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( 立花喜久雄 たちばなきくお ) 撞木町 しゅもくまち から来やんした
( 早川徳次 はやかわとくじ )何しに来た?
(喜久雄) 逢 あ いたさに
(徳次)そりゃ 誰 たれ に
(喜久雄)アノ こなさんに
(徳次)何 俺に
(喜久雄)色になってくださんせ
(立花マツ)ほら やるよ
(三味線の演奏)
(にぎやかな声)
(芸者1) もう一杯 どがんですか?
(組員1) ほら もっと飲まんねって
(芸者2) マツさん
(芸者2) 半二郎 はんじろう さん お着きになりました
(マツ)すぐ行くけん
(喜久雄) 半二郎さんって だい?
(マツ) あんた 知らんと?
大阪の歌舞伎役者の
(マツ)ちょっと あんた
あんた 半二郎さんが来らしたですよ
(立花 権五郎 ごんごろう )おお (芸者3)ああっ ちょっと!
( 花井 はない 半二郎) 花井半二郎にございます
(組員2)本物ばい
(芸者4)ええっ すごか~
(権五郎)立花です
どうぞ
(半二郎)失礼します
(組員3)歌舞伎役者の (組員4)ああ ああ
(権五郎)ああ 楽に楽に
(半二郎)あっ… 遠慮のう
(権五郎) まあ 一杯 受けてくれんですか
(半二郎)ああ…
うん
(マツ)いつまで 長崎に おらすとですか?
(半二郎)月末まで 興業 打たしてもらいますさかい ―
親分さんには なにぶん よしなに お願い申し上げます
(権五郎)なんの
不便あったら遠慮なく 立花組に 言いつけてくれてよかですけん
(権五郎)なあ? (組員たち)へい
(半二郎)あっ…
(談笑する声)
(半二郎)それにしても にぎやかな新年会でんなあ
ハハハハッ
(大太鼓の音) (組員5)始まるから座れ座れ
(拍手)
ほほう 「関の 扉 と 」でっか
(組員6)よっ 徳次!
(芸者5) 徳 とく ちゃん 良か男~
かっこ良かね
(三味線の演奏)
(太夫) ♪ 禿(かむろ)立ちから
♪ 廓 くるわ の
♪ 里へ
♪ 盛りの
♪ 色を
♪ 山風が
(組員たち)おお~
(組員7)日本一! (組員8)その形!
こんな達者な 芸妓 げいこ はんが 長崎におりまんねんな ハハッ
(権五郎) いや ありゃ 芸妓じゃのうて ―
せがれの喜久雄ですばい
(マツ)素人の余興ですばってん お恥ずかしか
(太夫) ♪ 泊まり定めぬ
♪ うたかたの
♪ 水に散りしく
♪ 流れの
♪ 身
(徳次)ヤァ
いずくともなく見慣れぬ女
この山陰の関の戸へは ―
いつの間に どこから来た
(喜久雄)撞木町から来やんした
(徳次)何しに来た
(喜久雄)逢いたさに
(徳次)そりゃ誰に
(喜久雄)アノ こなさんに
(徳次)何 俺に
(喜久雄)色になってくださんせ
(半二郎)いやあ 見事なもんや
(徳次)時に太夫さん こなさんのお名わえ
(喜久雄) 墨染 すみぞめ と 云 い いやんす
(三味線の演奏)
(拍手と歓声)
(喜久雄)あっつう 暑っ 暑っ!
(芸者1) いやあ 盛り上がっとったね
(芸者2)本番に強かね 喜久 きく ぼんも 徳ちゃんも
(喜久雄)いや 始まったと 思ったら すぐ終わってしもうた
(芸者1)こんだけやれたら お金ば取れるばい
(マツ)いやあ 上出来 上出来
うちは もう 心臓が止まるかと思うたよ
(喜久雄)母ちゃん (マツ)はいはい ハハハ…
(マツ)はいはい ほいほい
(マツ)喜久雄 (喜久雄)ん?
(マツ)半二郎さんが あんたと話がしたいて言うとるけん
(喜久雄)話すって なんを?
(マツ)よかけん はよ
(喜久雄)徳ちゃん (徳次)ん?
(喜久雄)まだ 背中 痛かと?
(徳次)もう慣れた
痛かとは 女に抱きつかれたときだけばい
(喜久雄) 辰 たつ さんに話 つけてくれたね?
(徳次)気乗りせんてさ (喜久雄)なんで?
