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(太鼓の音)
(唾を吹きかける音)
( 織田信長 おだのぶなが )犬!
( 前田犬千代 まえだいぬちよ )へえ!
眉が太すぎる もっと さりげなくじゃ!
(犬千代)いてっ! はっ!
( 池田勝三郎 いけだかつさぶろう )さりげなくじゃ
(信長)勝三郎! (勝三郎)はっ
(信長) もっと太う 高 たこ う 巻き上げよ
(犬千代)高う (勝三郎)高う?
たわけ!
(犬千代)勝三郎! (勝三郎)はい
(信長)毛先 散らせ (勝三郎)は… はっ
(唾を吹きかける音)
(信長) 橋介 きょうすけ
( 長谷川 はせがわ 橋介)はっ
帯は つまらんな
縄にせよ
(橋介)縄? (犬千代)縄!
(勝三郎) 早 はよ う 早う 早う! 早う!
(犬千代)あっ
いっそ 頬に刀傷を 書 けぁ ては いかがでしょう
勇ましゅう見えますわ
いらん
はっ
(勝三郎)いらんわ (犬千代)いらん…
はっ…
はっ
ふお~ ご立派でごぜぁますわ
ああ お美しい
(犬千代)いいお姿ですわ
どうでぁ 今日のわしは?
(犬千代)いやあ 今日も 惚 ほ れ 惚 ぼ れいたしますわ
(勝三郎) いまめかしゅうごぜぁます
(橋介) 震え上がるほどでごぜぁますぁ
あ~ あえて…
あえて…
こう!
(犬千代たち)おおっ!
めまぇが めまぇがする
(橋介) ひと目で腰砕けになりましょう
(勝三郎)抱かれたなりますわ
なんと申した? なんと申した?
(信長)ほれっ ほれっ! (勝三郎)ああ~!
(ふざけ騒ぐ声)
(せきばらい) (信長)なんじゃ!
( 平手正秀 ひらてまさひで ) 参 めえ られました
(勝三郎)にゃ
(犬千代)ほほ~!
(祝砲の音)
(犬千代たち)若!
どけ!
(犬千代) どいてけろ どいてけろ!
(勝三郎)あれきゃ?
(犬千代)おお 来たわ 来たわ
(小姓)はっ!
( 上﨟 じょうろう )お 濃 のう 殿 まずは一献を
(酒を 注 つ ぐ音)
(織田 信秀 のぶひで ) おぬしだけに申しとく
病 やめあ を得とる
わしが死ぬとせぁが…
この 尾張 おわり は混乱する
その機を見逃す 隣国のマムシだねぁ
今 手を打たんならん
和議を結ぶことんした
息子よ
美濃 みの 山城守 やましろのかみ 殿の娘が おめぁの妻だ
マムシの娘などと言われとるが 母親は ええとこの家系だで
しとやかな良妻となるに 違 ちが ぁねぁ!
尾張の安寧は おぬしにかかっておる
(むせる音)
(せきこみ)
(勝三郎の笑い声)
(橋介)見ましたぞ 見ましたぞ
大殿様の言いやしたとおり—
どえらぁ美人な姫様で ござらっせるわ
(勝三郎)マムシの娘とは思えん 羨ましいのう 若
我が目に狂いなくば 乳房 大なり!
(笑い声)
犬千代!
(犬千代)はい…
はしゃぐな
はい
はしゃぐな
(犬千代)ハッハッハ! (勝三郎)は… はい ただいま!
(犬千代)若も大なり!
(笑い声)
(勝三郎)若 早うせえ 早うせえ
( 各務野 かがみの )よろしゅうございますな
くれぐれも…
くれぐれもお父上のお言葉を 忘れんさらんよう
( 斎藤道三 さいとうどうさん )そなたの兄は…
このわしに いずれ反旗を翻すじゃろう
この美濃は大きな混乱に陥る
その機を見逃す 隣国の虎やあらへんわ
娘よ
尾張 織田殿の息子が そなたの新たなる夫じゃ
言うな!
美濃の命運は そなたに かかっておる
なあに 尾張の うつけ者などと 冷やかすもんもおるが…
文武にたけた 心根の優しい嫡男に決まっとるわ
言うな 言うな なんも言うな
頼むから なんも言わんといてくれ
そなたは思うたことを口にするな
言うな!
(鐘の音)
なんじゃ?
あちらにございます
(勝三郎)若!
(犬千代) はい どいてちょ どいてちょ
若 お達者で~
もっと ぎょうさん注げ
(せきこみ)
(信長)はあ~
肩 揉 も め
(舌打ち)
(ため息)
弱いのう
もっと強く揉まんか もっとじゃ
痛っ
(濃姫)何故でござりましょう
(信長)ん?
何故 わらわが酒を注ぎ—
おまい様の肩と足を 揉むのでござりましょうか
そなたは わしの妻だからじゃ
お疲れでござりますか?
わしか? 疲れておらん
さもあり
長旅で疲れとるのは わらわでござります
ならば わらわにも酒を注ぎ—
足のひとつも揉んでやろうと おぼし召すのが—
妻への思いやりなるものでは…
わしは そんな軟弱な男ではねぁ
妻をいたわることの 何が軟弱であるか
思い違いも甚だしい
気ぃつけて もの申せ
わしは分をわきまえんおなごは 嫌いじゃ
わらわも愚かな殿方は 嫌いでございます
しつけも作法もなっとらんな!
(濃姫) しつけも作法もなっとらんのは おまい様じゃ!
なんじゃと?
その 格好 しこ は なんであるか
みっともない
こ… これは
これは いまめかしい いでたちじゃ!
美濃の田舎者には分からん
飲まれん酒を格好つけて 飲み干いて吐き散らし—
まるで わっぱじゃ ただのわっぱ
醜し
手打ちにできるもんなら してみるがええ
我が父が大軍を引き連れ この城へ攻め込んでくるに
わしと我が父が 返り討ちにしてくれるわ
そんで美濃へ押し入って 成敗したるわ
笑止千万!
おまい様の父上は 我が父に敗北したのをお忘れか
しっかも こってんぱんに
尾張の脅威に これ以上 耐えられんもんだで—
そなたを人質として よこしたんじゃろが!
