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Original subtitles

(碁ごを打つ音)

♪~

(棒手振ぼてふり) 納豆!

納豆 納豆~

(お絹) あ~ おはようございます

あっ! ああ もう!

登らないの! こら!

(子ども) 見て 見て! すげえだろ!

(子どもたち) へえ~!

(八兵衛はちべえ) 柳田様

(八兵衛はちべえ) 柳田様 ~♪

~♪

~♪ 半年も店賃たなちんが たまっております

他の店子たなこの手前も ございますので

ここらで 一つでも二つでも 入れていただくわけには… ハハハ…

(お絹) あっ 八兵衛さん

あっ お絹ちゃん おかえりなさい

(柳田格之進かくのしん) 店賃のことは 分かりました

(八兵衛) えっ 払っていただけるんですか?

(格之進) 夕刻までには必ず

そうですか そいつは よかった

じゃ お願いしましたよ

いいんですか? 安請け合いをして

(格之進) 心配するな

お庚こうさんに頼まれた篆刻てんこくが もうすぐ仕上がる

(篆刻てんこくを彫る音)

(三味線の音色)

(遊女A) ああ~ 今年も咲いたねぇ

(遊女B) きれいだね

(遣手婆やりてばば) あんたさ もうちょっと 色気 出して 男 誘うんだよ~

(遊女C) 私だって 若くてきれいよ

(お庚) う~ん…

ゆうべ 寝ないで考えました

打てるとこ全部 打ってみたんです

絶対に殺せっこありません

ならば 活きてもらいましょうか

(お庚) そんなとこに打ったら 取られちまうだけじゃありませんか

(碁石ごいしを取る音)

フッ…

それじゃあ 遠慮なく

フフッ (碁石が鳴る音)

(お庚) フフッ

(お庚) えっ?

取ったつもりが 逆に切られて

こっちの石が 死んじまったんですね?

(格之進) “石の下”です

(お庚) 石の下?

(格之進) “石を取らせて 逆に相手の石を取る”という手筋てすじです

実戦で この形になることは まずありませんが

(お庚) まさか そんな手があったとは…

あっ

(格之進) 春秋戦国時代の “大篆だいてん”という書体で彫ってみました

(お庚) へえ~

見事なもんですねぇ

(引き出しを閉める音)

それじゃあ これで

二分にぶというお約束でしたが…

残りは 碁のお稽古料ということで

それでは ありがたく

(格之進) では 次の詰碁つめごです

(小間物こまもの屋) いらっしゃいまし

いかがでございますか?

いらっしゃいまし いかがでございますか?

そちらは近頃 京での流行はやりにございますよ

いかがでございますか? 奥方様に お一ひとつ

また お寄りくださいませ

(売り子) お一つ いかがですか? とても おいしいですよ

間違いございませんよ

(席亭せきてい) おっ 先生! お久しぶりです

(源兵衛げんべえ) “下手な考え 休むに似たり”

ハハハッ

いくら念仏 唱えたところで

死んだものが 生き返るわけでもなし ねえ?

(席亭) 初会の客なんですが これが なかなかの打ち手でして

うちの腕自慢たちが 次々に ひねられました

(源兵衛) おっ

ハハハハハ…

往生際おうじょうぎわの悪い石でしたが

とうとう ご臨終ですな

ハハハハハッ

南無阿弥陀なむあみだ仏ぶつ 南無阿弥陀仏

南無阿弥陀仏と…

ハハハハハッ

(僧侶) 持っていけ!

(源兵衛) 仏に仕える身で

賭け碁なんぞに 手を染めては いけませんな

(僧侶) ちくしょう!

(源兵衛) ハハハハハッ

いかがです? 一局

(席亭) ああ 先生は 賭け碁は お打ちになりませんので

ほう…

ああ 確かに

お金には あんまり縁のない ご様子で

私でよければ お相手になりましょう

(席亭) 先生!?

といっても 一両しか 持ち合わせておりませんが

ほう… 一両

♪~

(碁石が鳴る音)

その石を殺そうったって 無駄なこと

とっくに読み切っております

(碁石が鳴る音)

(客A) 何だい? この手は

(客B) う~ん… ひょっとして 死んだか?

~♪

(碁を打つ音)

♪~

(碁石を取る音)

殺せるもんなら

殺してみろ!

~♪

(碁石が鳴る音)

これまでです

(客A) きわどく活きてたか

なんで投げたんだか 分かんねえな

(店の呼び込みの声)

(お絹) うっかり 預かった反物たんものに 染みを付けてしまって

弁償しなければ ならなくなったのです

(八兵衛) お絹ちゃん もういいから 頭 上げて

私が しっかりしていれば

大家さんにも きちんと店賃を払えていたのに…

事情は よ~く分かった

お絹ちゃん 店賃のことなんか 気にすることは ないんだからね

そいじゃあ

助かった

(お絹のため息)

賭け碁に手を出すなど 父上らしくもない

(格之進) すまん

(お絹) また しばらくは ふかし芋ですよ

(棒手振) おう!

(女中) 気を付けて行っといで (棒手振) ああ

♪~

(源兵衛) 帳面が合わない? またですか?

(徳次郎) はあ…

ほら 弥吉やきち 旦那様に ちゃんと申し上げろ!

(弥吉) でも たった十文です

お金の一文は 血の一滴ですよ

きちんと帳面が合うまで

何度でも算盤そろばん やり直しなさい!

(徳次郎) はい

弥吉 ほら 急ぎなさい!

(足早に去る足音)

ああ 利七りしち

(利七) へい

もうちょっと テキパキできないもんかねぇ!

(利七) すいません!

(源兵衛) ほら!

こんなとこに 埃ほこりが残ってるじゃないですか!

(利七) す… すいません

掃除も まともにできないようなら 給金は出せませんから

(利七) す… すいません!

(ほうきで掃く音)

乙松おとまつ

植木に水は やってくれたろうね?

(乙松) あっ…

(源兵衛のため息)

(源兵衛) 大事な植木ですよ

水は きちんと毎日やる!

同じことを何度も 言わせるんじゃありません!

(乙松) はい

~♪

(お庚) お絹ちゃん!

(お絹) あっ お庚さん!

好物の長命寺ちょうめいじ

ああ~

(お庚) お絹ちゃんの仕事は 一針ひとはり一針 心がこもってるねぇ

(お絹) でも 仕事が遅くて

(お庚) 雑に ちゃちゃって 縫われるよりマシさ

仕事は丁寧が 一番

ねえ お絹ちゃん

そろそろ誰か いい人を見つけて 一緒になったら どうだい?