(徳次)立花組の総領息子に 彫りもんなんて
親分や 姐 あね さんには ないしょやろ?
バレたら 指 詰めるくらいじゃ済まんもん
(喜久雄)辰さんも肝が小さかね
(徳次)クフフッ
ばってん 我ながら上出来やったばい
(喜久雄)撞木町から来やんした
(徳次)何しに来た
(喜久雄)逢いたさに
(徳次)そりゃ誰に
(喜久雄)アノ こなさんに
(芸者たちの悲鳴)
(組員たちのどなり声)
(徳次)なんや?
(男)出せ! 親分
うん?
(芸者たちの悲鳴)
(芸者)あっ ああっ
(組員1)はよ こっちで
(男)てめえ この野郎!
(権五郎)マツ!
(マツ)喜久雄 行くよ
ちょっと 徳次 あんたも引っ張って!
(徳次)殴り込みね 姐さん!
(マツ)徳次 引っ張って!
(徳次)ぼっちゃん!
(組員2) 親父 おやじ 逃げてくれんですか
(徳次)ぼっちゃん!
(マツ)お願い! (喜久雄)ああーっ!
(マツ)お願いします
あんた!
逃げえ!
(マツ)あんた~! (権五郎)逃げえ!
(半二郎)開けえ 開けえ!
(喜久雄)うああっ
うああっ 放せ!
ああっ… 放せ!
(半二郎)離さへん 行ったら死ぬで!
(喜久雄)うわあーっ!
ああっ! あっ!
(刺す音)
(権五郎)喜久雄
よう見とけ
しっかり そん目で見とけ!
(銃声)
(銃声)
♪~
( 福田春江 ふくだはるえ ) 喜久ちゃん
敵討ちなんて考えとらんよね?
(喜久雄) 考えとらんて
(春江) うち…
喜久ちゃん死んだら 生きていけんもん
(喜久雄) だけん 考えとらんて
(春江) どこまでっちゃ―
ついていくけん
(喜久雄)ううっ うっ うっ…
(春江)喜久ちゃん
なんばしよるとね
喜久ちゃん!
~♪
(クラクション)
( 多野源吉 たのげんきち )釣り ええわ (運転手)はい
(源吉)長旅で しんどかったやろ
まあ もう少し寝とったらええわ
(ラジカセ:三味線の演奏)
(お 勢 せい ) 琴美 ことみ ちゃん 俊 しゅん ぼん 帰ってきてるで
それ終わったら こっち来てや
(琴美)はい
(ラジカセ:三味線の演奏)
( 大垣幸子 おおがきさちこ )そって
(喜久雄)今日から お世話になります 立花喜久雄です
ふつつか者ですが どうぞ よろしくお願いいたします
(幸子)あんたのお母さん ―
堅気にさせたい言うてはるけど ―
あんたは それでええの?
(喜久雄)生みの母の遺言ですけん
(幸子)立花組て 大層な組なんやろ?
(源吉)へえ そやけど 組 畳むことになったそうですわ
(幸子)ほかに身寄りは?
(喜久雄)生みの母も伯父も叔母も 原爆症で死にました
ここよりほかに 頼れる者はおりません
(幸子)住み込みで稽古?
(源吉) 旦那さんに そう聞いとります
(幸子)朝 早 はよ うに着いて ―
おなかすいたやろ?
お昼にしよか
こっちおいで
お勢ちゃん? お勢ちゃん! ねえ
(クラクション)
(クラクション)
そこやで
(幸子)おおきに (運転手)いってらっしゃいませ
(幸子)おはようございます (女性)おはようございます
(男性1) あっ おはようございます
(幸子)おはようございます
(下足番)おはようございます (幸子)おはようございます
(幸子)おはようございます (頭取)おはようございます
(かしわ手)
(頭取)こらこらこら (幸子)これっ 何してんねんな
(幸子)すんまへん はよ行くで
(男性2)おはようございます (幸子)ああ よろしく頼みます
(男性2) よろしくお願いします すいません
(幸子)おはよう
( 松蔵 まつぞう )おはようございます (幸子)おはよう
(幸子)ちょっと 源 げん ちゃん
(源吉)お疲れさまです (幸子)頼むわ あの子
(男性)ありがとうございます 何度も
(源吉)ちょっと すんません にいちゃん にいちゃん
にいちゃん! おう
こっちや そこ 邪魔やで
(幸子) あんた 本気で歌舞伎役者にさせるん?