さにあらず!
尾張を攻め落とすためにこそ わらわが送り込まれたのじゃ
おぬしらは まあすん 我が父の軍門に下ると心得よ!
言うたな
謀反と見なす
放せ
うっ
ぐはっ…
くっそ…
ああっ
うわっ 待て あっ…
くそ!
ううっ
(信長のうめき声)
おりゃ… くそっ
おりゃ~!
ああ~ うわあ~
( 福富平太郎貞家 ふくずみへいたろうさだいえ )平手殿
若殿は よう声を 上げんさるほうでござるか?
犬千代
案外 あんげぁ 敏感でござらっせる
攻められるとお 弱 よえ え
(笑い声)
姫様は その…—
激しい… 激しいほうでござらっせるきゃ?
かなり
(犬千代たちの興奮する声)
(信長)ああっ あっ ああっ!
ああっ 当たっとる 当たっとる
当たっとる
(勝三郎)当たっとる 当たっとる
(信長)貴様~ あ~ 折れる 折れる 折れる
折れる 折れる 折れる
死ぬ 死ぬ死ぬ
出合え~!
出合え! ああっ!
出合え~!
出合え~!
うっ うっ… くそ
(犬千代)わわ… 若! (侍従)姫!
(濃姫)足を 揉んで差し上げよるところじゃ
これでご満足か
まっと強うか まっとか
何しとる 早く このおなごを討て!
ああっ ちょ…
(各務野)お待ち… お待ち…
お待ち… ちょ…
姫 やめてくんさい
放してくんさい
姫 こらっ こらっ だしかんてっ こらっ!
(犬千代)若のお 下知 げじ でぁ!
(貞家)言うてみよ!
(争う声)
(濃姫)各務野! (各務野)お許しを お許しを…
おお おお~!
お許しを… あっ ああっ! お許しを
ううっ!
(犬千代) ああ とんでもねえ姫だがや
まさにマムシが放った刺客だて
(勝三郎)これが3度目の婚姻
前 めえ の夫 土岐頼香 ときよりたか その前の夫 土岐 頼純 よりずみ
どっちも 奇怪 きけえ な死 遂げとるげな!
(橋介)うわさどおり あの姫がやったんだわ
若! もうあの姫に 近づいてゃいかんですよ
(勝三郎)そうだ!
なんじゃ その目は
目?
いや ご無礼つかまつりました
(濃姫)聞きよったとおりの ひ弱で がらんどの嫡男じゃ
この国を乗っ取るは 容易 あやす いぞ
(貞家たち)おう!
“おう”じゃあらへんわ!
ええですか 姫様は…
父からのお下知あらば—
いつでも あやつの寝首をかいたるわ
(貞家たち)おう!
おう!
(各務野)黙りんさい
( 鈴 りん の音)
(僧侶たちの読経)
(足音)
(読経 やむ)
(女)ふっ!
ふっ!
(男)だあっ!
うおっ…
誰か 殺したいもんでもおんのか?
(濃姫)続けゃええ 平助 へいすけ
どうじゃ!
これほどの 鷹 たか は おのしの父上とて持っとれせんだろ
(犬千代たちの笑い声)
(各務野)はい!
それほどご立派な鷹は 初めてでござります
あとで山鳥を分けたってもええぞ
鍋の支度でもしとけ
(濃姫)それには及ばぬ
わらわの知るかぎり—
殿が これまで山鳥を分けるほど—
取ってきんさったことはないゆえ
今 なんと申した?
(濃姫)ただ ありのままを
(信長)鷹狩りをしたこともねぁ おなごは黙っとけ
(濃姫)確かに わらわに 鷹狩りの覚えはございません
鷹を使う必要は あらへんでな
何?
幼きころより父に同行し 稲葉山 いなばやま を駆け回りよりました
鷹を使うなどは所詮 道楽
わらわならば山鳥の2羽や3羽 弓で取らまえましょう
(信長)弓を持て!
(家臣たち)はっ!
(犬千代) 殿 どういうおつもりで?
(信長)分からんのか 犬 これも算段のうちじゃ
(勝三郎) 手打ちにはできせんけど—
狩りをしとるときに 足を踏み外すようなことならば…
(橋介)お命を落とされても…
(犬千代)しかたねぁことだわ
(笑い声)
(勝三郎)あれ? 殿
(信長) どっちが大物を取れるか 勝負じゃ
合点じゃ
(信長)はっ!
(貞家)はっ!
(犬千代:小声で) おっただ? おっただ?
(蹴つまずく音)
(たたく音) (犬千代)いてて…
(小声で) おった おった おった おった
(犬千代)おった? おった?
(勝三郎)殿!
分かってるわ
(犬千代)待て 待て 待て
ほえろ ほえろ ほえろ ほえろ
(勝三郎)今 銅鑼 どら 銅鑼 銅鑼 (犬千代)銅鑼?
(銅鑼の音)
( 雉 きじ の鳴き声)
(犬千代)いてっ
(信長)何も言うとらんじゃろが!
あっ
あっ?
お見事!
(犬千代)逃がしてやったんだわ
ですのう? 殿
申し訳ございませぬ
(勝三郎)あんばいがあるんじゃえ (犬千代)あっ あっ…
拾ってこい 拾ってこい
お見事! お見事!
(犬千代たち)あっ 惜しいのう
見事じゃ!
見事じゃ~!
(犬千代)あっ…
か… 風だわ 風でそれたわ
(犬千代)あっ (信長)くっ…
(勝三郎)殿? 殿 いけません!
(橋介)殿! やっていいことと… (信長)なんじゃ!
(勝三郎)なりませぬ!
(犬千代)お戯れを 殿! (信長)うるさい!
(貞家) 見事 見事 見事! 見事じゃ!
鶏肉は嫌いじゃ
(犬千代) 使いもんにならんよう差し出しゃ
おぬしらが邪魔するからじゃろが!
(勝三郎)殿… (信長)なんじゃ?
殿~!
鹿が… 鹿が!
鹿が…
裏に回り込め!
(勝三郎たち)承知!