明るくて よく気が付いて

いいお嫁さんになるよ

(お絹) 父上をほっとくわけには いきません

だって 一人じゃ お湯も沸かせないんですよ

(お庚) だからって いつまでも 独り身ってわけには いかないだろ

いいんです 今のままで

(2人の笑い声)

(主人) あいにく 篆刻てんこくの注文は 今 入ってないんですよ

そうですか

(主人) もし注文が入りましたら 一番に柳田様にお願いしますから

ありがとうございます

(主人) あい すいません

(男) 拙者せっしゃを愚弄ぐろうする気か! (町人たちのどよめき)

(町人たち) 何だい 何だい? 萬屋よろずやで もめ事かい?

(市之丞いちのじょう) おぬしに預けた時は 無傷であったはずだぞ

何故なにゆえ このようなことに なったのだ?

(弥吉) お武家様に この茶碗をお返しした時には

割れては おりませんでした

(市之丞) それでは 拙者が自分で割って 言いがかりをつけておると申すか?

(弥吉) いや…

(市之丞) これは 我が家に代々伝わる家宝

高麗物の大井戸おおいど茶碗

五百両で引き取るということであれば 水に流してやろう

ご… ご冗談を

あっ…

(市之丞) 冗談だと? (源兵衛) あ… いえ

(源兵衛) ああっ… (野次馬たちのどよめき)

(源兵衛) お… お金は払います ♪~

♪~

♪~ ですが 私わたくしどもにとって 五百両というのは

ですが 私わたくしどもにとって 五百両というのは

とんでもない大金でございます

ここは ひとつ 五十両ということで…

(市之丞) 何を たわけたことを!

五百両が びた一文 欠けても 許すつもりはないわ!

(源兵衛) ですが あー…

(市之丞) 払わぬというなら 斬る!

(源兵衛) ああ… いやあ!

(市之丞) そこへ直れ!

(格之進) お待ちください

(市之丞) 何者だ? 貴様

某それがし 書画骨董は 目に覚えがございます

ぶしつけながら 目利きさせて いただけませぬか?

あっ…

(野次馬たちの話し声)

ご主人

この茶碗 目跡めあとも梅花皮かいらぎも 高麗物とは違います

これは 十文の値打ちもない 真っ赤な偽物

(市之丞) おのれ…

(格之進) 家宝が偽物だと 世間に知られたら 家名かめいの恥

悪いことは申しません このまま お帰りなさいませ

~♪

余計な まねをしおって

(弥吉) すいません すいません

あっ!

お待ちください!

手前どもの主人が お侍様に ぜひお礼を申し上げたいと

お気遣い無用

あの… お武家様

(鐘の音)

そのまま帰す馬鹿が あるか!

これを口実に 金かねでも たかられたら どうする?

(弥吉) いや でも お礼は要らぬと…

もし あのお侍が 裏で あの旗本はたもととつるんでいて

一芝居 打っていたとしたら どうする?

(源兵衛) そうか そういうことか…

(徳次郎) ええ

恩を売っておいて あとで大金を せしめるつもりだ

だとすれば 早く手を打たねば

(徳次郎) ええ

♪~

こちらの方向で 間違いないのですか?

ああ 碁会所ごかいじょの席亭の話では

阿部川町あべかわちょうの裏長屋に 住んでるということだ

旦那様は あのお武家様を ご存じだったんですか?

ああ あの人は 不思議なお方だ

何を考えているやら さっぱり分からぬ

(子どもA) あー!

(子どもたち) あー!

(子どもA) 萬屋ケチ兵衛べえだ

(子どもB) 人でなし!

(子どもC) 他人の生き血で 蔵 建てた!

(弥吉) こら!

(源兵衛) あっち行け!

あっち行け! 痛いたっ!

~♪

(住人たちの話し声)

(弥吉) ほら! ほら はい!

十両では不足と 申されますか?

(格之進) そうでは ありません

いわれのないものを 受け取るわけには いかないと

申してるだけです

(源兵衛) ああ…

ともかく この十両は

どうしても受け取っていただきます

父上は 一旦いったん こうと決めたら 何があっても 後には引きません

申し訳ございませんが

今日のところは このまま お引き取りください

(源兵衛) ああ…

ハァ…

あの…

一つだけ お聞かせください

あの時 碁会所で なぜ 勝ちを譲られたのです?

あの左辺の石にツケた一手いっては 妙手みょうしゅでございました

あの一手で 私の石は死んでしまいました

もう決着は ついていたのに どうして あなた様は…

その昔 囲碁で 嫌な思いをしたことがありまして

居丈高いたけだかな相手の打ちぶりに 平常心を失い

相手と諍いさかいになったことが ありました

その時のことを 思い出してしまいまして…

では… (せき払い)

私の姑息こそくな碁に 嫌気が差して

みすみす 一両を捨てたと?

世知せち辛がらい世の中ですが

囲碁だけは 正々堂々 嘘偽うそいつわりなく打ちたいと思いますので

正々堂々

嘘偽りなく…

柳田様 一番 勝負をお願いしたい

あなた様が お勝ちになれば

私は この十両を持って帰ります

ですが もし 私が勝ちましたなら…

これを受け取れと?

いかがでございます?

(碁石を取る音)

(碁石を取る音)

(碁を打つ音)

(碁を打つ音)

(碁石を取る音)

(碁を打つ音)

(碁石を取る音)

(碁を打つ音)

(留吉) おう 柳田様によぉ

あの萬屋のケチ兵衛を

ギャフンと言わして もらいてえよなぁ

(秀ひで) けどよ 柳田様が勝ったら

あの十両は ケチ兵衛が 持って帰けえるんだろ?

(留吉・さだ) はあ?

(さだ) シーッ

(秀) ここは ひとつ 何が何でも

柳田様に勝って…

いや いや… 負けてもらわねえとな

そうだな

(弥吉) ほら! ほら もう! はい!

ちょっ… ちょい ちょい 今 どっちが勝っているんだい?

あっ 私は囲碁は さっぱりで…

(さだ) 何だい 役に立たないねぇ! あんたは ほんとに… もういいよ!

(弥吉) はい! はい はい… はい 帰るぞ

はい! はい はい!

(カラスの鳴き声)

(源兵衛) ハァ… 白の六目ろくもく勝ちですか

参りました

(格之進) 指運ゆびうんに恵まれました

源兵衛殿は なかなか お強い

(源兵衛) いや…

私なりに 嘘偽りのない碁を 打ったつもりですが

いや~ 力が違いすぎました

では お約束どおり

(留吉) 柳田様が勝っちまった…

(子ども) 何だよ もう

(子どもたち) じゃあな! またね!

今日は久しぶりに いい碁が打てました

あっ

あの… 柳田様

お願いがございます

これを ご縁に

また お手合わせ 願えないでしょうか?

喜んで

ハハッ

はい

ありがとうございます

♪~

(碁石を取る音)

(碁を打つ音)

(セミの鳴き声)

(風鈴の音)

(碁を打つ音)

(碁を打つ音)

~♪

(源兵衛) ハァ…

ありません

ハハハハッ

いや~

(格之進) この手の時に

この辺りを打たれていたら

難しかったですね

(源兵衛) はあ~

ああ!

