

とにかくバーッと考えて ガーッと描くっていうのが―

私の漫画の命ですから 勢いが

(ミカ)さすが牧浦先生!

さて 今回は そんな牧浦先生の素顔を知る―

担当編集者の町田のぞみさんにも お話を伺いたいと思います

(店員)すみません お客様

ちふゆちゃんは 本日 予約でいっぱいでして

そうですか

(店員)深澤さんですよね

いつも ちふゆちゃんを ご指名ありがとうございます

はい

はい

(店員) 実はですね 彼女 今月いっぱいで 辞めることになってまして

えっ?

えっ?

えっ?

(ちふゆ)珍しい

いつもは90分なのに 今日は120分なのね

(深澤)今日は予約取るの必死だった

(ちふゆ)そう

あなた 仕事は?

(深澤)今は暇な時期だから

(ちふゆ)そう

今日は お風呂ためる?

(深澤)いや

ウフフッ

赤ちゃんみたい

どうしたの?

あなた 今日 少し変よ

(深澤)お店の人に聞いた

今月で辞めるって

ああ… うん

ちょっと実家に帰るの

(深澤)どうしたの?

おばあちゃんが病気で倒れちゃって

家族で面倒見れる 暇な人 私しかいないから

(深澤)そうなんだ

夏休みの間だけだけどね

(深澤)そっか

でも 私… 地元 あまり好きじゃないのよね

会いたい友達もいないし

なあに?

俺もついてっていいかな

えっ?

途中まででも

フッ… なんでよ?

すごい田舎よ?

一緒に行きたい

君さえよければ

(ちふゆ)う~ん…

オッケー いいよ

じゃ LINEラインのID 教えて QRコードでもいいよ

キューアールコード?

貸して おじいちゃん

(ちふゆ)んっ

(深澤)これ?

なんかイメージと名前が違う

(ちふゆ)気にしないで

(ちふゆ)ハア ハア…

お待たせ

ん?

いや ホントに来たと思って

私も

なんか いつもと感じが…

いつもは 店が用意した服だから

変?

全然 そういう意味じゃなくて…

行こう 電車に遅れちゃう

(遮断機の警告音)

(セミの鳴き声)

(シャッター音)

(シャッター音)

(物音)

(セミの鳴き声)

びっくりした

(クラクション)

(ちふゆ)お待たせ~

♪(カーステレオ 「スーパー、スーパーサッド」)

お父さんの車 借りられた

(深澤)へえ~ かっこいいね

思ってたより田舎で驚いた?

俺の地元も こんなもんだよ

(ちふゆ)あなたも田舎者なんだ

乗って

(ボリュームを上げる)

(ちふゆ)知ってる? この曲 私が高校のとき よく聴いてたんだ

(深澤)知らない

(深澤)おばあちゃんの具合は?

大丈夫 入院先が決まったみたい

(深澤)なら よかった

でも 仕送りは少し減らされるかな

困るのよね 私の部屋の家賃 高いから

(深澤)いくらなの? (ちふゆ)15万

それは高いな

(ちふゆ)ルームシェアしてた子が いなくなっちゃったのよ

だから早く引っ越さなきゃとは 思ってるんだけど

(深澤)もしかして 引っ越し資金 ためるために―

今の仕事を?

(ちふゆ)最初はね

でも なんか うやむやになっちゃった

(深澤)辞められない?

(ちふゆ) 学生の間は続けるんじゃないかな

(深澤)そっか

(ちふゆ) 旅行も買い物も自由にできるし―

そういう金銭感覚に もう 体が慣れちゃったから

(ちふゆ)あっ! (急ブレーキの音)

この店 潰れたんだ

ここって 前はリサイクルショップだったのよ

(深澤)へえ

私 ずっと友達 少なかったんだけど―

唯一 仲の良かった幼なじみがいて…

奈津子っていう ちょっとヤンキーっぽい子で―

その奈津子が いつも漫画を貸してくれてたのね

ここで買った漫画?

(ちふゆ)そう

目当ての漫画が100円になるまで―

毎日毎日 自転車 30分もこいで 毎日 通うのよ

(深澤)へえ

(シャッター音)

(シャッター音)

(ちふゆ) 私も漫画に興味ないなりに―

彼女のこと 知ろうと頑張ってたのよ

でも その子が勧める漫画は いつも―

ただ流行ってるだけの つまらない漫画ばかりだった

高2の夏休みだったかな

奈津子 いつも陸上の部活で ヘトヘトだったのよね

帰り道 いつものように あの店に向かう途中で―

トラックに はねられちゃって

(深澤)死んだの?

