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恐れ多くも朝廷と申し上げるは、神世の昔よりおかすべからざる存在にて、
みやびやかなる王朝文化は万民に等しくこれを貸し込み、
崇め立てまつるところでござった。
で、朝廷の進化の筆頭は節省感覚なりけるが、
これは、小乃、高塚、佐、九条、二条、一条の五節家が周り持ちで相勤め申した。
武士と申すは、もともと朝廷を守護するガードマンでござったが、平安の身より武力著しく増大。
よりとも皇は鎌倉に幕府を開き、政治経済の荒事を担当するに至り申した。
しかして天下人となりし豊臣の秀吉皇は、自らを漢白と名乗り、
侵害人心を極め申した。
そして慶長八年、我が家康皇はこの漢白の座には目もくれず、
よりとも皇の潜みになろうで。
正義大将軍の座につくや、江戸に幕府を開き申した。
この正義大将軍は、まいわば防衛長長官のようなものでござりますが、
ただしこの防衛長長官は、
強大なる軍事力を背景に、総理大臣よりも実力がござった。
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体で覚えた学問は生涯忘れ
はい
上様より歌詞を賜る
ありがとうございます
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はい
ところが
感覚駆除をかれたかは
上院に強く意を唱えておる
正義大将軍の接種は天下のためならぬと
行きまいておるそうな
少子千万でござる
誰のおかげで感覚になれたかも
忘れと見える
懸念無用じゃ
すでに宮中に手を回して
首のすげ替えを図っておる
首のすげ替えを
やがて感覚は孤立無縁となり
我らに頭を下げてこようぞ
当初首輪は世間知らずでござる
世間知らずは与党殿も同じこと
さよさよ
天下の崇聖をとんと御存じない
大阪城内に
戦場時期の大昼間をこしらえたそうじゃ
昨今は志向の代名も減りつつあると申すに
よう聞け秀田だ
わしは天下の縄張りを追え
地形めもむかりなく勤めてきた
土地はここへ種をまき
花を咲かさねばならぬ
早急に幕府の職勢を取り決め
いかにして天下を治めるか
二代将軍の不安を示すべし
心得ております
わしの目の黒いうちにな
おっしゃるなら大難う御様は
鎌倉幕府足利幕府の職勢を
潰さに御調べあせばします
それだけでは足りぬ
民の国朝鮮国の主勢も決闘すべし
諸物を取り寄せておりまする
鷹狩りも忘れるな
鷹狩りは戦の稽古じゃ
たるんだ士気を引き締め
兵力の巨大ならお諸国に知らしめよ
民情の視察も怠るべからず
信長公の天下は一代限り
秀吉公の天下は二代限り
徳川の天下も二代限りとあっては
末代までの地獄と心よ
茶はまだか
ただいま
田中殿
おい
疲れたのか
休むがよい
歳月一を待たず
若き家臣の徒様あらば
去りゆく老臣があり
三河より長らく家康公に仕えし
本田忠勝は病ゆえて職を辞任
時に五十七歳
そして十一月十日
九州では
甘伯九条金鷹殿が突如退任
一体何があったのじゃ
恐れながら存じ立てますらず
甘伯の位を投げ出すとは
およそただ事ならず
思い留まらせる手立てはないのか
金鷹卿はすでに御提発あそばし
御屋敷にて御謹慎のよし
ますますもって名誉至極
家康公の仕業に御座りましょう
朝廷を指図したと申すのか
御意に御座ります
秀田座公の将軍宣言をめぐって
天上人の隠しつこりあり
家康公の位に従わぬ金鷹卿が
職を終われたものと御らえます
またもしてやられたか
隠して夜戸殿と家康公
長丁橋のさやあては
とどまるところも知らず
ありゃ
ありゃありゃ
ありゃ
慶長十年三月
秀田座公は伏見城に御到着
上様は四月八日
二条城に御入りあそばし
十日に九中御参台
十五日伏見城へ御戻りあそばし
いよいよ十六日に
正位大将軍上位の直挙が御座ります
十七日
秀田座公は将軍として
二条城へ御入りあそばし
二十六日参台して
将軍宣言の御恩を謝し
盾は摘みます
あい分かった
将軍宣言の祝典は
伏見城にて五月一日
初代名を三河のもとに
取り行われます
それであい
はあ
恐れながら
二代将軍の
御名前でござりまするが
秀田座公の意味名は
秀吉公より賜りしもの
されば将軍宣言にちなみ
秀田座公と