ここ… ここ行かず こっちでしたか

(格之進) ええ

(源兵衛) なるほど

ハハハハッ

(風鈴の音)

(風鈴の音)

(お絹) “萬屋のケチ兵衛”?

いつぞやも たった十文の 帳尻が合わないというだけで

ひどく叱られました

たった十文じゃ

夜鳴き蕎麦そばだって 食べられやしないっていうのに

(お絹) でも お酒やお料理を こんなに ごちそうしてくれるなんて

ケチ兵衛さん 一体 どうしたんでしょうねぇ

(格之進) 江戸に出て この長屋に暮らすようになって

五年になります

(源兵衛) へえ

それまでは どちらに?

(格之進) 彦根ひこね藩の進物番しんもつばんをしておりました

(源兵衛) どうりで

書画骨董に目が利くはずだ ハハハッ

あの時 偽物の大井戸茶碗を 見破ってくださって

ほんとに助かりました

しかし 柳田様のようなお方が

どうして また このような浪人暮らしを?

いろいろと ございまして

いろいろと?

(碁を打つ音)

(三味線の音色)

(三味線の音色と女の歌声)

(留吉たちの歌声が加わる)

(秀) あ~ うめぇ!

(留吉) 俺はよ こんな上等な酒を 飲んだのは初めてだ!

(源兵衛) 灘なだの下りものです

皆さん 遠慮せず どんどんやってください!

(留吉) それじゃあ お言葉に甘えて ハハッ

(源兵衛) あっ そうだ 弥吉

お前 碁 学んでみたらどうだ?

碁 強くなると 帳面が早くなるぞ

(弥吉) 勘弁してください

碁を考えてると 頭が痛くなります

(源兵衛) そうか

ああ… ここに通って

柳田様に教わったらどうかと 思ったんだが…

ここに通って?

(源兵衛) ああ

(歌声と笑い声)

そういうことでしたら ぜひ 私も碁を…

いやいや 頭が痛くなるなら 無理強いは…

いえ 旦那様が そうしろとおっしゃるなら

私は喜んで

(棒手振) 毎度!

(棒手振) 毎度! ♪~

♪~

♪~ (お絹) ありがとうございます (棒手振) ありがとうございます

(お絹) ありがとうございます (棒手振) ありがとうございます

(男のつぶやく声)

正解です

(弥吉) ああ…

ああ そうか

(格之進) 絹 弥吉さんと 一局 打ってみなさい

私がですか?

(弥吉) あっ! いや それは…

ハァ~…

~♪

五両と申しておりますが せいぜい二両が いいところかと

お前の目は節穴ですか?

これほど見事な伊万里いまりなら 十両は下りませんよ

(小声で) 相手は素人でございます

(客たちの話し声)

確かに 商売というのは 欲得ずくの世界

ですがね

私は 正々堂々 嘘偽りのない商いが したい

十両で引き取ってさしあげなさい

(徳次郎) はあ…

(セミの鳴き声)

(碁を打つ音)

(源兵衛) 弥吉の碁は いかがでしょう?

(格之進) 筋が良く 石の運びに どこか品があります

弥吉は私の遠縁に当たるんですが 元は侍の子でして

弥吉は私の遠縁に当たるんですが 元は侍の子でして ♪~

♪~

幼い時に 流行病はやりやまいで二親ふたおやを亡くして 私が引き取ることに

いずれは 私の跡を継がせる つもりです

番頭にも そのことは 言い含めてあります

あっ 今月の十五夜

私わたくしどもで ささやかな 月見の宴うたげがございます

そこに柳田様とお絹さんを お招きしたいのですが

(お絹) そのような所に 着ていく着物なんてありません

志乃しのの反物があったであろう

(お絹) あれは 母上の形見です

(格之進) お前の着物を作りなさい

(お絹) でも もしもの時に お米に換えようかと…

(格之進) いいから そうしなさい ~♪

~♪

(お庚) 鬼のケチ兵衛が 今じゃ 仏の源兵衛

鬼が仏になって 利の薄い商い 始めたら

逆に 店は 大繁盛してるそうじゃないか

フッ 分かんないもんだねぇ 世の中ってのは

これでよし

古いけど 物は上等だからね

着物によく合ってる

この帯は お絹ちゃんが使うといい

(お絹) よろしいのですか?

(お庚) こんな年増にゃ 派手すぎるよ

(2人の笑い声)

(お絹) ありがとうございます

(お庚) つい こないだまで 色気より食い気だったのに

ちょいと見ない間に すっかり娘盛むすめざかりだ

好いた お人でも できたのかい?

(お絹) まさか そんな…

(お庚) フフッ

(お庚) “好いた水仙”

“好かれた柳”

お絹ちゃんが想う お人は どこの どいつなんだか?

(遊女の泣き声)

(障子が開く音)

(若い衆A) おかみさん

(遊女) あっ あっ… (若い衆A) ほら! 顔 上げろ!

ううっ…

一緒に逃げた男は?

(若い衆B) ふん縛じばって 日本橋のたもとから つるして

さらし者にしてやりました

あっ あっ…

足あし抜ぬけしたからには

覚悟は できてるんだろうね?

(遊女のおびえる声)

(お庚) 行燈あんどん部屋で 仕置きしておやり

あとは お前に任せた

(若い衆B) へい (若い衆A) ほら 立て

(遊女の泣き声)

(若い衆A) 何やってんだ! てめえで歩け!

ほら 早く行け!

(遊女たち) 何やってんだか なじみにでも だまされたか? フフッ

(お庚) 嫌なとこ 見しちまったね

(お絹) いえ

ここは極楽みたいなとこだけど

ひとつ裏 回りゃ 地獄

因果な商売だよ

(若い衆) おい! (竹刀でたたく音)

(遊女のすさまじい悲鳴)

(若い衆) 黙れ!

(竹刀でたたく音) (遊女) ああー!

(若い衆のどなり声)

(悲痛な叫び声)

(女中) どうぞ

(弥吉) あっ…

(格之進) 源兵衛殿は?

(弥吉) あっ

(源兵衛) どうぞ

(格之進) はあ…

これは また 見事な四方木口しほうこぐち

(源兵衛) 四方から災いを逃にがす 縁起のいい碁盤ということで

買い求めました

(格之進) このような 立派な碁盤で

打つのは初めてです

私もでございます

このお方こそと思える―

心の底から通じ合える碁敵ごがたきと 出会えた時に これを使おうと

かねてより用意しておりました

(源兵衛) 誰か! (奉公人) はい

(源兵衛) 柳田様と私のお膳を こっちへ運んでくれないか

(奉公人) へい すぐに

(徳次郎) 乙松 お前ね

この間 お富とみさんが お前 喉のどに魚の骨 刺さったって…

う~ん…

(徳次郎) おい 乙松! 酒だ 酒をつげ!