極道もんの子やで
(半二郎)まあ あんじょう頼むわ
(幸子)いきなり困るわ
犬の子 拾うてくるみたいに
(半二郎)なんしか あの墨染は 今でも よう覚えてんねや
(幸子)せやかて素人やんな (喜久雄)失礼します
(半二郎)おう
(喜久雄)ふつつか者ですが どうぞ よろしくお願いいたします
(半二郎) ハハ… 気楽にやったらええがな
うちのせがれ 俊介 しゅんすけ
あんたと同い年やよって 一緒に学校 通ったらええわ
(大垣俊介)ごめんやわ
(半二郎)名前は…
“ 東一郎 とういちろう ”でどや 東に一郎
花井東一郎や
(源吉)ぴったりとちゃいますか (半二郎)フフフッ
(俊介)俺 “ 半弥 はんや ”やで
なんで 俺が半で こいつが一やねん
(半二郎)あんたは いずれ 三代目 半二郎
二になるやろ
(幸子)せやけど あれやわ
こんな大きい子の親代わりなんて でけへんし ―
ずーっと うちに 暮らしていくいうのも… なあ?
もう 長崎へは帰せへんで
“ 曽我 そが 兄弟”やで
親の 敵 かたき 討ったんやってな
ばってん しくじったとです
度胸は買うで ハハハハッ
( 鳴物 なりもの の演奏)
(拍手)
(源吉)兄ちゃん ちょっと下がり
( 囃子方 はやしかた )よ~っ
( 柝 き の音)
(拍手)
(囃子方)いよ~っ
よ~っ
(柝の音)
(拍手)
(拍手)
(囃子方)いよ~っ
(喜久雄・俊介)堪忍ならねえ!
(半二郎)ふっ
♪ チチチンチン チンチンチン…
はっ! ばったり!
踏み出し 甘い!
ゲンコ はい 拳 返して
骨で覚えるんやで うん? ここ
見得 切ったままやったら つらいやろ? あっ?
一番ええときの形を 骨に覚えさすんや
この… この骨や
こう
あんたも今から 楽すること覚えたらあかん!
手 上げ! ほな もう1回
はい いくで はい
(喜久雄・俊介)堪忍ならねえ!
(半二郎)ふっ
♪ チチチンチン チンチンチン…
ふっ! ばったり!
なんべん言わすんや!
(喜久雄)うあっ うわあっ!
(半二郎)こんなんもできんで 役者なんか やれるかい!
この貝殻骨や
(半二郎)ほれ ここをつけるんや (喜久雄)うああっ いっ あっ…
(喜久雄)うああっ! (半二郎)上げて 手を!
(喜久雄)痛っ!
(春江) いつも こげん厳しかとですか?
(源吉)まだ ええほうや
家に お師匠はんが2人おるもんで 寝る暇もないで
(半二郎)もっともっと 背中 合わせるんや!
そう いくで 足 もっと広げ
(喜久雄)うっ あっ あっ… (半二郎)これも
こんな みみっちい動き してたらな!
(喜久雄)あっ ああっ
(半二郎) 背中のごっつい彫りもんが泣くで!
(喜久雄)あっ いてえっ! (半二郎)はい もう1回
(喜久雄)あっ ああっ
(春江)喜久ちゃん?
えっ 喜久ちゃん
お店に来てくれればよかったとに
あっ 風邪引くばい 中 入って
うち 早う会いたかった
(喜久雄)春江 堪忍
ずっと ほっとって
(春江)うち 稽古 見たとよ
(喜久雄)見たんか (春江)うん
やっぱり 旦那は 教え方うまいもんな
旦那の言うように背中 動かしたら ちゃんと腕もついてくるから
(春江)ばってん やり過ぎやろ
そやかて 全然つろうないねん
寝てるときでも やりたいくらいやわ
♪ ちゃんちゃん ちゃんちゃん…
♪ ちゃん
(俊介・喜久雄) ばったり!
(喜久雄)言われぬ主の肩持ち顔
(俊介)出しゃばって (喜久雄) 怪我 けが
(俊介・喜久雄)まくるな
よっ
大手を広げて
待ちかけた
ばったり
(喜久雄)なんか ちゃうな (俊介)あかんか?