(犬千代)馬じゃ 馬を引け!
馬じゃ~!
(侍従)早よせい!
(信長)わしがもらったぞ
(犬千代)西側から回り込め ほら 回り込め!
(勝三郎)挟み撃ちじゃ!
(信長)うわっ あっ…
うっ…
うわあ~!
(信長のうめき声)
うっ!
ううっ!
(濃姫)大事ないか?
(信長)くっ… 早う 誰ぞ呼んでまいれ
ううっ… 早う呼ばんか!
おなごに助けられるなど恥でぁ
(濃姫) こんなときに何を言っとる
早う わらわの手を
どけ そこ どけ!
わしは自力で…
(濃姫)だだをこねりんさるな!
落 お って死んでまうに
死んだほうが よっぽどかええわ
ほんなら
(信長)行くな たわけ!
早う助けよ もう限界じゃ
ああっ
(濃姫)ほれ
ぐうっ…
(信長)早う 上げえ
ううっ
(信長)うっ… うりゃ (濃姫)うわあっ
(2人の荒い息)
(信長のせきこみ)
このことは 誰にも言うたらあかんぞ
他言無用じゃ! ええな?
何がおかしい?
海じゃ
う… 海?
海がどうした?
おまい様には 珍しないもんじゃろうが
美濃には あらへんもんでな
水運は富をぎょうさん もたらす
尾張の港を取る気か?
(濃姫)欲しい (信長)やらんわ
海を手に入れ—
船に乗って その向こうらへ行ってみたい
その向こう?
異国じゃ
ああ 南蛮か
南蛮なぞ行ってどうする?
分からん
(信長)そこには何がある?
(濃姫)知らん
ただ…
ただ 無性に行ってみたいのじゃ
(労作歌を歌う声)
(人足たち)どっこいしょ!
(人足たち)よいしょっと!
(牛の鳴き声)
(人足たち)どっこいしょ!
(濃姫) 存外 ぞんげえ 堅牢 けんろう であるな
脆弱 ぜいじゃく な箇所を見つけて 攻め落とし方を父上にお伝えしんと
(濃姫)平太郎 (貞家)はっ
おんしなら どう攻める?
はっ
さようでございますな
( 生駒吉乃 いこまきつの )お方様
(濃姫)吉乃殿
(吉乃)お方様
真っ先に お方様にお知らせしたきことが
この度 恥ずかしながら 私…
殿の やや子を みごもりましてござりまする
まっことか
なんと めでたいことじゃ
大儀じゃ
どうか健やかなる子を 産んでくんされ
ありがたきお言葉 痛み入りまする
めれたいこっちゃのう
(侍従)貞家様! 貞家様!
(ひそひそ声)
なんじゃと?
( 森 もり 可成 よしなり )急げ!
佐久間 さくま 隊は まんだ来んか!
( 滝川一益 たきがわかずます )のろまは放ておかれよ
首級 しるし は わしがもらい受ける
( 蜂屋頼隆 はちやよりたか )我が隊が先陣を切る
おめえんたぁ 気合 きえあ 入れよ!
( 喊声 かんせい )
( 丹羽長秀 にわながひで )皆の者!
殿がござらしたぞ! 馬 持ちゃあせ!
( 林 はやし 秀貞 ひでさだ )殿の出陣じゃ~!
(一同)おおっ!
三左衛門 さんざえもん 出るぞ!
(可成)はっ!
(信長)まだの者は 後から ついてこさせよ
(可成)はっ
(濃姫) 待ちんさい! 待ちんさい!
美濃に出陣しんさると聞いた 誠であるか?
(信長)誠じゃ
和議を 反故 ほご にしんさる気か?
愚かなり
やってみんさい
おまい様のような うつけが 我が父にかなうものか
(林)お方様 誤解でごぜぁます
美濃が割れた
おぬしの おとっ様と 兄 あに 様が 戦を始めた
おとっ様を助ける
おのしのためではねぁ
両国の盟約のためじゃ どけ
わらわも行く
たわけたこと言うな!
(駆けてくる馬の足音)
(小姓隊)伝令! 伝令じゃ~!
(可成)なんじゃ!
おとっ様は討ち死にされた
(可成) 殿 出陣は いかがいたしましょうか
ちと 待っとれ!
(可成)はっ
(信長)様子を見る
様子を見るじゃと?
何をふぬけたことを言いんさるか!
取り返すんじゃ
我が美濃を その手で取り返せ!
簡単に言うな!
ほんなら わらわがやる!
馬を引け! 貞家 出陣じゃ!
(貞家)はっ
誰か こいつを捕まえとけ
姫様…
姫… 姫!
(侍従)姫様!
(貞家)姫! 姫!
(侍従)姫! 姫様!
(貞家)姫! 何を!
(各務野)姫!
(貞家)何をしんさる!
来るな
わらわの役目は…
はや のうなった
のみならず 今や わらわは敵将の妹じゃ
調略の道具として みじめに利用されてまうのなら…
潔う自害いたす
おぬしの役目は…
わしの妻じゃ!
(信長)よう見張っとけ
(各務野のすすり泣き)
柴田権六勝家 しばたごんろくかついえ
(柴田勝家)ははっ
そのひげの形 よう似合っとるな
はっ
なんじゃ
(丹羽)いえ…
(信長)だから なんじゃ
(貞家) 鳴海 なるみ 城 沓掛 くつかけ 城と 共に 駿河 するが の手に落ち申した
ついに御大将 今川義元 いまがわよしもと 自らが 大軍を率いて出陣
その数 4万5千とも
(すみ)よ… 4万5千?
(貞家)明日には 丸根 まるね 鷲津 わしづ らの 砦 とりで も落とされてまう
ほんなら次は この尾張や!
(各務野)ああ もうダメじゃ
猪子兵助 いのこひょうすけ が退路を確保しとります
急 せ いてくんされ
姫 明日は激しい雨になりまする
今のうちに逃げ出しますぞ
4万5千など大げさじゃ
(貞家)姫!
殿は今 軍議を開きよんさるが—
恐らく何も決まらへんやろ
今川義元が 総力を挙げて来よったら—
あの殿に何ができんさる!