(乙松) もう たくさん 召し上がりましたよ

番頭さん 今日は それぐらいにしておいたほうが…

危ない 危ない… あー!

(女中) ああー!

(乙松) もう! (女中) 何をしてるんですか もう!

(徳次郎) 番頭を転がすのか お前は! (お絹) 大丈夫ですか?

ああ… お絹さんは 大丈夫です

(利七) 番頭さん (徳次郎) 何だ? 番頭だよ

(弥吉) どうしました?

(利七) 淡路町あわじちょうの伊勢屋いせやさんが お見えになりましたが…

(弥吉) え?

(弥吉) 確かに 五十両

(徳次郎の騒ぎ声)

(せき払い)

番頭の徳次郎が 取り込み中でして

代わりに 私が受取うけとりを書きます

(伊勢屋) “用立ててもらったお金で 大事にならずに済みました”と

源兵衛さんに よろしく伝えてください

(弥吉) 分かりました

(弥吉) 失礼します

淡路町の伊勢屋さんが 五十両をお返しに参りました

(源兵衛) あー そうかい…

(障子が閉まる音)

(源兵衛) ハァ…

ああ… (小便をする音)

ああ~…

シチョウとツケが見合いか…

これは いかんな

(雨の音) (乙松) 番頭さん 起きてください!

番頭さん もう おしまいですよ!

あっ 雨が降ってきました

(女中) あっ 大変!

(徳次郎のいびき)

(お絹) せっかくの 中秋の名月だというのに…

(利七) あっ ああっ…

あの 今度は

柳田様に お目にかかりたいと おっしゃる お武家様が…

(近づく足音)

(お絹) 左門さもん様!

(格之進) 左門 久しいな

どうした? 何かあったのか?

(左門) 狩野かのう探幽たんゆうの軸を 進物蔵しんもつぐらから持ち出したのは

柴田様でした

殿の使いで 柴田様を訪ねた者が

隠し持っていた探幽の軸を 見つけたのです

進物番の柳田様に あらぬ嫌疑をかけるために

探幽の軸を持ち出し 殿に讒言ざんげんしたのです

♪~

(碁石を取る音) ~♪

~♪

♪~

(藩士A) 星を二つとは珍しい

(藩士B) 柴田様は 星に 打つのが得意なのです

また星か…

ええ

(扇子でたたく音)

(扇子でたたく音)

(碁石を取る音)

(柴田兵庫ひょうご) 何だ? その目は

たかが進物番の分際で

少しばかり 殿に 気に入られているからといって

図に乗るな

(碁石を取る音)

~♪

♪~

(格之進) ううっ…

ああっ!

(藩士たち) 柴田様! 柴田様! 柴田様!

柴田様! 柴田様! おやめください!

(蹴る音)

(斬る音)

(兵庫) うっ… うう…

(藩士たち) 柴田様! なりませぬ! 柴田様!

柴田様! おやめくだされ! 柴田様!

いけませぬ! 柴田様! 柴田様!

(左門の声) 五年前の あの一件で 柴田様は 柳田様を恨んでおりました

(左門の声) 五年前の あの一件で 柴田様は 柳田様を恨んでおりました ~♪

~♪

探幽の軸を持ち出したのも 柳田様を陥れるため

(格之進) それで 柴田兵庫は?

出奔しゅっぽんしました

信州で それらしき男を 見かけた者がおります

どうやら 賭け碁をしながら 中山道なかせんどうを流れてるようでございます

それから 柴田様の中間ちゅうげんを 取り調べたところ

驚くべき事実が…

(格之進) どうした? 言わぬか

(戸が開く音)

(左門) 柴田様は

柳田様の奥様に 懸想けそうしておりました

柳田様に 嫌疑が かかっていた頃

“潔白を証明してやる代わりに 身を任せろ”と迫り…

(格之進) それから?

言え!

拒み続ける奥様を

最後は力ずくで…

(左門の声) 奥様は それを苦にされて

琵琶湖びわこに 身を投げたのでございます

♪~

(左門) 嫌疑が晴れ 殿も帰参きさんを望んでおられます

すぐ国元に戻られてください!

私は 帰らぬ

殿には そのように伝えてくれ

(走り去る足音) ~♪

では

(碁石を取る音)

(碁を打つ音)

(碁石をたたきつける音)

(碁石を取る音)

(碁石を取る音)

(碁石をたたきつける音)

ハァ…

どうも いけませんな

このような碁は 打ちとうございません

この勝負 このまま 打ち掛けということに いたしましょう

(碁石を戻す音)

(源兵衛) 柳田様…

(立ち去る足音)

(雷鳴)

(土砂降りの雨の音)

(お絹) 父上

探幽たんゆうの軸の 嫌疑が晴れたというのに

どうして そんな暗い顔で ずっと黙りこくっているのです?

父上 一体 どうなさったのですか?

(格之進) 言うまいと 思っていたのだが

やはり お前には伝えておこう

(雷鳴)

(源兵衛) 切った

うーん…

…で 出た

こうなると… (碁を打つ音)

(ふすまが開く音) (徳次郎) 旦那様

(源兵衛) ああ

ゆうべの五十両は いかがなさいましたでしょうか?

(源兵衛) 五十両?

弥吉が 旦那様に 渡したはずでございますが

ああ…

ああ そうだった

あの 淡路町の…

(弥吉) 伊勢屋さん (源兵衛) ああ

(源兵衛) …の五十両 確かに受け取った

その五十両は どこに?

はて どうしたかな?

弥吉から受け取って

ひざに乗せて…

(2人) ん?

(源兵衛) いや… (徳次郎) え?

(弥吉) どこにもありません

(徳次郎) う~ん…

旦那様が ここを出た時は 手ぶらだったそうだ

とすれば この部屋で五十両が消えた ということになる

ゆうべ この部屋にいたのは 旦那様と…

あとは 柳田様だけだ

もしかして 番頭さんは 柳田様を疑っているのですか?

柳田様に 五十両のことを 尋ねてみなさい

私がですか?

(徳次郎) お前の他に 誰がいる?

(格之進の声) 志乃の敵かたきを討つまで 戻らぬつもりだ

草の根 分けても 柴田兵庫を探し出す

どうか 本懐ほんかいを遂げ

必ずや 母上の無念を 晴らしてください

(弥吉) 柳田様!

(駆け寄る足音)

(格之進) 無礼者!

(弥吉) 柳田様

で… ですが…

(格之進) 私を盗っ人扱いするつもりか?

五十両など身に覚えがない!

十両で 首が飛ぶのです

ですから 五十両というのは大金です

痩せても枯れても 私は武士だ

たとえ どんなに窮きゅうしても

人様のものに手を付けるほど 落ちぶれては おらん!