(喜久雄)もっぺん もっぺん
( 唄方 うたかた ) ♪ 振りかたげたる
♪ 一枝は
(喜久雄・俊介) ♪ 紫深き
♪ 水道の 水に
(ラジカセ:唄方) ♪ 染め
(ラジカセを止める音) (幸子)俊ぼん
(幸子)あんた そこで見とき
(俊介)はい
(幸子)あんた一人で踊ってみ
(ラジカセ: 長唄 ながうた の演奏)
(ラジカセ:唄方) ♪ 人目堰(せ)き笠
♪ 塗笠 ぬりがさ しゃんと
♪ 振りかたげたる
♪ 一枝は
(俊介)それ フクロウか?
(喜久雄)ミミズクや
人の恩を忘れへんねん
お礼に蛇やネズミを 持ってくるんやで
(俊介)いらんわ そんなもん 気持ち悪っ
(喜久雄) 俊ぼんにも持ってきたろか?
(俊介)ううっ くくっ…
いや 笑かすなや
(喜久雄)ハハハッ 蛇とネズミ どっちがええ?
(俊介)どっちも嫌や
(半二郎) どや 喜久雄
真綿が 水 吸い込む感じやわ
なんや 底がのうて 恐ろしいなるわ
(半二郎)フン… 空っぽやな
生まれついての女形やな
(幸子)うっとこの 御曹司 おんぞうし も うかうかしてられへんわ
(半二郎)あの2人…
女形で組ましたら おもろいかもしれんな
あんたも そう思ったん?
(半二郎)うん
どっちにしても ―
喜久雄相手やったら 俊ぼんも稽古に身が入るやろ
なんや甘いとこあんやから あいつ フフッ
ああ しんどっ
(半二郎)もう寝るわ (幸子)お疲れさん
(半二郎)また しごかなあかんな
(喜久雄・俊介)急げ急げ
(俊介)はいっ (喜久雄)おっ…
(喜久雄)なあ このまま駅やろ?
(俊介)せや 源さんが 俺らの荷物 持って 待ってるで
(喜久雄)行くで (俊介)よっしゃ
(喜久雄)せーの ういっ (俊介)ういっ
(喜久雄)京都行ったら 祇園 ぎおん 連れてってくれる言うたん ―
あれ ホンマなん?
(俊介)ホンマ ホンマ 俺が なんでも教えたるわ
(喜久雄)かわいいんやろな 芸妓
(俊介)においがええねん
(俊介)そや 喜久ちゃん うちの部屋子になるんやろ?
(喜久雄)その話やけど…
部屋子やったら ただの弟子とちゃうで
エリートコースや
将来 大きい役 つくかも分からん
何年先の話かいな
(俊介)そんなん時期やで
(芸者たち) ♪ おまわり
♪ よいやさの
♪ おまわり よいやさの
♪ よいやさの
♪ おまわり よいやさの
♪ よいやさの よいやさの
♪ よいやさの
♪ おまわり よいやさの
♪ おまわり
(松蔵)勝ってたやん
(俊介たちの笑い声)
(源吉)はい どうぞ
( 富久春 ふくはる )おおきに
(源吉)おいおい 俊ぼん 見たぞ 見たぞ!
(俊介) チューぐらいええやん もう
(どよめき)
(俊介)なんで分からん
もう嫌や
(俊介)もう帰る (松蔵)帰る?
(俊介)こんな店 もう 来 け えへん
( 藤駒 ふじこま )東一郎はん
お茶屋さんで遊ぶの 初めてどっしゃろ
ちゃうわ
(藤駒)そうどすか?
(むせる音)
(喜久雄)しょんべん
(一同) ♪ おまわり よいやさの
♪ おまわり よいやさの
♪ おまわり
(藤駒) 長崎は暖かいとこなんやろ?
雪とか降らはんの?
(喜久雄)雪…
うん
ほとんど降らへんな
(藤駒)うち…
東一郎はんにするわ
(喜久雄)俺にするて?
(藤駒)せやし うちの人生 東一郎はんに賭けるってことや
(喜久雄) さっき 会 お うたばっかりやで
(藤駒)こんなこと 時間かけてもしかたおへん
(喜久雄) それ 本気で言うてるん?
(藤駒) 女子 おなご に二言はあらしまへん
あんたなら大丈夫
うち そういう勘 当たんねん
奥さんになんて 厚かましいこと言わへんさかい
二号さんでも三号さんでも予約
ええやろ?