(ちふゆ) 勝手に殺さないで かすり傷

むしろ“自転車が新品になって 返ってきた”って喜んでた

次の日から また いつもどおり あの店に通ってた

まるで何事もなかったかのように

(深澤)すごいな

(ちふゆ)すごいのよ

なんだか怖いくらい

その鈍感さに戦慄するっていうのかな

私は嫌よ

たかが100円の漫画のために 一生を棒に振るなんて

それは大げさだよ

そうかなあ

だって それは この町の生活を 受け入れたってことでしょ?

死にかけたのに それでも なお やめないっていうことは

100円の漫画…

一歩 外に出れば―

もっと価値のあるもので あふれてるのに

彼女は きっと一生 気付かないのよ

(深澤)君は東京で 何かやりたいことがあるの?

(ちふゆ)う~ん

ないしょ

えっ?

秘密

(深澤)いつだったか “自由”について話したろ

(ちふゆ)いつだっけ?

(深澤)自由でいるのにも 才能が必要なんだと思う

(シャッター音)

あなたには その才能が?

俺も自由を手に入れたくて―

10年以上 身を削って…

そうして手にした自由は―

ほんの僅かだ

俺は少しだけ 君のことが心配だな

だから?

引っ越し先を探してるんなら 俺のうちに来ればいい

部屋なら空いてるよ

プッ… フフッ

変な人

フフッ

(ちふゆ)あなたって勝手な人ね

私にばかり しゃべらせて

私は あなたを 自由気ままな人だと思ってるけど―

本当のところは何も分からない

あなた 本当は 一体 どんな人なの?

(深澤)宇宙飛行士以外の何か

(ちふゆ)“君が いつも 何かされた顔をするから―”

“僕が何もしないうちに―”

“君に何かされた顔をされるから―”

“僕は君に意地悪をしてしまうんだ”

最後の巻で ナツメ君がレンに言ったセリフ

合ってる?

合ってる

よかった

俺 いつ 君に…

(ちふゆ)ごめんね

あなたのLINEの登録名 検索したら いっぱい出てきちゃった

ファンは「さよサン」って略すのね

これも何かのネタになりそう?

深澤先生

(深澤)そうだね

随分 まぬけな主人公だけど

(ちふゆ)そう? なら よかった

台なしだよ

(荒い息)

(ちふゆ)イク…

イク…

あなた…

すてきよ

(寝息)

♪~

~♪

(シャッター音)

(シャッター音)

(シャッター音)

(深澤)君は これから どうするの?

(ちふゆ) おばあちゃん 入院させたら 東京 帰る

(深澤)そっか

(ちふゆ)あっ そうだ

サイン もらっていい?

俺のサインなんて 何の価値もないよ

(ちふゆ)いいじゃない

あなたって すごい人なのね

(深澤)すごくないよ 漫画家なんて

そろそろ行かなきゃ

(ちふゆ)じゃあ…

またね

また

(ちふゆ)薫君!

「さよサン」大切にするね

(ちふゆ)フフッ

なっちゃん フフッ

(笑い声)

(深澤)高い?

(母親)よいしょ (父親)はい

(母親)はい 電車 来るかな

何やってんだよ 俺…

(遮断機の警告音)

(深澤)夏の終わりに妻と別居し―

僕は仕事場を引き払い 自宅へ戻った

(深澤)1年近くたった今も 仕事は手付かずのままだ

一人になって 一番こたえたのは―

好きなときに チーに会えないことだった

(深澤) 時折 ちふゆのことを思い出した

しかし あれ以来 自分から連絡する気にはなれず―

向こうから連絡が来ることもなかった

(宗像)深澤先生 すみません

ちょっと 徳丸のほうがですね バタバタしておりまして―

こちらも つかまらないんですよね

(深澤)そうですか (宗像)すみません

(牧浦)深澤君

フフッ ご無沙汰 元気?