(弥吉) 柳田様!

(お絹) 弥吉さん

あなたは 父上が 五十両を盗とったと言うのですか?

(弥吉) いえ…

本当に父上が そのようなことをしたと 思っているのですか?

(お絹) 弥吉さん!

(立ち上がる音)

(戸の開閉音)

(鳥のさえずり)

絹…

これを半蔵はんぞう松葉まつばのお庚さんに 届けてくれぬか?

(お絹) お庚さんに?

どのようなご用です?

なに 用というほどの ことでもない

はい

(格之進の声) “少々 憚はばかりの至りに候そうらえども”

“故あって 切腹致すことと相あい成なり候そうろう”

“ぶしつけとは重々じゅうじゅう承知ながら”

“一人遺のこる 絹の身の上を託したく 一筆 認したため候そうろう…”

(町人A) おっとっと…

(町人B) おお… お絹ちゃん!

父上! どうか 思い留とどまられてください!

こうするしかないのだ!

(お絹) このようなことをしても

世間は “やはり 五十両に手を付けたからだ”と

噂うわさするだけでは ありませんか!

母上の敵かたきも討たず

濡ぬれ衣ぎぬを着せられたまま 死んでしまうのですか?

しかし 汚名を着たまま

生きてくわけには いかぬ!

どうしても死ぬと言うなら

この私を殺してから 腹を召されてください!

♪~

五十両

無くなったという その五十両があれば

汚名をそそぐことが できるのですね?

(お庚の声) 私は九つの春 吉原よしわらに売られました

その日から毎日 飲んだくれの父親を恨みながら

鬼のような心で 今日まで生きてきたんですよ

ところが そんな私とは違って

お絹ちゃんは 父親のために

自ら 女の幸せを 捨てようっていうんですよ

その心意気に 私は負けました

いえ お絹ちゃんに惚ほれたんですよ

~♪

お絹ちゃんが覚悟を決めて 用立てた 五十両です

どうか その気持ち 無に しないでくださいな

大晦日おおみそかまでに 五十両をお返しくだされば

お絹ちゃんは 無傷でお返しします

ただし こちらも商売

大晦日を 一日でも過ぎたら

そん時は 私 鬼になりますよ

お絹ちゃん 店に出しますからね

(戸が閉まる音)

確かに

ただ今 受取うけとりを書きます

そのようなものなど 要らん

天地神明に誓って 私は あの金を盗ってはおらん

♪~

♪~ 弥吉 金が出てきたら どうする?

弥吉 金が出てきたら どうする?

(弥吉) その時は

いかようにも…

ならば お前の首をもらい受けるが それでもよいか?

よろしゅうございます

一緒に 源兵衛殿の首も もらい受けるぞ

私に嫌疑をかけたからには 源兵衛殿にも 責めを負うてもらう

よいな?

はい

聞けば お前は 武士の子に生まれたそうだな

侍の子なら その言葉に 二言は ないな?

(弥吉) はい

その言葉 忘れるでは ないぞ

(遠ざかる足音)

(戸の開閉音)

~♪ (震える息)

(震える息)

馬鹿者もん!

柳田様が そのようなことをするなど

万に一つも あるもんか!

(徳次郎) しかし 人間というものは

ふとした弾みで 了見が変わることも ございます

よしんば 柳田様が 持ち帰ったとしても

それは何か よくよくの事情が あってのことだ

あの五十両を 何かに役立ててもらえるなら

私は喜んで差し上げるつもりだ

(徳次郎) それでは帳面が合わなく…

そんなことは どうにでもなるだろう!

(八兵衛) 夜逃げ 夜逃げ

“足りないのは家財 売れ” だって

(さだ) え? どういう ことだよ? それ

(源兵衛) あの… どうしたんですか?

(八兵衛) どうも こうも… これを見てくださいな

(弥吉) すいません

“大家 八兵衛殿”

“故あって 急遽きゅうきょ 転居致すことに相あい成なり候そうろう”

“道具万端ばんたんは 店賃のかたに”

“お納め願いたく候そうろう”

“柳田格之進”

(徳次郎) 旦那様に 合わせる顔がなく

それで行方を くらませたのでしょう

“人は見かけに よらぬもの”

そもそも あのような 食い詰め浪人になったのも

他人には言えない しくじりが あってのことじゃないのか?

(さだ) どういうことだよ もう!

(遊女たち) おにいさん

(遊女) おにいさん 遊んでいきましょう

(遊女たち) おにいさん 遊びましょう おにいさん

(下男げなん) おりょうさん お呼びだよ

(遊女A) はいよ

(遊女B) あら 今日 早いじゃない

(遊女A) ねえさん 呉服屋の若旦わかだんさんが来てるんです

(遊女B) あら 頑張って

(遊女A) あーい

(吹きすさぶ風の音)

♪~

~♪

~♪ (格之進) 身の丈 六尺ほどの大男を 見かけては おらぬか?

(格之進) 身の丈 六尺ほどの大男を 見かけては おらぬか?

(席亭せきてい) さあ 知りませんね

じゃあ 中 見てくださいよ

(格之進) すまぬ

(碁を打つ音)

♪~

(格之進) すまぬ

(碁を打つ音)

(格之進) 他に碁会を開いてる所を 存じないか?

(席亭) いやあ この辺りには 他には ございません

~♪

~♪ (にぎわう声)

(にぎわう声)

(祭り囃子ばやし)

(大男) 何用じゃ?

(格之進) すまぬ

(村娘) 迷惑だね

(祭り囃子ばやし)

(男) 柳田様!

♪(山車だしから聞こえる「塩尻しおじり甚句じんく」)

(格之進) どうやら 中山道には おらんな

殿からは 柴田兵庫を討ち

探幽たんゆうの軸を 取り戻すようにと

命めいを受けております

殿の命めいを果たすまで

私も柳田様のお供を させてください

(格之進) 左門

私は今日まで 清廉潔白せいれんけっぱくであろうと 心がけて生きてきた

だが それは 正しかったのであろうか?

(左門) 正しいに決まっております

清廉潔白でなければ 武士では ございません

(格之進) だが 私が訴えたせいで藩を追われ

苦しい生活を強いられてる者たちが 何人もいる

(左門) 不正に 手を染めたのです

自業自得でございましょう

(格之進) 寺坂清右衛門せいえもんは 死んだそうだな

(左門) どうして それをご存じで?

(格之進) 風の便りに聞いた

遺のこされた家族は どうなった?

(左門) 遠縁を頼って 奥おく能登のとに行ったという噂です

(格之進) まだ 小さな子があったな

奥能登では さぞかし 苦労をしておるのだろうな

(左門) さあ…

どうでしょう?

(格之進) 役を解かれた 内藤左之助さのすけは どうした?