おあらためあそばされては
いかがにござりましょうか
うむ
徳川秀田だか
上様の一事を授かれば
将軍家代来の世襲なるを
あまねく天下にしろ示す様子がとも
あいなりましょう
天下どうじゃ
御改名の義
御無用と申し上げまする
およそ貴人より
賜りましたる意味名を
軽々に改めることは
よろしからず
秀の文字を返上いたすは
大公殿下への逆進と見られる
恐れこれあり
諸般の事情に鑑み
願わくば
御辞聴あらんか
御説御持となり
秀の文字は
秀吉公 秀津武公 秀頼公と
豊臣家代々の意味名にござりまする
徳川家のおよつぎには
ふさわしからず
これも一理あり
どうじゃ秀田だ
ああ
信者は
ああ
信者分の
存分にゆだねようぞ
うん
おお
ああ
数日後
家康公の使者天海僧将が
京都の高台院屋敷を訪れ申した
近々東山に
高台寺を御金流のよし
忠臣よりお祝い申し上げます
何もかも
家康殿の御支配にござります
心より恩礼申し上げると
対応お伝え下さりません
どうもなんだ
家康殿は
将軍の座をお譲りなさい
家康殿は将軍の座を
お譲りなさると聞きましたが
御用の趣もまさしくそのこと
おお
来る5月1日
伏見城にて
新将軍宣言の祝典がござりますが
上様の御意向にて
是非とも秀より気味の御光来を
仰ぎたく
節付けながら
大尉様にお口沿いを賜りと存じます
秀より殿か
将軍宣言は国を挙げての
祝い事にござりますれば
大名衆祝々として御登場
ほぞって新将軍の栄誉を
御徒歩に立てまつります
さて
どうしたものか
それながら
御袋様が難職を示しになりましょう
さりとて御上楽を拒むは
いたずらに天下を騒がしめ
必強豊臣家のためになり申さず
何卒御大尉様もお取りなしのほど
来い願い立てまつります
難しいとは思うが
しあんのほかじゃ
秀よりに伏見への登場を促すは
秀忠殿に心中せよと申すにほかならず
秀忠公は義父にあらせられます
君臣の道は別儀じゃ
家康殿は大公殿下の家臣
秀忠殿は家臣の子ではないか
将軍宣言は長夜を挙げてのお祝いごとにござります
豊臣家は一階の大名にあらず
秀忠公が将軍を名乗るならば
まずは大阪へ上り
主筋の秀よりに許しをこうべきじゃ
せっかくながら
秀より君の御下公は
あり得ぬものとお示しません
心得ました
立ち返って家康殿にお伝えあれ
将軍家接種の儀並びに
江戸開幕の儀
豊臣家は預かり知らぬことじゃ
ほどなく伏見城へ乗り込みしは
豊臣家御子の武将
佐藤清正と福島正典でござった
麗しき御尊丸を拝し
驚悦至極に存じ立てまつりません
ますます御尊賢にあらせられ
執着の極みに存じ立てまつります
至高至高
はっ
与党殿の御使者か
さにあらず
我らの一団にてまかり越しました
ほう
関ヶ原の合戦より早五年
家康公の知性よろしきを得て
まずは天下定りたる団
御同敬の至りにござりません
また我ら大名を偶するに
かぶんなる御配慮を賜り
御礼の申し上げようもござりません
御提唱なる者い
いたみいる
されど昨今
秀織義美との恩親
必ずしもご実婚ならず
ややもすれば礼を失する感あるわ
我らの非我目にござりましょうや
まさしく非我目にござる
なんと
秀織義美殿に礼を尽くしております
大阪城にはこれを歪めて
御提唱なさる御人がござるようじゃ
御袋様に御座いまするか
あから様には申し兼ねる
恐れながら
大阪と伏見の間に
ほぐれざる意図あるは
風評のみにござらず
我らは
幼少の身切りより
大公殿下の大恩を受け
殿下亡き後は
家康公より御向上を賜り申した
されば御良家にしこりあらんか
板挟みの不況を
いかんともなしがたく
ただただ
御手直しあるを
切望いたすのみにござる
手直しは
家康とて望むところでござるが
大阪からは
将軍宣言の参画を見送ると
云うて参ったが
故はいかに
卒辞ながら
御伺い申す
正位大将軍とは
朝廷にあだなす
遺敵を成罰せんがため
特に認可せらぬ者と
心得ますが
これに相違ござりませんか
相違ござらん
しからば
成罰すべき遺敵とは
何者を指しての
故障にござりましょうや
よもや
豊臣家では
ござりますまいな
はいや
しばらく
おのえい尋常ならず
黙らせ
戦艦めでたく収まり
江戸地方州より
九州に至るまで
ことごとく
平定なされた
今日
正位大将軍の
お役目や
いかに
ご返答あるべし