(各務野)負けるに決まっとる
うちの殿は格好ばっかなんじゃで—
ご家来衆も すん見放しんさるに
終わりじゃ
尾張は もう終わり…
あっ…
いや… 今のは そういうのやありません
姫! だじゃれやないんです 怒らんでくんさい
姫…
(濃姫)もうはや 首を はねられてまったような顔じゃな
逃げ出す前にあざ笑いに来たか
(ため息)
(濃姫)軍議で何を決めたのじゃ
何を言えばええんだか 分からなんだ
勝てんのか?
(信長) 国衆 くにしゅう の離反が 雪崩を打って始まっとるわ
わしが今 腹を斬れば 無駄 むだ な戦などせんで済むだろうて
つまらん人生じゃったな
よう 父が言いよりんさった
まずは織田を滅ぼし 次は 松平 まつだいら —
そして 今川を滅ぼす
(信長)フッ
さすれば 京へ上ると
愚かな夢物語じゃ
わらわが おまい様なら…
なら どうする?
座して死するより たとい単騎であっても—
今川義元の首 目がけて駆けようぞ
フッ… 妄言をこいとりゃええんだで
おなごは気楽じゃな
(ため息)
(濃姫)マムシは たとい 相手が 巨躯 きょく の牛であろうと—
急所をひと 噛 か みして殺いてまう
どこに急所があろうか!
(舌打ち)
(濃姫)必ず ある
敵の身になって考えてみやええ
敵は必ず勝つと思いよる
それが急所か
今川本隊は どこに?
沓掛城
これから 大高 おおたか 城に向かう
(濃姫)鷲津砦 丸根砦で待ち構え 全軍で打って出る
(信長)愚策!
チッ… 両砦は敵が先に落とす
砦から兵を引き—
全軍 ここに籠城して 迎え撃つほかねぁ
愚策!
籠城は後詰めあってのもの
ご家来衆が次々 けつまくって逃げだいてまう今—
総崩れは必至!
攻めあるのみ
砦で迎え撃つ…
と 見せかけて砦を捨てる
面白い
ひそかに本陣を動かし
桶狭間 おけはざま 辺りで本陣を襲い 今川義元の首を取る
桶狭間を通るとは限らんわ
通ることに賭けるのみ
通ったとて 気付かれずに 本陣には近づけまい!
(舌打ち)
(濃姫)雨じゃ (信長)雨?
(濃姫)明日は激しい雨 人馬の足音も消されよう
星 出とるぞ
うちの各務野は 明くる日の天気を外したことがない
当てにならん
(濃姫)賭けるだけじゃ
小勢 こぜい で本陣が打ち崩せようか
兵を鼓舞するのじゃ
奮い立たせるのじゃ
総大将が その言霊で!
言霊?
言霊か
(床を踏み鳴らす音)
皆の者~!
命を捨てて突撃じゃあ~!
一人で高ぶっても 逆に冷めてまうわ
マムシなら どうやる?
(濃姫)皆の者 よう聞けよ
今川の兵は夜通し行軍し—
辛労して疲れとる
こちらは新手の兵じゃ
勝敗の運は天にある
敵がかかってきたら引け 敵が引いたら追うのじゃ
なんとしても 敵を練り倒し 追い崩す
容易いこっちゃ
合戦に勝ちさえしや この場におったもんは家の名誉
末代までの高名であるぞ!
ひたすら励め!
はあっ!
(濃姫)又助(またすけ) ( 太田牛一 おおたぎゅういち )はっ
ここに わらわがおったこと 他言無用ぞ
殿は お一人で考え—
決断し そして…
「 敦盛 あつもり 」を悠々と舞われて 出陣したと言い回るがええ
(床を踏み鳴らす音)
(遠雷)
(兵)帰ったぞ
帰ってきたぞ~!
(沸き立つ声)
(家臣)殿のお帰りじゃ~
殿が帰ったぞ~
(兵たちの雄叫び)
(兵)おお~!
(兵たちの雄叫び)
皆の者!
次は美濃じゃ!
(一同)おお~っ!
我らで美濃を取り戻そうぞ!
(一同)おお~っ!
(兵)エイ エイ (一同)オー!
(一同)エイ エイ (信長)オー!
(一同)エイ エイ (信長)オー!
はっ!
(濃姫)変わっとらんな
山々も田畑も川も
この稲葉山の城も
(信長)じゃが 名は変えるぞ
岐山 ぎざん 岐陽 ぎよう …
岐阜…
左右を しっかり見分けることのできる丘…
岐阜じゃ!
岐阜城
相変わらず格好ばっかじゃな
おぬしは住まんでもええぞ
鷺山 さぎやま を与えよう
おぬしが生まれ育った地であろう
化粧料として おぬしの存分にせよ
(濃姫)ほうか
美濃を手に入れた今—
人質じゃった わらわの役目は まあはや あらへんということか
もはや 好かん男の妻である必要は ねぁでな
うれしかろう
(濃姫)おまい様も 好かんおなごの夫でのうなる
まっこと めれたいこっちゃ
おお いかにも
(濃姫)ほんなら離縁じゃな
おぬしのほうから申し入れやぁ いつでも そのようにいたす
わらわから申すは筋違いじゃ
おまい様が申しつけてくんさりゃ ほんでええ
おぬしのほうから申し入れやぁ
おまい様から
しつこい おぬし…
(丹羽)殿!
(信長) 五郎左 ごろうざ いかがした?
(丹羽)内々に 和田 わだ 伊賀守 いがのかみ 殿が 殿にお会いしたいと
なんの用じゃ
(丹羽)恐らくは将軍家 足利義昭 あしかがよしあき 様 ご 上洛 じょうらく のご相談かと存じまする
足利義昭様?
(林)つまり 共に京へ上り 将軍となる手助けをしてほしいと
ん? 誰が?
殿が
わしが… 義昭公と京へ?