(左門) 播州ばんしゅうの 奥方の縁者の元に 身を寄せております

藩を追われた 安井新八郎しんぱちろうは?

(左門) 一家で 讃岐さぬきに渡り

小さな商いをして 暮らしてるそうでございます

(左門) 柳田様 やはり 藩にお戻りください!

(格之進) 私は藩には戻らぬ

(左門) 何をおっしゃるのです!

殿も 帰参を待ちわびております

柳田様は 藩にとって どうしても必要な お方です!

違う!

私がいない間 おぬしをはじめ 皆が藩を支えてきたのだろう?

それで うまくいっていたのでは ないのか?

(左門) それは…

私が戻れば また堅苦しいことになる

今さら 藩に戻ることもない

(左門) しかし…

多くの者たちに苦渋くじゅうを与え

その挙げ句 この体ていたらく

父から譲り受けた刀も とうに売り払い

脇差し一本の食い詰め浪人だ

(男) 皆様の幸せを願って お手を拝借!

よ~お!

(拍子木で三三七拍子を打つ音)

(弥吉) お絹さん

あっ…

あっ…

お絹さん!

どうして何も言わずに 姿を消してしまったんですか?

この近くに住んでいるんですか?

柳田様は お元気でいらっしゃいますか?

(お絹) 何を のんきなことを…

父上とは 離れ離れになりました

それもこれも あなたに あらぬ嫌疑をかけられたせいです

あらぬ嫌疑?

それじゃ 柳田様は あの五十両を…

(お絹) 弥吉さん

あなたは まだ 父上を疑っているのですか?

あの五十両をつくるために 私は…

お絹ちゃん!

(お絹) はーい!

♪~

もう 金輪際こんりんざい 私の前に現れないでください

~♪

(戸が開く音)

(源兵衛) 帰りましたよ

(弥吉) おかえりなさいませ (源兵衛) ああ

(源兵衛) ハァ… あっ ありがとう

よいしょ

ああ そうだ

吉原の三浦屋さんには 行ってくれたろうね?

(弥吉) はい 九谷くたにの大皿を お届けしてまいりました

(源兵衛) ああ 気に入ってもらえたかい?

“ぜひ欲しい”ということで すぐに代金を払ってくださいました

(源兵衛) ハハッ… そりゃ よかった

(弥吉) 旦那様! (源兵衛) ん?

柳田様は…

柳田様が… どうした?

あ…

弥吉

柳田様が どうしたというんだ?

あっ…

や… 柳田様は

今頃 どうしていらっしゃるのだろうかと 思いまして…

江戸中を捜し回っても さっぱり行方が分からないんだ

きっと お絹さんと一緒に 江戸を離れたんだろう

(障子の開閉音)

(火を吹き消す音)

(吹きすさぶ風の音)

(左門) 柴田兵庫と 申す者なのですが…

(作蔵さくぞう) はて?

この宿場町には 流れ者の博打ばくち打ちは 幾人いくにんも やってまいりますので…

さあ どうぞ

(格之進) 身の丈 六尺ほどの大男で

足が悪く 杖つえを突いて 歩いているはずですが

(作蔵) そういえば 先日 この宿場に来た碁打ちが

大きな男でございました

確か 杖を持っていたような…

(格之進) その男 江州ごうしゅう彦根ひこねの出であると 申しておりませんでしたか?

(作蔵) そこまでは 存じ上げませんが

なんでも 変わった碁を打つとか

(左門) 変わった碁とは?

(作蔵) 初手しょてを小目こもくに打たず 星に打つのだそうです

次の手も さらに次の手も 星に打つとか…

大層お強く この町一番の打ち手も まるで歯が立たず

賭け碁で 随分と金を 巻き上げられたようでございます

それで その男は まだ この韮崎にらさきの宿しゅくに?

三日ほど前に 江戸へ向かいました

なんでも 年の瀬に 両国りょうごくの料亭で 大きな賭け碁の会が あるとかで

さあ お茶を

(左門) すまん

(狐男きつねおとこの声) 新吉原の狐舞きつねまいでござ~い!

(男の声) 待ってました!

(狐舞の囃子はやし)

(狐男) ♪ご祈祷きとう ご祈祷

(狐舞一行いっこう) ♪おおさえ おさえ

(狐男) ♪ご祈祷 ご祈祷

(遊女たち) 狐が来たよ! 今度は うちだよ

(狐舞の親方) 本年も やってまいりました よろしくお願いいたしま~す!

(遊女A) 行こう! (遊女B) 行こう 行こう!

(狐男) ♪ご祈祷 ご祈祷

(遣手婆) さあさあ 皆さん! こちらへ お入りください

(狐舞の親方) 本年もよろしく

(遣手婆) よろしくお願いいたします さあ どうぞ 中へ

(狐舞の親方) さあ さあ さあ さあ!

(遣手婆) どうぞ お入りください さあ どうぞ!

(狐舞の囃子はやしが続く)

(狐舞一行の掛け声) (遊女たち) ハハハハッ

(狐男) 呼ばれもせぬのに 今年も やってきましたよ

祈祷狐きとうぎつねだ

(遊女) 狐男に捕まったら 子どもが できちまうよ~!

(狐男) 孕はらませるぞ 孕ませるぞ!

(遊女たちの はしゃぎ声)

(狐男) あれ? どこ行った? (遊女) ほら こっち こっち!

(狐男) あっ いた!

逃がしませんよ 逃がしませんよ!

そこに いたか!

逃げられんよ! ほら!

(遊女たち) ほら こっち こっち! ほら こっち こっち!

(お大尽だいじん) お武家様の娘で あの器量

百両では どうだ?

(お庚) さあ?

(お大尽) ならば 二百両… いや 三百両 出そう

一体 いくら払えば 身請けさせてくれるのだ?

(お庚) 用立てたお金が どうなることやら

(お大尽) だが 返済の期限は今日

大晦日おおつごもりではないか

どうせ金を返せるはずもなし

♪~

~♪

(子分) こちらの お方でございます

(長兵衛) 今日の碁会を 仕切らせていただいている―

横網よこあみの長兵衛でございます

柳田格之進と申します

お話は この者から伺っております

…が 今日は ご紹介のある方だけの碁会

存じております

ですが どうしても会いたい者が ここで碁を打っているんです

(長兵衛) それで

そのお方に どんな御用向きで?

子細しさいは申し上げられませぬが

訳あって どうしても 会わなければならないのです

旦那 お手を上げてくださいな

ようござんす

どうぞ お上がりください

(長兵衛) おう (子分たち) へい

(子分) お腰のものを お預かりします

(碁を打つ音)

(客) そう くるかい

(客) 面白くねえ!

フッ…

(左門) とうとう突き止めたぞ

♪~

久しぶりだな 格之進

恨み言でも言いに来たか?