(喜久雄)そんなん 気い早いわ
(藤駒)早いことないわ
年なんて すぐ取るもん
東一郎はん
日本一の役者はんに なっとくれやっしゃ
きっとどすえ
(半二郎) 万菊 まんぎく にいさん よろしいでっか?
半二郎です
(弟子たち)おはようございます ( 小野川 おのがわ 万菊)あら 丹波屋 たんばや さん
(半二郎)ちょっと 息子らに ―
会うたってやって もらえまへんやろか
(万菊)へえ 俊介君?
(半二郎)ええ
(俊介)お久しぶりです おじさん
(万菊)大きくなって
(半二郎)フフッ もう16でっせ
(万菊)ああ (半二郎)喜久雄
(万菊)おあがり
ありがとうございます
(半二郎)ほんで この子は ―
今 うちで預からしてもらってます 立花喜久雄君ていうて
今日は この2人で「 鷺娘 さぎむすめ 」 勉強させてもらいますさかい
よろしゅう頼みます
お頼み申します
(万菊)はい ありがとう
(半二郎)ほな 行くで (俊介)はい
(半二郎)失礼します (俊介)失礼いたします
(万菊)喜久雄さんでしたっけ
ちょっと
ホント…
きれいなお顔だこと
丹波屋さんが 見込んだだけのことはありますよ
でも あれですよ
役者になるんだったら 邪魔も邪魔
そのお顔に 自分が食われちまいますからね
こんなん… 恐ろしいわ
化けもんや
せやけど ―
美しい化けもんやで
人間国宝は ―
だてやないで
(俊介)うわ~っ 源さん ハハハッ
(源吉) 松 まつ 氷水や (松蔵)用意できてます
(俊介)ううっ…
(喜久雄) 昨日は何軒 ハシゴしたん?
(俊介)ああ?
(俊介)知らんがな
目え覚めたら どこぞの飲み屋の床やろ
ハハッ びっくりしたわ
(喜久雄)遊び過ぎちゃうか もう 幕開くで
(俊介)ああ
ああ~ ほな 支度や
(俊介)急ぐで (松蔵)はい
(源吉)坊ちゃん ほら
(俊介が息を吸う音)
(源吉)まだ まだまだ…
(俊介)ぶはっ (喜久雄)おい やめろや!
(俊介)ああっ (喜久雄)お前 飛んだわ
(社員)ああ どうも 社長様 お世話になっております
あっ こちら わたくしめがお預かりいたします
(幸子)社長 わざわざ ありがとうございます
( 梅木 うめき )いやいや 出張で こっちの方まで来てたもんだから
(幸子)そうですか お2階 どうぞ
(梅木)ええ じゃあ のちほど (幸子)どうも
(子供たちのはしゃぎ声)
(唄方) ♪ 若紫に
♪ 十返 とかえ りの
♪ 花を現す
♪ 松の
(俊介のげっぷ)
(俊介)あ~ 気持ち悪い
(男性1)もう始まるぞ
(男性2)やかましいわ
(拍手)
(唄方) ♪ 人目堰き笠
♪ 塗笠しゃんと
♪ 振りかたげたる
(喜久雄)俊ぼん (俊介)ん?
(喜久雄) 見合わすとこ 間 ずれてたわ
(俊介)あ~ 笠 開くとこやろ?
(喜久雄)せや さらっとこか
(俊介)せやな (喜久雄)おう
(俊介)よし
(俊介・喜久雄) ♪ 粟津(あわづ)と三井(みい)の
(俊介)うん 合 お うたやん
(喜久雄)もっぺん もっぺん (俊介)ああ?
(半二郎)来てくれはるんやったら ご連絡ください
(梅木)いいんだ いいんだ ハハッ
(半二郎)おう 俊ぼん 喜久雄 下りておいで
(半二郎)ご挨拶せんかい (俊介)はい
(梅木)いやあ 見せてもらったぞ 藤娘 ふじむすめ
よくやった
眼福 眼福 運が良かった
ここまで足を運んだかいが…
(喜久雄)誰?