されば
天賀は
日本国内のみにあらず
当代の遺敵と申すは
朝廷をあがめ立てまつらず
この国をあやふうする
とつ国人でござる
すなわち
イスパニアポルトガル
エゲレスオランダオロシャ
から転じくしかり
神仏をかろんじる
やそきょうまたしかり
これからの正位大将軍たるは
海の彼方にも目を光らせん
南蛮人や江戸人の
よからぬ野望を打ち砕く
奇量を兼ね備えではならん
おわかりかな
マサノリ殿
女子供相手に身分がどうの
役職がどうの
ささいな戯言に
かまけてる暇はない
どうじゃ清正殿
恐れ入りまして
かてまつりて
九段の人をよろしく
正位大将軍に
認ずべしとてえり
かくして秀忠公は
二大将軍の座に
お付きあそばした
十七歳
そして五月一日には
諸大名烈席の下
将軍宣言の祝典が
盛大に取り行われもした
わんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわん
わんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわ
地べたを這うような心酸を舐めてきた
信長公の命により聖室を殺し 心ならずも
着難信康を自害させてしまった
わしはこの悲しみを
黄泉の国まで引きずって行かねばならん
出来うれば
書に親しみ
花鳥風月をめでながら
穏やかな生涯を送りたかった だがわしは物資の子として生まれた
物資の子ならば 一刻一生のある子を目指す
一刻一生のある子ならば 天が追い目
教員でございます 天がを取るのは至難の技じゃ
わしは人を脅し 人を欺き
裏切り 脅しめてきた
血なまぐさい戦場を駆け巡り
時にはカラスを詐欺といいくるめん 時には暴虐をもって人を葬ってきた
非常に荒ずんば 天がは取れん
され
天がを守り抜くのは もっと難しい
そこら中の大名が 腰淡々と
牙を磨いておる
将軍の座は 常にがけぷちちゃ
ほう
火事を防ぐには
火の用心こそ寛容といわめ
全身の毛穴を開いて
異変を察知せればならん
を引け
アゴを引け
当面の火種は 豊臣家の処遇者
ほう 夜戸殿は措置の将軍就任に言おうとない
祝典への劣跡を蹴った 和紙への憎しみはそっちへの憎しみとなり
和紙への恨みがそっちへの恨みとなろう 将軍宣言は
めでたくもあり めでたくもなし
はぁ
よいか
これだけは 構えて
忘れるな
人の上に立つ者は 心に
一匹の鬼を買わねばならん
鬼を 成行によっては
妻や子も捨てねばならん
頼むべきは身内にあらず
忠義の下心と心よ
しかと 受けたもありました
秀安を差し置いて
措置を四次と決めたるわ 三河の不殆に馴染みが深いからちゃ
この木 ゆめゆめ
わするるべからず
思えば 不憫
ん
措置は 今日汚すことなく
しかもその若さで将軍となった
周りの者はチヤホヤするが
まだまだ修行が足りぬ
わしから見ればひよこ同然じゃ
家やすの子に生まれずば
かかる苦労もなかりし者
滅相もないことにございます
う
入れただわ
父上の小なるを 無情のほまれと存じております
次
ん
ん
ん
ん
ん
ん
なりゆきによっては 妻や子も捨てねばならん
ん
ん
ん
ん
ん
ん
ん
日でより者 表を挙げられよ新将軍の維新を高めるには足が身を引いて口をつぐむよりあるまい
初代名のなびくは家やすこうのご意向はてのこと 台が変われば風の向きも変わろう
だろう大人はで来ることが多いかじゃ 主は誰かと尋ねておる
こたびの子は誰にも私とございません 豪の手で養育いたします
ん 京都東山のふごと高台地です
秀吉の妻北野満所が主なき家と建てた寺です
北野満所は大阪城の西の丸を家康に譲って京都の三本木に住みました その後高台地を建てて秀吉の母代を弔ったのです
寺の金流には家康の助けがあったと言われています
秀吉なきあと北野満所は実直な家康に心を寄せていました
長い付き合いの豊臣家の代表たち 加藤清政や黒田長政らにも
徳川殿を頼みにするよう悟したとも言われています
高台地巻 桃山文化の粋ですね
境内の奥まった高台にある2つの茶室は 不死美城から移されたという貴重なものです
思い出を胸に静かに時を過ごした北野満所の寺です
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