(左門) 殿の探幽たんゆうの軸 返してもらおう

(兵庫) とうに売り払ったわ

なっ…

許せん!

(兵庫) 許せん?

ならば どうする?

おぬしを このままにしておくことは できぬ

その正義漢面づらを見ると 反吐へどが出るわ

己おのが身の不幸を 嘆いておるようだが

おぬしが どれほど恨まれているか 知っておるのか?

おぬしの 殿への直訴によって

役を解かれ 禄ろくを減ぜられた者たちと その家族は

日々の生活も ままならず

爪に火を灯すように 暮らしている

そのような者たちのために 探幽の軸を売ったのだ!

よくも ぬけぬけと そのような きれい事を!

(兵庫) “袖の下”は旧来の習わし

何も 贅沢ぜいたくを するためではない

そうせねば 暮らしてゆけぬから

やむを得ず そうして いたまでのこと!

“水 清ければ 魚うお 棲すまず”

おぬしのせいで 幾人もの才ある者たちが 藩を追われた

言いたいことは それだけか?

知らぬと思うが

おぬしの女房は

役を解かれた者や 家族から恨まれ それを苦にしていたのだぞ

馬鹿正直な おぬしと 一緒に暮らしていると

息が詰まりそうだと

この俺に こぼしておったわ

ならば 聞かせてもらおう

志乃は

なぜ命を落とさなければ ならなかったのだ?

言え

返答次第では 覚悟がある

(兵庫) 俺を どうするつもりだ?

(格之進) 私と勝負をしてもらう

(兵庫) 勝負?

~♪

碁で決着をつけたい

(兵庫) 碁だと?

おぬし 正気か?

彦根藩一いちの打ち手の俺と 勝負しようというのか?

(格之進) いかにも

金は持っているんだろうな?

この首を賭ける

(どよめき)

代わりに 私が勝てば

おぬしの首を もらい受ける!

(兵庫) それでは 話にならん!

俺が勝ったところで 何の得もないではないか

そもそも この俺に おぬしが勝てるはずもなかろう

(長兵衛) 旦那

(どよめき)

男が命を賭けると言うからには

よくよくあってのことじゃ ございませんか

一生一度の 命懸けの頼み

腕に覚えが おありなら

受けておあげなさいな

いいだろう

勝負の見届け人は

この横網の長兵衛

どちらが勝っても

遺恨は なし

♪~

(町人) 星!?

(客A) 白に二分にぶで

(子分) おめえも白かい

一分いちぶ 二分と…

(客A) まだ どっちが勝つか 分かりませんけどね

(笑い声)

(客B) 手て堅がてえなぁ

~♪

♪~

(若旦那) 逃げずにケイマ

ツケて…

(旗本) すさまじい ねじり合いだ

(若旦那) どちらも 一歩も 後に引きませんね

(町人) 一手 打つ度に 打ったほうが良く見える

(町人) 一手 打つ度に 打ったほうが良く見える ~♪

~♪

こいつぁ どっちが勝つか さっぱり分かんねえな

(源兵衛) 来年の商訓です

(徳次郎) はあ…

何と読むのですか?

(源兵衛) “貪むさぼれば勝ちを得ず”

中国の碁の格言です

己の利だけを貪れば 勝負に勝つことはできない

♪~

(碁石を取る音)

(旗本) 飛んだ?

(町人) …ってことは

この白の大石を 殺そうとしてるってことですかい?

(若旦那) いくら何でも そいつは無理だ

(旗本) どこから どう見ても 立派に活きてる

(町人) うん

(若旦那) 苦し紛れの 一手ですな

(旗本) とうとう 勝負がつきましたかな

(町人) そのようで

ヘヘッ

(町人) もったいぶってねえで とっとと勝負つけりゃいいじゃねえか

(若旦那) もしかして 死んでるとか?

(町人) まさか

はっきり活きてますって

(旗本) ん? ちょっと待て

(町人) どうやったって 死にやしませんって ねえ?

(町人) どうやったって 死にやしませんって ねえ? ~♪

~♪

♪~

♪~ “石の下”だ!

~♪

(客たちのざわめき)

(若旦那) もう ずっと 手が止まったままだ

どうぞ お打ちください

柴田様

(兵庫) 水を一杯 所望しょもうしたい

(長兵衛) おう 誰か水を

(子分) へい

(町人) まさか このまま 打たねえつもりじゃねえだろうな

(除夜の鐘の音)

(子分) どうぞ

(兵庫) かたじけない

(碁石を取る音)

(兵庫) フゥ…

(碁石を取る音)

(水を飲む音)

♪~

♪~ (客たちのどよめき) (子分) 親分!

うっ…

んっ!

んっ!

(兵庫) ふんっ! (斬りかかる音)

(左門) やあっ!

(格之進) うっ…

(斬る音) (子分) うわっ… ああ…

おい 助すけてやんな!

(子分たち) へい!

(子分) 旦那 退ひいてくだせえ!

(子分) 野郎 止めろ!

(子分たちの叫び声)

(子分) やあー!

(子分) やあー!

(兵庫) んっ!

(客たちのおびえる声)

(子分) てめえ!

(子分) やあー!

(格之進) うっ…

(兵庫) ふんっ!

(長兵衛) 刀を持ってこい! (子分) へい!

(もみ合う声)

(子分たち) おらー!

(兵庫) んっ!

(子分) 野郎!

(子分) やあー!

(斬る音)

(突き刺す音) (子分) あああー!

あああ… ううっ…

(子分の悲鳴)

(格之進) うっ… うう…

(子分たち) おらー! 兄貴!

(子分) おらー! (斬る音)

(左門) 柳田様!

(左門) やあー!

(長兵衛) 旦那!

(左門) やあっ!

(刀を投げる音) ~♪

~♪

(斬る音)

(荒い息)

(血が滴り落ちる音)

(除夜の鐘の音)

頼みがある

腹を斬りたいが

この体では できぬ

(除夜の鐘の音)

武士の情け

貴殿に介錯かいしゃくを願いたい

(除夜の鐘の音)

(格之進) やああっ!

(血しぶきが飛ぶ音)

ご無事で ようござんした

見事に…

本懐を遂げられましたな

(除夜の鐘の音)

(長兵衛) このお方の預かり物もんです

探幽たんゆうの軸に間違いない

これを殿に

とうに売り払ったなどと 真っ赤な嘘を ぬけぬけと…

(左門) 柳田様 いかがなさいました?

(除夜の鐘の音)

(乙松) ん?

あっ!

(左門) そのような 事情が あったのですか

五十両は ともかく

見事に本懐を遂げられた ことだけでも

お絹さんに伝えに参りましょう

中なか引びけの拍子木が 鳴り終われば 大門おおもんが閉じます

門が閉じれば 今年も終わりです

(走り去る足音)

(除夜の鐘の音)

(徳次郎) 組合の封が してあります

淡路町の伊勢屋様が持ってきたものに 間違いありません

ああ…

う~ん…

フゥ…

ええい!