(俊介) 三友 みつとも の社長はん 歌舞伎の興行 仕切っとる
(梅木)てえしたもんだ
(半二郎)恐れ入ります
(梅木)おっ 来た来た
ん~っ 半弥に東一郎
どうだよ 竹野 たけの この2人 てえしたもんだろ
(竹野哲平)どうですかね
(梅木)ああ? おめえは 歌舞伎ってもんを分かってねえ
ものは試しで 今度の 京座 みやこざ に 懸けてみようじゃねえか
(半二郎)いや それは ありがたい話でっけど ―
こんな半人前に 大舞台 務まりますやろか
(梅木)一か八かだ
新世代のスタア誕生か 世紀の大コケか
ハハハッ 若 わけ え2人だ
パーッと華やかにやろうじゃねえか
「 道成寺 どうじょうじ 」なんて どうだい
あっ いや 急には無理ですて
この子ら まだ ものになってまへんがな
(梅木)大丈夫だよ (半二郎)いや 社長はん
(梅木)歌舞伎界のニュースタア 堂々 京座デビューだ
(半二郎)いや あきまへんて
(俊介)京座やて
源さん 聞いたか 聞いたか
(源吉)聞いたぞ 聞いたぞ
(俊介)っしゃ~!
(源吉)おめでとさんですわ
今まで よう頑張りましたわ
(喜久雄)おい なんやねんな
何 笑 わろ てんねや
(竹野) 歌舞伎なんて ただの世襲だろ
あんたは しょせん よそ者
今は一緒に並べてもらってても ―
最後に悔しい思いして終わるのは あんただぞ
(喜久雄)おう
もっかい言うてみ
(竹野のため息)
今は仲良しこよしでも ―
悔しい思いして 人生 終えるのは あんただぞって言ったんだ
うっ…
(喜久雄)ノボすんな わりゃ!
(竹野)このクソガキ コラッ!
(喜久雄)くらすぞ ゴラアッ!
(俊介)はいはい… やめ!
(従業員1)いらっしゃいませ ご来場ありがとうございます
(従業員2) 毎度ありがとうございます
(女性たちの歓声)
(女性1)東半コンビや
(女性2)きれいやわ
(黒衣)失礼します
お花 届きました
(源吉)おう もらうわ
(俊介)いけてるか? (源吉)ちょっとダメだ 震えるわ
(俊介)しっかりしい
(俊介の深呼吸)
(半二郎)俊ぼん (俊介)はい
(半二郎)あんた 生まれたときから役者の子や
何があっても あんたの血が守ってくれる
喜久雄
あんた うちに来て もう7年や
その間 稽古を1日でも 休んだことあるか?
ないはずや
あんたが振り忘れても 体が ちゃんと踊ってくれる
ほな 行っといで
(男性1)おお
(男性2)見違えるわ
(男性3)きれいや
(俊介)ほな
(喜久雄)俊ぼん
(俊介)うん?
(喜久雄)ちょっ ちょっ (俊介)なんや?
あっ 何すんねん
(喜久雄)次 俺や はよ
(喜久雄)はよ (俊介)ああ
いくで
(喜久雄)あっ いって…
(俊介)よし
ほな… 喜久ちゃん いくで
ほんなら 花道で
(俊介)ああ
(唄方) ♪ 花の外(ほか)には
♪ 松ばかり
(喜久雄)フウ…
(唄方) ♪ 花の外には
♪ 松ばかり
(大道具)上げます
はい
(唄方) ♪ 暮れそめて
♪ 鐘や
(拍手)
(柝の音)
(囃子方)いよっ よ~っ
(柝の音)
(囃子方)よ~っ
え~っ いよ~っ
(唄方) ♪ 勤めさえただ
♪ うかうかと
♪ どうでも女子は
♪ 悪性者
♪ 都育ちは
♪ 蓮葉な
(役者)ふっ
(拍手)
(拍手)
(俊介)どや
(喜久雄)まあ ぼちぼちやな
(俊介)フッ… 見とるで
フウ…
(唄方) ♪ つい
♪ 見習いて
♪ 五月雨
♪ 早乙女 早乙女 田植歌
♪ 早乙女 早乙女 田植歌
♪ 裾や 袂 たもと を 濡 ぬ らした サッサ
♪ 花の姿の乱れ髪
♪ 思えば思えば
♪ 恨めしやとて
♪ 竜頭に手をかけ
♪ 飛ぶよと見えしが
♪ 引きかついでぞ
♪ 失 う せにける
(囃子方)いよ~っ
(柝の音)
ほな いくで~!
(一同)かんぱーい!
(記者) 東一郎 半弥の―
東半コンビ 大当たりですね
当日券 求めて 女の子たちが
五条大橋 ごじょうおおはし まで長蛇の列ですよ
(俊介)おおきに ありがとさんですわ
(男性)あっ テレビで見たで
東半コンビやろ
おお~ おおきに
来月は 浪花座 なにわざ でやりまっさかい 見に来てや
(記者)お二人さん
初日をやりきったあと どんなお気持ちでしたか?