今更だけど読んだよ「さよサン」

すっごい面白かった

深澤君にしか描けない世界だよね

(深澤)どうも

あなた やっぱ才能あるわ

もったいない もったいない

のぞみちゃんから聞いてるよ 遊んでばっかで全然描いてないって

町田ちゃん 心配してたぞ

才能 枯らしちゃダメよ

(のぞみ)牧浦先生 草刈先生 おみえになりました

(牧浦)えっ? 早っ

じゃ またね 深澤君

頑張んなさいよ~

(深澤)年の瀬が近づいて ふと強烈に さみしい日があり―

ちふゆを一度だけ食事に誘った

既読はついたが ついに返事はなかった

(深澤)会おうと思えば 店で会えるのだろうが―

それは癪しゃくだった

ちふゆの目は やはり猫のようだ

でも それは野良猫のそれではなく―

人に愛玩されることを知った―

飼い猫の目なのかもしれない

(徳丸の声)はい 徳丸です ただ今 電話に出られません

発信音のあとに あなたのメッセージをお願いいたします

(発信音)

(深澤)ご無沙汰してます 徳丸さん

深澤です

長い間 連絡できなくて すみません

新作の件ですけど…

正直 何も出来ていません

ヒット作を描かなきゃいけないという プレッシャーは―

精神的に かなり きつくて…

一度 自由に描いてもいいですか?

もちろんボツなら それで結構です

新人の頃のように 出来上がった原稿を読んでもらって―

僕に本当に才能があるのか 確かめてくれませんか

(深澤)あのとき ちふゆに言ってやればよかった

“自由は手段であって―”

“目的であってはならないのだ”と

(ドアチャイム)

あっ…

(深澤)うん

よく出来てる

すごいよ 冨田ちゃん

企画もプロットも 担当さんが作ったものですから

(深澤) でも 漫画として描き上げたのは 冨田ちゃんの力だから

自信持って頑張んなよ

絶対 いい経験になるから

はい

(冨田)そうですね (深澤)うん

あっ ごめん 何か飲む?

(冨田)あの… 深澤さん

(深澤)ん?

(冨田) 辞めたあと いろいろ難癖つけたり―

訴えるみたいなこと言ってしまって すいませんでした

それはもういいよ 俺にも非があったわけだし

(冨田)だから もう私のことは 金輪際 忘れてください

えっ?

(冨田)お願いなので 圧力をかけたり 足を引っ張ったりしないでください

私… もう本当に後がないんで この一作に懸けてるんで

どうか… あの… 編集部に 悪い噂うわさとか流されたら困るんです

どうか… どうか お願いします

するわけないじゃん そんなこと

(冨田)ホントですか?

なら よかった

もう… 深澤さんは いつも―

漫画業界なんて終わってるって バカにしてたし―

売れてる漫画を 絶対 認めようとしないから―

私 すごく心配で

だって もし私が売れたときに 嫉妬されたら迷惑じゃないですか

深澤さん

漫画をナメないでくださいね

すばらしい漫画だって たくさんあるんです

深澤さんと違って 私は漫画を愛してるんで

帰れよ

軽々しく漫画愛とか口にすんな

お前みたいなヤツがな 漫画 語れば語るほど―

俺の中で漫画の価値が下がるんだよ

口 動かす前に 手 動かせよ

早く帰れよ 帰れよ ほら

(冨田)あ… ああっ! (深澤)早く帰れよ

もう! 嫌だ

やっぱり全然通じないわ この人

早く帰れ 帰れよ!

(深澤)帰れよ (冨田)もう 放して!

俺が嫌いなのはな 漫画じゃなくて漫画家だよ

これ 違うわ (紙袋を放る音)

どいつもこいつも どうして そんな身勝手なんだよ

たかが漫画家のくせに

(冨田)身勝手なのは 深澤さんだって同じじゃないですか!

口答えすんなよ!

俺に何か言いたいんだったら 俺より売れてから言え!

深澤さん

売れるのが そんなに偉いんですか?

フフッ…

深澤さん

あなたが一番 落ちぶれてますよ

ああ やだやだ

(ドアが開く音)

(ドアが閉まる音)

(物音)

(深澤) 何やってんだよ! 早く帰れ!

ごめん… 深澤君 どうしたの?

いや 別に

そっちこそ 何?

あっ いや あの… あたしの分の郵便物 取りに来ただけ

(のぞみ)すぐに帰るね

(のぞみ)お義母かあさんから来てるよ

最近 連絡取ってる?

(深澤)いや

(のぞみ)そう

じゃあ そろそろ行くね

(深澤)離婚届

書いてくれた?

(のぞみ)ごめん まだ

単行本の校了 重なってて…

(深澤)名前 書くだけで そんな…

これ以上 問題 先送りにすんの やめてくんないかな

(のぞみ)あたしは別れたくない

(深澤)そう言うだけでさ―

君から何か関係を 修復しようとはしないよね

離婚も別居も 俺に言われるがままで

(スマホのバイブ音) (深澤)君に意思はないのかよ?