(林)共に幕府を再興し 天下を治めようという御所存
(丹羽)しかれども 殿
これは到底できぬ話
義昭様は 武田 たけだ にも 上杉 うえすぎ にも断られ—
やむなく 桶狭間以降 名をはせておられる殿の元に—
話を持ち込まれたものと
恐れながら 軽挙妄動なさいませぬように
(ため息)
こんな話に飛びつくのは たわけじゃ
おう 踊らされやせん
(丹羽) 賢明なるご判断と存じまする
じゃが 尾張の大うつけがやらんで 誰がやろう
黙れ!
おぬしは余計なことを申すな
愚かな夢物語か?
どこまでも領地を広げ どこまでも上へ行く
それが父と わらわの夢じゃった
わらわは おまい様を利用し それを成す
肝要なるは早さじゃ
一気呵成 いっきかせい に上洛できるか否か
もたもたしとったら すぐに包囲網を作られるぞ
(信長の舌打ち)
道じゃ
素早く行軍できるよう大道を作る
上洛するには—
立ち塞がる あまたの敵を 全て倒さんならん
たどりつけん
倒した敵を従わせ 兵を組み入れていったらどうじゃ?
進みゃ進むほど 兵が増えてくわ
銭と米が大量に必要じゃな
まかなえんのか?
いや 義昭公を奉じた公儀の軍じゃ
いくらでも徴収できよう
まずは 浅井長政 あざいながまさ いかに調略すべし
妹を差し出し同盟を結ぶ
あとは鉄と馬じゃ!
( 木下藤吉郎 きのしたとうきちろう )ご無礼いたしまする
いやあ お宝の山でごぜぁますな
誠に殿にふさわしい 壮観さでごぜえぁます
知った口を利くな
(笑い声)
(信長)藤吉郎 (藤吉郎)へえ
(信長)あの者を見よ
(藤吉郎)あ…
(信長)ありゃ南蛮の宣教師どもが 使 つこ うてる人足じゃ
こりゃ ぶったまげてまった
あれは いずれ強い兵になるぞ
わしが召し上げる よう洗っとけ
へえ 御意にごぜぁます
ああ そういや 殿
お方様がござらしました
(信長)おう 来たか (藤吉郎)へえ
(信長)通せ (藤吉郎)へえ
(藤吉郎)ああっ ( 堀 ほり 久太郎 きゅうたろう )はっ
(久太郎)どうぞ こちらへ
長旅 ご苦労であった
どうじゃ? 京の都は
ほう この貢ぎ物の山を見よ
皆 京の公家や 商人 あきんど が わしに持ってきた逸品じゃ
それから あの者を見てみよ
あれは南蛮の使うてる…
どうした?
何がで おじゃるか?
顔じゃ
田舎者と笑われとうないゆえ
どうじゃ 麗しゅうおじゃろう?
うん
うる… うるわ…
う… うるわ… ハハッ
(笑い声)
わしだないて!
藤吉郎が先に 笑 わろ うたから…
いえいえ 殿が先でござ…
黙れ サル!
殿に釣られて…
(信長)おぬしが先に笑うたじゃ…
ハッハッ!
(藤吉郎) やめてちょうでぁませ お方様
ますます おかしゅうなって…
腹痛い 腹痛い
美濃に帰る
(信長)待て 待て 待て! 待て!
ああ 腹がつった
でぇじょうぶでございますか?
(信長)藤吉郎 頼みがある (藤吉郎)へえ
(藤吉郎)ええ わしゃ…
殿とお方様と 大事 でぁじ な話があるゆえ
決して だあれも寄せるだねぁぞ
(堀)はっ
福富殿らも 寝所 ねどこ に 戻っといてちょうてかまわせん
お方様は このわしがお送りするでよ
ここで待っとりますわ
戻りゃあて
下向け
(人々のにぎわい)
(物売り)へい いらっしゃい
へい いらっしゃい いらっしゃい
いらっしゃいませ 何か お探しで?
ごゆっくりどうぞ
欲しいのか?
いくらじゃ?
(物売り)500 文 もん で
(信長)ほれ (物売り)いいんですかい?
(物売り)ありがとうございます
(流れてくるリュートの旋律)
(信長)南蛮人じゃ (濃姫)南蛮人?
(陽気な音楽)
(濃姫)奇妙な舞よ
(物売り)お侍様 どうです?
(信長)うまいのう
(物売り) 金平糖 こんぺいとう です (信長)いくらじゃ?
(歓声)
(信長)目が回ったのう
なんじゃ? これ
気ぃつけえ!
おぬしも食うか?
(濃姫)ん?
こんぺい…
スリか
おっと…
(信長)邪魔じゃ! どかんか!
わっぱ! わしの金平糖じゃ
(濃姫)待ち!
(子供) 茂吉 もきち !
(子供) 兄 あに ぃ!
(物乞い)よこせ!
(子供)取るなよ! 返 けえ せ 返せ!
(物乞い)なんだよ それ
(物乞いたちが騒ぐ声)
(信長) 汚 きった ねえ
(子供)やい 返せよ!
(信長)わっぱ! よくも わしから すりよったな
わしのじゃ これは わしのじゃ!
行くぞ
くっせ…
(女の笑い声)
このお方をどなたと心得る
よせ 行くぞ
どけ!
(子供)いてえ~ 放せ~!
(子供の叫び声)
ほっとけ!
(子供)やめろ!
やめい! やめんか!
なんだい こら~!
うっ…
たわけが抜きよって
(浪人)アマを殺せ!
マムシの娘じゃろ しっかりせえ!
(浪人)やっちまえ!
(信長)うわっ… 放せ!
(狂女)よこせ よこせ
(浪人)やっちまえ! (浪人)銭じゃ 銭じゃ
(濃姫)うわあっ ううっ
わしの妻に触んな!
うお~っ!
(物乞い)堪忍じゃ 堪忍じゃ…
(信長)登れ
早う
中に入れ! 入れ!
(浪人たちの怒号)
(2人の荒い息)
(信長)ほれ
(兵)しっかりせえ
(藤吉郎) もうすぐ城だに! 気張りゃあせ!
気張りゃあせ!
(兵) 光秀 みつひで 殿じゃ
ご帰還じゃ 光秀殿のご帰還じゃ!