こちとら よちよち歩きのときから 舞台 立ってまんねんで
なーんもありまへんわ
(記者) 東一郎君は?
(喜久雄) ああ
(シャッター音)
なんや…
見たことない景色でした
(俊介)なんや 東半コンビて
なんで 東一郎が先で 半弥があとなん?
(喜久雄)語呂がええからちゃう?
(俊介)おもんな (喜久雄)あっ?
(俊介)半東コンビやろ
(一同の笑い声)
(喜久雄) まだ東半コンビのがマシやろ
(俊介) あかん あかん あかん… 俺が先や
(喜久雄) 別に どっちでもええやん
(俊介)あかんて (喜久雄)何がやねん
(春江)喜久ちゃん
(俊介)あっ あっ 春 はる ちゃん
(俊介)春ちゃん 聞いてえな (春江)何? 何?
(俊介)このお人はな インタビューでも ―
なんも おもろいことを 言わしまへん
“へえ へえ ありがとうございます”
こればっかりやで
俊ぼんが しゃべり倒すさかい 隙がないねん
喜久ちゃんは 芸 見てもらえるんが 一番うれしいんよ
(俊介)んん~っ ああ~
役者は舞台 降りても 世間様 がっかりさせたらあかん
借金してでも あっちゃこっちゃ 花火 上げるもんや!
かわいげないと 贔屓 ひいき もつかへんで
かわいいとこ あるもんな
(俊介)俺のが かわいいわ
(俊介)やろ? (春江)フフッ
(俊介)ん? うん
(春江)かわいいな (俊介)御曹司やで
(春江)アハハハ… (俊介)ホンマに
(喜久雄)結婚しよ
春江 あかんか?
(春江)喜久ちゃんは役者
今が上り坂の大事な時
うち…
うんと働いて ―
喜久ちゃんの 一番のご贔屓さんになろ
楽屋にペルシャ 絨毯 じゅうたん 買 こ うたろ
そんで もっと働いて 劇場 建てたろ
毎月 喜久ちゃんが主役や
お客さん みんな 喜久ちゃんに うっとりしっぱなしや
(遠ざかる足音)
(俊介)ちょっ すんまへん
源さん!
(俊介)親父は? (源吉)あかん
(俊介)えっ
(源吉)あっ いや 大丈夫や
(幸子)稽古場からの帰り道やって
(お勢)ホンマに ごっつい事故やったもん
心臓 止まるかと思いました
(幸子)車 シュッて曲がって トラック バーン来て ドーンやで
ひと月で済むなら安いもんやわ
(お勢)ホンマですね
(俊介)で 舞台 どないなんねん
あと5日で幕開くで
(幸子)代役が決まらんねやて
(幸子)俊ぼん (俊介)ん?
あんた
心の準備は しとったほうがええで
(俊介)えっ?
ご見物の皆さん 納得させる代役
血筋のもんしかないやろ
(俊介)まあ…
(電話のベル)
(幸子)そら来たで
(琴美)はい
(喜久雄)おい 俊ぼん (俊介)ん?
セリフも振りも入ってるやんな
そらあ 毎日 稽古 見とるからな
(幸子)梅木社長 このたびは… (喜久雄)せやな
にしても 大抜てきやな 大ニュースなるで
(俊介)決まったみたいに言いなや
(幸子)ええ
はあ
いや
えっ… 誰が そんな
(半二郎)聞いたとおりや
(幸子)あんた
それ 冗談やろ?
(半二郎)なんべんも言わすな
代役は喜久雄でいく
(幸子)喜久雄は部屋子やで
俊ぼんが筋やろ
(半二郎) なんしか もう決めたことや
(幸子)そんな あんた…
そら おかしいわ 筋 通ってへんわ
二代目 花井半二郎の代役やで
「 曽根崎 そねざき 心中」のお 初 はつ やで?
ご贔屓さんに なんて言うたらええの
(半二郎)そんなもん 好きに言うたらええやないか
んっ
(喜久雄)なあ 俊ぼん
(俊介)泥棒と一緒やないか
人んちに入り込んで 大事なもん 盗みくさって
この こそ泥が
いてこましたろか? なあ
いきってんちゃうぞ!