(のぞみ) じゃ あたしに どうしろっていうの?

だから それを自分で考えろって 言ってんだろ!

仕事が忙しいってのもウソだろ

あたしにだって いろいろあるんだよ!

(深呼吸)

(ため息)

(深澤)チーは元気?

(のぞみ)元気ではない

(深澤)どうしたの?

(のぞみ)来週 入院して手術する

(深澤)なんで? えっ なんで?

(のぞみ)鼻に扁平上皮へんぺいじょうひがんっていう がんが出来て…

えっ?

治るんだよね?

治るんだよね? ねえ?

そういうことは せめて相談してくれよ

あたしは薫君の仕事の 邪魔にならないようにって―

気を遣ったつもりなんだけど

仕事なんか ずっと してないよ

やる気も完全にうせたって 前に言ったよね 俺

(のぞみ)いつ? (深澤)いつって…

(のぞみ)いつ? (深澤)いや…

(のぞみ)聞いてないよ

察してほしかったなら ごめん

でも はっきり言ってくれなきゃ 分からないよ!

仕事に不満 感じてるんだったら―

愚痴でも何でも もっと はっきり 言ってくれればよかったじゃない!

言わせないように 仕事が忙しいって 予防線 張ってたの 君のほうだろうが!

(のぞみ)あなたが そう勝手に取ってるだけでしょう?

あたしは… 薫君の漫画を 誰よりも理解してるつもりだし―

ずっと応援してるつもり だったんだけど…

応援されたってね!

お… 応援されたって 君が 誰か ほかの担当編集してるかぎりね―

俺にとって 君は 他人より遠くにいるんだよ

君にとって 俺は夫なの?

それとも漫画家なの?

(のぞみ) ごめん 今日中に戻ってくるから

今 大事な話 してんでしょ

(のぞみ)待ち合わせがあるの

(深澤)また牧浦さん? (のぞみ)そう

ちょっと待ってよ

ねえ たかが打ち合わせでしょ?

時間に厳しい人なの

いや それぐらい融通つくでしょ?

(のぞみ)分かってよ もう 大事な作家さんなの

俺だって作家だよ!

そんなに作家が偉いんだったらさ―

一度ぐらい 俺のために何かしてみろよ!

(のぞみ)しょうがないじゃないよ

だって 牧浦先生 あなたより売れてるの!

ちょ… どいて どいてよ

もう どいてよ

ちょっ…

薫君 やめて

やめて

ちょ… 薫君 やめて

やめて!

(のぞみ)やだ! やめてよ (深澤)すぐ終わるから

(のぞみ)イヤ! やめて

ねえ やめて 薫君 やめて

やめて やめて

イヤ! やめて

やめて!

やめて 薫君!

(深澤)すぐ終わるから

(のぞみ)やめて! 薫君

やめて…

やめて… やめて!

ねえ やめて やめて 薫君!

入らねえ…

入らねえよ…

(スマホのバイブ音)

(のぞみ) あっ いえ… あっ 私のほうは全然

はい じゃ また予定確認して こちらから ご連絡 差し上げます

はい

お大事になさってください

はい では失礼いたします はい

お子さん 熱出したからって 今日 キャンセルだって

いいよ

セックスで気が済むなら しよう

ちゃんとしてくれれば ぬれると思うから

あたし…

薫君の漫画が売れなくなって―

少し うれしかった

“やっと自分だけのものになる”って

あたしは自分の担当作が売れても 薫君に褒めてもらえないし

薫君が売れていくのを 横目で見てて―

ずっと悔しかった

(深澤)そう

薫君は 昔は もっと優しかった

(深澤) 君が そうさせたんじゃないの?

あたしは あたしで…

ずっと頑張ってたからね

(深澤)無意味だったね (のぞみ)何が?

(深澤)全部

どれも無意味だった

ひどいよ 薫君

(深澤) いいんだよ 俺は漫画家なんだから

読者には 俺がどんな人間か 知りようもない

そんなことない

(深澤)ようやく分かった

つまり 売れればいいんだろ

違うよ…

ねえ 違うよ 薫君!

