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(すすり泣く声)
《美世:桜吹雪は 頬を濡らす雨。
はらはら舞う雨の中で
私は一人 泣いていた。
春の暖かな日差しも
夏の木漏れ日も
秋雲の切れ間から差す光や
粉雪に反射する朝日も
私を照らしてはくれなかった。
幸せなんて 知らなかった。
いちるの希望も
いつも 目の前で消えてしまったから》
は… はっ!
《ずっとそう思って生きてきた。
この世界に 私は必要のない存在なのだと》
《あの日 あのお方と
出会うまでは…》
(川のせせらぎ)
(香耶)なによこれ!
(香耶)こんなお茶 渋くて飲めないわ!
申し訳ありません。
今すぐいれなおして!
(香乃子)美世 いつまで そうしているつもりなの?
早く行ってちょうだい。
かしこまりました。
失礼いたします。
もう お茶も満足に いれられないなんて
同じ斎森の娘として 恥ずかしくないのかしら。
香耶と違って 本当に要領の悪い娘ね。
あの母親そっくり。
(真一)香乃子 私を責めるつもりか?
(香乃子)だって 真一さんが 産ませた子じゃないの。
(真一)勘弁してくれ とうに昔のことだろう。
おはようございます 辰石様。
本日はどうなさいましたか?
(実)真一と これから少し打ち合わせだ。
これは使用人たちで食べなさい。
まあ いつもありがとうございます。
よいよい それでは失礼するぞ。
先ほど 辰石様が お見えになられてたけど
もしかして 縁談話でも持ってきたのかしら?
んっ? 美世様も香耶様も
そろそろお年頃ですからね。
美世様なんてもう19よ。
ただ あの真一様のことですから
美世様ではなく きっと香耶様かしらね。
アンタたち 何くっちゃべってんだい!
洗濯ひとつ まともにできないヤツは おまんま食い上げだよ!
(2人)も 申し訳ありません。
(香乃子)ちょっと 誰か居間に来てちょうだいな!
ほら 奥様がお呼びだよ!
(2人)ただいま参ります!
縁談…。
(幸次)今日も庭の掃除かい? 精が出るね。
幸次さん。 (幸次)父さんが
君の父上と 当主同士の会談があるみたいで
今日はその付き添いで来たんだ。
それは ご苦労さまです。
ていうのは口実で…。
ほんとのところは 美世と話したかっただけ。
美世 手を出してごらん。
んっ? ミルク…。
ミルクキャラメルだよ。 甘くておいしいお菓子。
初めて食べたときは 頬が落ちるかと思ったくらいさ。
んっ! フフッ。
喜んでもらえたみたいでよかった。
はやりもの好きの兄貴が 買ってきたんだ。
とってもおいしいです。
ご希望とあらば いつでも持ってきてあげるよ。
これで美世が笑顔になるのなら 安いものさ。
いつも ありがとうございます。
こんな時間が ずっと続けばいいんだけどな…。
(幸次)僕は… 美世を助けてあげたいんだ。
幸次さんには いつも救われています。
こんな僕だけど
いつだって 美世の力になりたいんだ。
君のために…。
君がずっと笑っていられるように。
フッ なんて…。
フフ…。
ねぇお父様。
女学校に着ていく 新しいお着物が 欲しいのだけれど
ダメかしら? ああ
そろそろ女学校も新学期か。
この機会に 2~3枚買ってきたらどうだ。
えっ いいの!?
(香耶)お父様 ありがとう!
まあ 真一さんったら。
本当に香耶には甘いんだから。
(香耶)もうこのお着物ボロボロなのよ。
(真一)美世。 はっ…。
はい。
いつも昼は 何をしている?
え あ… 家の周りのお掃除を。
(真一)そうか。 明後日の昼だが
必ず家にいなさい。 いいな?
あ… かしこまりました。
《使用人同然の私に 家にいろだなんて…。
心配しなくても
私がこの家の 敷地の外に出ることなんて
あるわけないのに》
ふう…。
(香耶)お母様~?
ねぇ お母様を見なかった?
奥様でしたら 離れにいらっしゃるかと。
これからお出かけですか?
ええ 着物を新調するの。
新学期のためにね。
それより… クククッ。
(香耶)お姉様 顔を洗ったらいかが?
(香耶)ひどい顔よ。 えっ?
美世様 お顔にすすが。
えっ。 (香耶)アハハッ!
そんなお顔で 間違ってもお客様の お出迎えなんてしないでね。
ただでさえ斎森家の恥なんだから。
申し訳 ありません。
(鳥のさえずり)
(庭を掃く音)
美世…。
んっ 幸次さん。
おはようございます。
今日は洋装だなんて珍しいですね。
とってもお似合いです。
ん…。
あ… あの 今日はどんなご用事で?
ああ うん ちょっと大事な用だよ。
君の父上に。 父に?
あ…。 これ…。
あっ。 手土産のお菓子。
よければ みんなでどうぞ。
ありがとうございます。
じゃ じゃあ また後で…。
あ 幸次さん?
《どうして こんなことに…》
(雨音)
美世様! んっ?
旦那様が美世様を お呼びになられてます。
えっ? すぐにお座敷に来るようにと。
わ わかりました。
(雨音)
はっ。
明後日の昼だが 必ず家にいなさい。
いいな?
《もしかしたらなんて考えてはダメ。
きっと悪い話に決まってる》
《幸次さんとの縁談…。
期待してはいけない。
そう思っているはずなのに…》
(深呼吸)
参りました 美世です。
(真一)入れ。
失礼いたします。
(香耶)何を ボーッとしてらっしゃるの?