(兵たちの荒い息)
(勝家)斎藤 秀臣 ひでおみ 討ち死に
戸田源蔵 とだげんぞう 討ち死に
小久保庄三郎 こくぼしょうざぶろう 小一郎 こいちろう
原田助六 はらだすけろく 討ち死に
浅野小吉 あさのしょうきち 平助 伊之助 いのすけ …
討ち死に
(勝家)うわあっ!
なぜに こうなった!
(佐久間 信盛 のぶもり )浅井長政めが 背きおったからじゃ!
(滝川) 浅井の謀反を察知しえなんだ 権六殿が責めを負うべきでは
それがしのせいじゃと申すか 滝川!
やめんか!
(丹羽)京に上るということは 敵が天下に広がるということ
それがしは初めから このようなことになる…
(信長)この期に及んで かようなことを抜かすな 丹羽
次は首が飛ぶと思え
(ざわめき)
木下 明智 あけち しんがりをよう務めた
ああっ ありがてぁお言葉
(明智光秀)お褒めくだされるのは まだ早いかと
(藤吉郎)ええ?
時を置かずに 打って出るべきでござる
言われるまでもない
直ちに軍を立て直し 討伐へ向かう
浅井長政の首をはねいっ!
(一同)おおっ!
(ひそひそ声)
(信長)今 帰った
あんばいは どうじゃ?
おなかの子は無念であった
また作ればいい
(濃姫)また作りゃええじゃと?
わらわは年じゃ もう 子は出来いへん
分からんじゃろう
我が子を 失 うしの うて悲しゅうないのか?
そうじゃろうな
おまい様には お子がぎょうさん おられるでな
麗しい吉乃殿の子や かわええ 鍋 なべ 殿の子らが
好きでもない わらわの子など—
初めから 欲しゅうはなかったんじゃろう!
生まれてこんで 安堵 あんど しとるんじゃろう
下らぬことを申すな!
戦の最中じゃ
こたび 数え切れんほどの兵を失った
わしが背負うておるのは 幾千 幾万の兵と民の命じゃ!
赤子一人がなんじゃ
(貞家) 殿 恐れながら申し上げます
姫のご無礼 どうか… どうかご勘弁を!
姫は殿のお子を授かったことを 心よりお喜びになり—
来る日も来る日も おくるみや むつきを自ら…
それゆえ なんじゃ!
もう少し 心あるお言葉を
貞家
今のわしに…
心などない
(導師たちの読経)
(争う声)
(僧兵)うりゃ~!
(銃声)
(僧兵)おりゃ~!
退却だ~!
引け~! 引け~!
何を 弱気 よわげ な 一歩も引くな!
進め! 進め!
(喊声)
(読経)
(喊声)
焼き払え
女も子供も 一人残らず殺してしまえ
( 利家 としいえ )大殿 その…
女子供までも?
皆殺しじゃ
皆殺し…
坊主どもが…
何故 我が 敵 かたき 浅井 朝倉 あさくら を援護し わしに刃向かうのじゃ
仏門が 政 まつりごと に口を出さねばならぬのは なぜじゃ!
そのほうらの罪は 全て わしが背負う
一匹残らず焼き払え
それは…
人のすることにござりましょうか
人であることなど とうに捨てたわ
我 人にあらず!
第六天の魔王なり
よくぞ おうせられました
まさに魔王なれば将軍
天子様に代わって 世を統べられましょうぞ
殿 そのお役目…
改めて この明智 十兵衛 じゅうべえ 光秀に おうせつけくだされ
励むがよい
はっ
(勝家)失礼つかまつる
(濃姫)何事じゃ
お方様に頼み参らせたき儀が…
(信長)いかがした?
(濃姫)仏門を滅ぼすは いかがなものじゃろう
(信長)あれは仏門ではない
肉を食らい女を犯し人を殺す 悪鬼羅刹 あっきらせつ の砦じゃ
(濃姫)されど 女子供まで皆殺しにすれば—
禍根を残すじゃろう
かまわん
ますます敵が増えようぞ
殺せばよい
将軍義昭公からも お怒りを買っていると聞くが?
(信長) あれは愚鈍じゃ 使い物にならん
京からは追い出す
逆らえば…
殺す
(濃姫) もそっと利口なやり方があろう
大うつけ殿には かような頭は ないかもしれんがのう
(信長) ああ わしには そのような頭はない
(濃姫)情けないのう わらわも共に考えたっても…
無用じゃ
権六か五郎左に 頼まれたのであろう
そなたの言うことなら 身も聞き入れるかもしれんと
もはや 尾張と美濃で 争っていたころとは違う
戯 たわぶ れ事は通用せん
おぬしの出る幕は…
もうないのじゃ
(信長のため息)
(女子供のおびえる声)
(女子供の悲鳴)
(読経)
(導師)ぐわっ!
うう…
(女子供の悲鳴)
(女)誰か…
(泣き叫ぶ声)
(利家)新年のご 吉慶 きっけい 重畳 ちょうじょう めでたく申し上げ奉る
織田信長公 天下布武 てんかふぶ 成就がため—
我ら家臣一枚岩となり 邁進 まいしん する所存にございます
幾久しく 一同 御願い奉りまする
(お囃子)
( 秀吉 ひでよし ) ♪ めでたやな~ めでたやな
♪ めでた めでたの 若松 わかまつ 様よ
♪ 枝も栄えりゃ 葉も茂る
♪ めでたやな~ めでたやな
♪ 我らが国の殿様は
♪ 日 ひ ノ 本 もと 一の武将なり
立っておくれやす
(家臣たちの歓声)
(秀吉)ほっ
ほっ ほっ
(信長)ハッ
サル! もうよいわ!
次!
十兵衛 なんぞせい
(秀吉)おみゃあも やってみいよ
(利家)なんぞせえ なんぞせえ
(光秀) 私は芸のない 朴念仁 ぼくねんじん でござります
(勝家)朴念仁!
(笑い声)
代わりに 格別なる 屠蘇 とそ を用意いたしました
これ
仇敵 きゅうてき 朝倉 義景 よしかげ 浅井 久政 ひさまさ —
あまつさえ 浅井長政のしゃれこうべを—
薄濃 はくだみ にせし 杯 さかずき にござりまする
これほどまでに うまい酒は 飲んだことがないぞ 十兵衛
恐悦に 候 そうろう
(信長)皆も飲め!