(泣き声)

(深澤)半年後―

チーは がんが全身に転移し 他界した

その翌月 協議離婚が成立した

(少女)漫画 読みましたよ

私 結構好きです

でも―

もう 多分 読みません

先輩のこと 知りすぎてしまうのが怖いから

(息遣い)

(ペンを走らせる音)

(深澤)はい もしもし 深澤です

ネームですか? 予定どおり進んでますよ

それより 新しいスタッフ 探してくれてますか?

こないだ 紹介された子 全然使えないんで

いや 今週中にお願いしますよ

徳丸さん あなた 編集者ですよね?

編集なら 編集の立場 自覚して 仕事してくださいよ

何年やってんですか?

(ノック)

はい

こんばんは まりめっこです

すみません 私みたいなブスが来ちゃって

お手柔らかにお願いします

お仕事 何をされてるんですか?

(深澤)漫画家だよ

漫画家さんなんですか!

すごい すごい すごい すごい すごい! 尊敬です!

(少女)深澤君は 私が誰だか知っていますか?

(深澤)君は君だろ

(少女)それは あなたから見た私

でも 私が本当は何者なのか―

先輩は知っていますか?

(深澤)君の言ってることは よく分からないよ

(少女)でも 私には分かるよ

あなたが どんな人なのか

深澤君 あなたは…

(無音)

このあと いくつか 取材 受けることになった

夜 サイン会だから 仕上げ 12ページ 必ず やって

“多分”じゃなくて 必ず やって

お前 仕事 何だと思ってんの?

やれよ

お知り合いですか?

いや

深澤先生

本日 長丁場ですけど よろしくお願いいたします

よろしくお願いします

こちらこそ よろしくお願いします

よろしくお願いします

フフッ

あれ? 先生 それ どうしたんですか?

(深澤) さっき 下の売り場で見かけて

昔 うちにいた子なんで

えっ? 冨田先生 元スタッフさんなんですか?

その本 結構 話題になってますよ

(深澤)へえ~

こんなんが売れてんですか

(徳丸)い… いえ いや 先生のほうが全然売れてますから

最新作 ホントにすばらしかったです

ネットでも“泣ける”って 話題になってますよ

フフフフッ

よかった

バカでも泣けるように描きましたから

(徳丸)フッ… フフッ

さすが… さすがっすね

今の読者には この程度 媚こびた漫画が ちょうどいいんでしょうね

娯楽なんて だましたもん勝ちで 売れりゃ それが正義ですから

(少女)あなたは才能がある人です

私は とても尊敬しています

でも それと同じぐらい 私は あなたが怖いです

あなたは漫画に対して いつも真剣で―

それが正しいことだと思ってる

自分に夢中で―

他人の気持ちを考える余裕なんて ないんでしょうね

だから あなたは いつだって そう

周りの人間を ないがしろにしてしまう

深澤君

あなたが漫画を描き続けるかぎり―

あなたが漫画家の夢を 諦めないかぎり―

あなたは誰かを傷つける

死ぬまで独りぼっち

(ノック)

(深澤)はい

あっ 深澤先生 準備できました

ルイちゃん めちゃくちゃ推しです 連載 頑張ってください

(深澤)ありがとう

「星ほしポラ」ホントに大好きです

(深澤)ありがとう

だって あなたは この世の中で 漫画家が一番偉いと思ってるから

それでも あなたは 前に進んでしまうんでしょうね

(深澤)ありがとう (女性)ありがとうございます

(アカリ)あの 私 以前 先生からリプライもらって…

えっと… アカリちゃん?

(アカリ)アカリです

私 10代の頃から 深澤先生の大ファンで―

「さよサン」には 何度も救われてきました

だから「さよサン」が終わったとき ホントに悲しくて

もう生きていけないかもって思って…

でも「星ポラ」を読んだら 胸がいっぱいになって…

先生の優しさと誠実さが すごい伝わってきたから

深澤先生は 私に漫画のすばらしさを 教えてくれました

こんな すてきな作品が これからも読めるなら―

私 もう少しだけ 頑張って生きてみようって思えて…

だから 今日は どうしても お礼を言いたかったんです

「星ポラ」ホントに感動しました

先生は私の神様です

これからも ずっと ずっと すてきな作品を描き続けてくださいね

君は…

君は…

何も分かってない

(深澤の泣き声)

(少女)私には分かるよ

あなたが どんな人なのか

深澤君

あなたは…

化け物なんです

(深澤)だから ぼくは―

今でも猫顔の女性に会うと―

緊張してしまうんだ

♪~

~♪

(ちふゆ)フフッ

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