さっさと お入りになっていただける?
ん…。
あ…。
(真一)話というのは他でもない。
辰石家との縁談と
この家の今後のことだ。
(真一)この斎森家は
幸次くんに婿養子に入ってもらい 継いでもらうことにした。
彼の妻として この家を支えるのは
香耶だ。 はっ…。
フフフ。
《覚悟していた。
使用人同然の私が
結婚できるわけがないって。
この家で 存在を許されて
穏やかに過ごせる日々が
そんな簡単に私のもとに 訪れるわけがないって》
(真一)美世 お前には嫁いでもらう。
は…。
嫁ぎ先は 久堂家。
久堂清霞殿のところだ。
く 久堂!? (香耶)よかったじゃない!
あの有名な久堂清霞さんのもとに 嫁げるだなんて。
は…。
なんの取り柄もないあなたには
もったいなさすぎるお話ね。
ウフフ お姉様は久堂家で いったい何日もつのかしら。
楽しみね。
すぐに荷物をまとめて
明朝 久堂殿の屋敷に向かえ。
あの おと…。 (真一)話は以上だ。
わかったならさっさと支度をしろ。
くれぐれも 無礼のないようにな。
は…。
フフ…。
失礼 いたします。
(真一)さて 幸次くん 早速結納の日取りだが…。
しばらく止みそうにないわねぇ。
せっかく洗濯物 干したのに。
あっ。
(幸次)美世…。
ん…。
幸次:ちょっと待ってください!
どうして僕が!
何度も言わせるな。
お前は斎森香耶の 婿になれと言っている。
そんなこと いきなり言われても…。
お前は美世を助けたいんだろう?
心配するな。
美世は一志の嫁にするよう 斎森に頼んである。
そうすれば 彼女はあの家を出られるんだ。
それこそ彼女にとって 一番幸せな道だと思わんか?
美世の気持ちは…。
よりにもよって 僕と香耶だなんて。
これはすでに決まったことだ。
お前はこの家の繁栄のために 黙って従え。
(実)わかったな。
ん…
《お母様の桜の木…。
落ち込んだときにここに来ると
いつも心が安らぐのだけど
もうここにも来れなくなるのね。
今までありがとう。
さようなら お母様》
(幸次)美世…。
幸次さん…。
(幸次)ごめん。
僕は本当にふがいないね。
結局なにもできなくて…。
幸次さんが 謝ることではありません。
ただ 運が悪かっただけですから。
違う! 運なんかじゃ…。
いいんです。 嫁ぎ先で 幸せになれるかもしれませんし。
私は気にしていませんから。
君は 僕を恨んでいないのか。
恨むだなんて…。
そんな気持ちは とうに忘れました。
僕は君を助けたかった。
また昔のように 普通に君と笑いあいたかった。
僕は君を…。 (香耶)幸次さん。
(幸次)香耶…。
何を話しているの?
な 何でもないよ…。
あらそう。
幸次さん。 んっ。
今まで ありがとうございました。
(遠ざかる足音)
フフッ。
~
美世様 少しよろしいですか?
はい どうぞ。
(ふすまが開く音)
真一様からのお言づてで 明日出発される際は
こちらの お着物をお召しなるようにと。
お父様が…。
いいですか 美世様。 あ…。
久堂清霞様は 冷酷無慈悲と ウワサされているお方です。
今までの婚約者は 皆 逃げ出したそうで。
どうか お気をつけて。
お気遣い ありがとうございます。
は… お荷物 たったそれだけで…。
母の形見も ほとんど 捨てられてしまったので
これくらいしか ないんです。
さぞ おつらかったでしょうに…。
こちら よければ 道中で召し上がってください。
フフ 助かります。
美世様 それでは どうかお元気で。
《こんな 派手な着物
私には到底 似合いそうにない》
は…。
(戸を開ける音)
《私 とうとう帰る家も
思い出さえも 失ってしまったのね…》
(走る息遣い)
フフッ!
~
(美世の嗚咽)
(セミの鳴き声)
~
ん…。
んっ?
~
~
~
《こんなところに 本当に久堂家の当主が
住んでいるのかしら…》
(鳥のさえずり)
あっ。
《ここかしら…。
思っていたよりも質素な家…》
(ノック)
ごめんください。
(ゆり江)はいはい。
(ゆり江)どちら様でしょう。
は 初めまして 斎森美世と申します。
この度 久堂清霞様との
縁談のお話をいただき 参りました。
まあ 斎森様。
お待ちしておりましたよ。
私は久堂家使用人の ゆり江と申します。
よろしくお願いいたします。
お話は聞いておりますよ。
さあ どうぞお入りくださいませ。
お お邪魔します。
坊ちゃんは今 書斎にいらっしゃいますから。
早速そちらまで ご案内いたしますね。
あ…。
お初にお目にかかります。
斎森美世と申します。
どうぞ よろしくお願いいたします。
(清霞)はぁ…。
いつまでそうしているつもりだ。
申し訳ございません。 謝れとは言っていない。
さあ どうか お顔を上げてくださいまし。
は はい…。
はっ…。
《この日 このお方と出会ったことで
まるで 雪の中で芽吹いた花のように
私の閉ざされた人生は
再び動き出したのでした》
久堂家当主 久堂清霞だ。
(風の音)
《きれいな 人…》
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