(一同)おお!
(秀吉)おお めでたやな
(お囃子)
(家臣たちの騒ぎ声)
うっ…
飲めん酒を無理して
それ お立ちやれ 風邪をひきまするぞ
(ため息)
随分 怖い顔におなりやったのう
おまい様ほど人を殺いたもんが いまだかつて おったじゃろうか
あと いかばかり戦えば気が済む?
あと何百人殺せば…
何が言いたい?
各務野が干し柿を ぎょうさんくれたわ
夫と2人で山へ行き…
柿がぎょうさん実っとるのを 見つけたそうじゃ
夫は それをがめて 腹いっぱい食って腹を壊いて…
なんの話じゃ!
夫婦 めおと の話じゃ!
世の中には そのような夫婦も おるっちゅう話じゃ
今更 何を言うておる
ん?
京へ上れと言うたのは おぬしのほうじゃぞ
おぬしが言うたのじゃ!
もう 後戻りはならぬ
この日ノ本 全土を平らげ…
刃向かう者が ただの一人も おらぬようになるまで—
殺し続ける
そうせずば…
わしが ぐっすり眠られる日は 来ぬのじゃ
わしが死ぬか…
敵が皆 死ぬか
この道は そういう道じゃ
去 い ね
去ねっ!
(濃姫)自分でも よう分からん
わらわは殿を謀殺せんがために 輿 こし 入れした
前の2人の夫とおんなしように
父亡きあとは殿を利用し…
我が夢を成さんとしておった
ほんで 殿は今まさに その道を突き進んでおる
わらわの思いよったとおりじゃ
なのに…
なのに なんでじゃ?
苦しい
苦しゅうて苦しゅうて かなわん
ほりゃ 姫様に—
ご自身の夢よりか大切なものが 出来たからでございましょう
姫様は殿に 恋 こ い恋うておられるのです
わらわが… 恋い恋う?
恋い恋いよるお方が 苦しい道を進みんさるのを—
見とれんのじゃ
向こうは わらわを好いておらん
ここには もう…
おりとうない
平太郎貞家 参りました
(ため息)
(ミサ曲の合唱)
(信長)美しいが…
悲しき謡いじゃのう
ようやっと分かった気がせるわ
海の向こうの異国へ…
ず~っと行ってみたかった訳が
違う生き方ができると 思うたからじゃ
わらわのことを だ~れも知らん国で
名も捨て 家も捨て…
全く違う生き方が
愚かな夢物語じゃ
おまい様
わらわが申せば いつでも認めると言いんさったな
申し上げます
殿の元から お 暇 いとま を頂きとう存じます
承知した
ただいまをもって離縁いたす
好きにいたせ
かたじけのうございます
良き夫を得て…
幸せに暮らせ
うまいのう
(濃姫)うまく書けとるのう
(荒い息)
どうもあらへん
(家臣たちの はやし声)
(歓声)
(行司の勝ち名乗り)
(呼出)次の方 深尾久兵衛 ふかおきゅうべえ
(歓声)
(家来たち)殿!
(信長)女!
何故に死に急ぐ?
(赤子の泣き声)
(信長)よせ
よせ!
よせっ!
わしを連れてけ
わしを連れてけ!
(人々のうめき声)
返せ
返せ!
返せ!
返せ~!
返せ~!
返せ…
返せ
(森 蘭丸 らんまる )殿 気が付かれましたか
殿…
返せ! わしに返せ!
お疲れが出たのでござりましょう
殿は何日も ろくに寝てござらなんだによって
蘭丸…
はっ
なんのためじゃったのかのう
はっ?
立ち向こうてくる敵は全て殺いた
安土 あづち に いまだかつてない城を造った
京で天子様すら仰ぎ見る 威を示した
(蘭丸)はい
なんのためじゃ?
なんのためじゃ…
天下布武のためにござりまする
(堀)殿
なんじゃ?
(すみ) 福富殿が帰ってきんさりました
開けますぞ
(戸を開けようとする音)
(各務野)姫…
(貞家)客人や 開けてくんされ
(濃姫)出ていけ
誰が その者を呼べと言った
見るでない 出ていけ!
(信長)なぜに もっと早う知らせんかった!
(すみ)殿の邪魔をしたらかんと 言いんさったもんで
(信長) 貞家 おぬしが夫じゃろうが!
めっそうもござらん
この7年間 それがし—
お方様には 指一本 触れてはおりませぬ!
なんじゃと?
わしの言いつけに背いたか
今もなお 心の奥底で—
殿に恋い慕いよりんさるお方様に—
なんで ほんなことが できましょうや
(濃姫)来るな!
見るでない
(信長)安土へ来い
(濃姫)おまい様とは とっくに縁が切れとる
(信長)つべこべ言わいで来い!
おぬしの病は わしが治す
(濃姫)情けは いらん!
おまいの世話など なりたないわ!
なんで連れてきたんじゃ
(物を投げる音)
(各務野)姫様…
姫様…
ご覧なさい
殿のあのやつれんさった みじめなお顔を
助けを必要としとるのは 殿のほうにござります
殿が姫に 助けを求めよりんさるのじゃ
…でござりましょう? 殿
そばに…
わしのそばに おってくれ
(ほら貝と太鼓の音)
(信長)この上じゃ
(信長)どうじゃ これが安土城の天守じゃ
かような城 見たことがあるまい
外を見よ
まさに 天界から下界を見下ろすようじゃ
(濃姫)なんと あさましや
あさましい?