切って下がる手が あったか

チッ 弱ったな

ん?

(源兵衛の声) 不浄の場所に 金を持って入るのは憚はばかられたので

あの額の裏に隠したんだ

すっかり失念していた

私は何ということを…

…とすれば

柳田様の五十両というのは 一体…

長屋暮らしの身で

五十両という大金を 工面するのは…

どうした?

あ… いえ

何でも…

(徳次郎) もしや お前は 何か知っているのか?

旦那様…

申し訳ございません!

(徳次郎・源兵衛) 弥吉!

(源兵衛) あっ…

(拍子木の音)

(門番) 中引なかびきでございまする~!

(拍子木の音)

(格之進) 待ってくれー!

(門が閉まる音)

(除夜の鐘の音)

(荒い息)

絹…

(走る足音)

(荒い息)

(除夜の鐘の音)

柳田様…

申し訳ございません!

やはり出てきたか

(弥吉) あらぬ嫌疑を おかけしてしまいました

弥吉 あの日の約束を 忘れてはおらんな?

忘れてはおらんな!

忘れてはおらんな! ♪~

♪~

はい

決して 忘れてはおりません

(源兵衛) あっ…

~♪

私は 弥吉と約束をいたした

もし五十両が出てきたら

その時は 弥吉の首と 源兵衛殿の首を もらい受けると

弥吉! お前 何てことを!

(弥吉) 申し訳ございません!

まさか 本当に斬るつもりでは ないでしょうな?

(格之進) いや 斬る

あっ…

(格之進) 左門 刀を貸せ

柳田様…

いいから よこせ!

(左門) しかし…

(格之進) これは 私と弥吉の 男と男の約束だ

(弥吉) 柳田様!

私は 首を差し出すと 約束いたしました

どうぞ お斬りください!

ですが 旦那様のことは 私が勝手に約束したことでございます

首を斬るのは

どうぞ この弥吉だけで ご勘弁ください!

♪~

♪~ (源兵衛) お待ちください! お待ちください!

(源兵衛) お待ちください! お待ちください!

この度のことは

この私わたくしの落ち度が 事のすべての始まりでございます

どうか 弥吉の代わりに 私の首でお許しください

(弥吉) いえ どうか 私の首をお斬りください!

(源兵衛) ああ! 弥吉は

“柳田様は このようなことをしたとは どうしても思えない”

“曲がったことは 決して おできになる お方ではない”と

申しておりました

どうか どうか 私の首で! 柳田様!

私の首をお討ちください!

旦那様は 身寄りのない 幼い私を引き取り

一人前の商人あきんどに 育ててくださいました

旦那様を死なせるわけには まいりません!

弥吉には まだ この先がございます

どうか私を!

(2人) 柳田様!

(弥吉) 早く私を! (源兵衛) 柳田様!

もう よい!

そこまで申すなら 約束どおり 両名の首を頂く

二人とも そこに直れ!

(弥吉の震える息)

(源兵衛の荒い息)

覚悟!

ふんっ! (刀を振り下ろす音)

~♪

(弥吉の震える息)

(除夜の鐘の音)

(弥吉) え… え…

(碁盤が斬きられた音)

(弥吉の荒い息)

(除夜の鐘の音)

(お囃子はやし)

お庚さん

年が明けました

私は約束どおり 店に出ます

覚悟は できています

(近づく足音)

(下男) おかみさん!

柳田様が…

(お絹) 父上!

お絹殿

お父上は 柴田兵庫を倒し

見事 本懐を遂げられましたぞ

私の濡れ衣も晴れました

用立てていただいた五十両は お返しします

(お庚) そうですか

それは ようございました

(格之進) 申し訳ない 約束の期限に間に合わず…

(泣き声)

期限?

何のことですか?

父上が お迎えに見えたんですよ

さあ 帰る支度をなさい!

♪~

♪~ (泣き声)

(泣き声)

(左門) これほど お願い申し上げても

藩に お戻りになって いただけないのですか?

(格之進) 浪々ろうろうの身は気軽で これは これで なかなか悪くない

(左門) しかし…

(格之進) すまん

(左門) あっ いや…

どうしても ということであれば 致し方ありません

~♪

~♪ (格之進) 左門

その探幽たんゆうの軸を 私に くれぬか?

ご冗談を! 私は殿の命めいで…

(格之進) 分かっている

私に 殿に背けと おっしゃっているのですか?

(格之進) 金が欲しい

お気は確かで ござりますか?

正気だ

兵庫は 藩を追われた者たちのために その軸を売ったと申していた

ただの方便でございます

現に探幽の軸は こうして ここに…

(格之進) だが その言葉を聞いた時

私は うれしかった

兵庫が そうしてくれていたなら ありがたいと思ったのだ

左門 頼む

(ため息)

(左門) この軸

私は 見なかったことに いたします

それでは

どうか お体にお気を付けて

左門も 達者でな

(徳次郎) ♪高砂たかさごや

♪この浦舟うらぶねに帆を上げて

♪月もろともに出汐いでしおの

♪波の淡路の島影や

♪遠く鳴尾なるおの沖過ぎて

(一同の笑い声)

(源兵衛) 柳田様

私は 弥吉に家督かとくを譲り 隠居をすることにいたしました

家督を譲るには まだ早すぎます

(源兵衛) ああ いや…

番頭の徳次郎が 弥吉を支えます

徳次郎も かねてより そのつもりです

何の不安も ございません

(格之進) これほどの碁盤だというのに 打うち初ぞめが 打ち納めとは…

気の毒なことをしてしまいました

いえ

やはり縁起のいい碁盤で ございました

私と弥吉の身代わりになり 命を救ってくれたのでございますから

ハハハハッ

あっ そういえば

柳田様との最後の碁 打ち掛けのままで ございましたな

(格之進) ええ

あの時の決着 つけませんか?

(ひざをたたく音)

(源兵衛) ハハッ

(徳次郎たちのはしゃぎ声)

(徳次郎・弥吉) 利七!

(源兵衛) ああ 誰か 私の碁盤が どこか知らないかい?

(乙松) あ~ あっちじゃないですか? (源兵衛) あっちか!

(弥吉) 旦那様! (源兵衛) あっ いい

(徳次郎) おっ ほら 行くよ! ほれ!

(一同が談笑する声)

(徳次郎) ♪お富さん お富さん お富さん

(笑い声)

(徳次郎) ほら 乙松! まだ終わりじゃない ほら!

(笑い声)

(徳次郎) 虎になりなさい! 虎になりなさい!

虎になりなさい!

(源兵衛) 柳田様?

柳田様?

柳田様?

柳田様!

柳田様!

♪~

(吹きすさぶ風の音)

~♪

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