(濃姫) 上ってくるばかりで ひと苦労じゃ
(信長) これは南蛮の技を取り入れた いまめかしい造りで…
こんなもん造って喜びんさるのは ただのわっぱじゃ
わっぱ! 見とうもない
顔色がようなったな
おまい様とおると頭に血が上るわ
(信長) 伊吹山 いぶきやま に薬草園を作った
各地から種を取り寄せ 幾千もの薬草を育てる
もう治らぬ病などない
これは南蛮の薬草じゃ
さあ 飲め
ほれ
ほれ
臭っ
おまい様が飲んでみんさい
臭いわけなかろうが
ぐっ
(濃姫)ほれ みい
あんまし わらわに構いんさんな
やらなあかんことが ぎょうさんあろう
(信長) わしがしとうて してることじゃ
ほうじゃが おまい様には—
代わりの利かん役目がある
いまや息子らも結構な大将じゃ
権六も丹羽も 明智も秀吉もいる
案ずることはない
おぬしは ただ 病を治すことだけに励め
( 蝉 せみ の声)
(丹羽)殿
殿!
なんじゃ?
申し上げたとおりの手はずにて—
万事 差し支えのうござりましょうか
なんの話じゃ
徳川 とくがわ 殿 ご 饗応 きょうおう の儀にござりまする
ああ
うむ その 方 ほう に任せる
(ささやき声)
(あくび)
(祭りの掛け声)
(光秀)殿!
日ノ本の統一のため まさに 今が正念場で…
(信長)分かっておるわ
(光秀)はばかりながら—
殿の御前で あくびをする家臣など かつては おりませなんでござる
徳川殿は人を見抜きまする
殿を恐るるに足らずと おぼし召せば—
いずれ牙をむきましょう
何とぞ 恐ろしき魔王たるお姿を取り戻し—
一同の前で その威をお示しくだされ
いかにして?
私が饗応役をいたしまする
(徳川 家康 いえやす )なんたる城!
天守を仰げば倒れそうじゃ
富士の山にも勝るようでござる
(笑い声)
(家康)美味でござる
拙者 三河 みかわ の田舎もんだで どれもこれも身に余る 贅沢 ぜいたく
魚が臭うの 十兵衛
(光秀)はっ
ほうでしょうか?
(信長)徳川殿 おやめなされ
当たったらば取り返しがつかぬ
(光秀)ご無礼をつかまつりました
(信長)無礼で済むか!
十兵衛
徳川殿に あるまじき粗相をしおったな
(光秀)はっ
このたわけが
なんという不始末!
この場をなんと心得る
わしの顔に泥を塗りおって!
何様のつもりじゃ!
二度と この場に 立てんようにしてくれるわ!
ふっ ふん ふん!
(信長の力み声と たたく音)
ふっ ふぬっ!
(拍手)
見事じゃ
(家康)ん~ 美味じゃ
ハア… うまくやれなんだ
皆 震え上がっておりました
十分でござりまする
許せ
(近づいてくる足音)
あんばいは どうじゃ?
これを覚えてるか?
いつぞや京の都で見た 南蛮の楽器じゃ
南蛮人から召し上げた
(弦を鳴らす音)
むつかしいもんじゃのう
きっと おぬしのほうが うまかろう
おぬしは なんでも すぐに会得するによってのう
どちらへ?
京へたつ
四国攻めが手詰まりでな
わしが行かねばならぬ
共に行くか?
本能寺 ほんのうじ に 逗留 とうりゅう して茶会も開くぞ
すぐに帰る
もし この戦がうまく片づけば…
そのときは もう終わりにする
わしの戦は しまいじゃ
わしが戻ってきたらば…
二人で南蛮船に乗って 異国へ行こうぞ
わしらのことを だ~れも知らぬ地へ
名も…
家も捨て
だから…
だから 早う病を治せ
なんじゃ?
これか?
必ず…
帰ってきんさるよう…
まじないじゃ
かえるの御幣担ぎか
フフッ まじないなど いらんわ
帰ってくるに決まっておろう
わらわは…
おまい様の元に…
帰ってこれた
ならば おぬしは これを弾かれるようになっておけ
わしが帰ってきたらば 南蛮の 楽 がく を聞かせよ
よいな?
合点じゃ
いってまいる
(光秀)それがしが惚れ抜いた 狂気の殿は もうござらぬ
もはや 魔王にあらず ただの人なり
ただの人に世は治められぬ
殿 あとはお任せを
(いななき)
( 鎧 よろい が揺れる音)
(兵の声)
(蘭丸)敵襲! 敵襲!
(蘭丸)敵襲にござりまする (信長)敵とは?
それが… 明智殿の軍勢と見受けまする
明智…
明智か!
(蘭丸)こちらへ!
(喊声)
(女たちの悲鳴)
(信長)女どもは裏から逃がせ! (小姓)はっ
(蘭丸)裏へ 早く!
(兵長) いたぞ! 信長公の首を取れ!
(信長)ふっ!
火をかけよ!
(兵)ああ~っ!
(兵)ああっ…
(小姓)急げ! 急げ!
(喊声)
(信長)おらっ!
うりゃ~!
(小姓)殿!
殿!
殿!
(発砲音)
(小姓たち)うっ…
(蘭丸)殿 こちらへ
(信長)邪魔をするな!
(信長)うっ…
わしは帰らねばならんのじゃ!
(喊声)
(信長)うお~!
(どよめき)
わしの首は…
死んでもやらんぞ!
(蘭丸)殿 奥へ!
(兵たち)おお…
(兵)いけ~! (兵たち)やあ~!
おらあっ!
殿~!
うわあっ!
(せきこみ)
(はじく音)
(信長)ああ…
(荒い息)
(息を吐く音)
是非に及ばず
(爪弾く音)
(ゆっくり弾く音)
(信長)ふっ!
(濃姫の演奏)
(兵たちの声)
(信長)し~っ し~っ
はっ!
はっ!
(荒い息)
今 帰った
行くぞ
(港のにぎわい)
(陽気な音楽と手拍子)
(リュートを弾く音)
(信長)バモス!
(濃姫)きゃっ!
(信長)そばにおれ
そばにおれ!
(兵)どこだ! (兵)捜せ!
(すみ)姫?
人間五十年…
下天 げてん の内をくらぶれば
夢幻 ゆめまぼろし のごとくなり
一度 ひとたび 生 しょう を受け…
滅せぬ者の有るべきか
滅せぬ者の…
ずっと…
ずっと好いておった
(焼け落ちる音)
(柱が 軋 きし む音)
(焼け崩れた音)
♪~
~♪
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