…ってな感じで怒ったりしたほうが おもろいんやろうけどな
“実の息子より 部屋子のほうが芸が上”言うのが ―
天下の二代目 花井半二郎なら 俺も文句ないわ
俺に 旦那の代役 務まるんやろか
まあ… 誰にも務まるわけないわな
おい 俊ぼん
おい どこ行くねん
(俊介)ブラブラや
証拠 ―
なければ 理も立たず ―
この上は 徳 とく 様も ―
死なねばならぬ品なるが ―
死ぬる覚悟が
(半二郎)ちゃう ちゃう ちゃう!
ハア… マズいわ
“死ぬる覚悟が” もっかい!
死ぬる覚悟が
アホか!
好きな男に 一緒に死ねるかどうか 聞いてんねんで
お前の覚悟が見えへんねん! もっかい!
死ぬる覚悟が
(扇でたたく音)
(喜久雄)証拠 ―
なければ理も立たず ―
この上は徳様も ―
死なねばならぬ品なるが
(喜久雄)残る1つが 今生の ―
鐘の響きの ―
聞きおさ…
(半二郎)そんな水っぽい芝居で 舞台 立てるんかいな
あと1つ 鐘 鳴ったら あんた 死ぬんやで
死なならん怖さと ―
ほれた男と一緒に死ねる喜びが ない交ぜや
それが 一個も伝わらへん
お初として生きてへんから ―
お初として死ねへんねん
残る1つが今生の ―
鐘の響きの ―
聞き納め
こりゃ てえしたもんだ
初役とは思えねえな
(竹野)部屋子の東一郎が ―
丹波屋を継ぐなんてことに なりますかね
(太夫) ♪ 足で問へば
♪ 打ちうなづき
♪ 足首取って
(春江)俊ちゃん?
(俊介)おう (春江)どないしたん?
(俊介)ああ…
雨宿りや
(春江)フフッ
入り
(俊介)ええ 帰るわ
ほなな
(係員)おはようございます チケット お預かりいたします
おはようございます
(喜久雄の深呼吸)
(喜久雄)ハア…
(俊介)喜久ちゃん 入るで
おう どないした?
幕 上がる思うたら 震え 止まらんねん
(俊介)こっち見い
よし
(喜久雄) 怒らんで聞いてくれるか?
(俊介)ん?
俺な
今 一番欲しいの 俊ぼんの血やわ
守ってくれる血が 俺にはないねん
俊ぼんの血 コップに入れて ガブガブ飲みたいわ
うっ… あっ…
(俊介)ああ ああ
芸があるやないか
大丈夫やて
(喜久雄)うん
(俊介)なっ
(俊介)大丈夫や (喜久雄)うん うん
(2人)大丈夫や
(喜久雄) 欺(だま)されさんしたものであろ
その誰やらは ―
きつう わしにご執心ゆえ ―
かねて たくんで徳様を 深い所へ ―
はめたものなるが
証拠 ―
なければ 理も立たず ―
この上は徳様も ―
死なねばならぬ品なるが ―
死ぬる覚悟が…
(床を突く音)
聞きたい
(太夫) ♪ 独言(ひとりごと)に
♪ なぞらへて
(踏み鳴らす音)
(太夫) ♪ 足で問へば
♪ 打ちうなづき
♪ 足首取って
♪ 咽喉笛 のどぶえ 撫 な で
♪ 自害するぞと知らせける
(喜久雄)そのはず!
その… はず
いつまで生きても同じこと
死んで恥をすすがいでは
(太夫) ♪ 言えば 九平次(くへいじ)
♪ ぎょっとして
(役者)お初は 何 独り言 言わるるぞ
なんの 徳兵衛 とくべえ が死ぬるものぞ
よし また死んだら その跡は ―
これ この九平次が ねんごろしてやろう
そなたも 己 おれ に ほれてじゃげな
(煙管を置く音) (喜久雄)ハハハハッ
なんじゃ 九平次が ねんごろしょう
そりゃ かたじけなかろうわいな
さりながら わしと ねんごろさあんすと ―
そなたも殺すが合点か
徳様と離れて ―
片ときも生きていようか
徳様 死ぬる覚悟
わしも一緒に ―
死ぬるぞいの
(春江)俊ちゃん
俊ちゃん
俺は逃げるんちゃう
(太夫) ♪ 袖と袖とを槇(まき)の戸や
(俊介)逃げるんとちゃう
(太夫) ♪ 心地にて
(春江) 分かっとるよ
分かっとるよ
(太夫) ♪ 辛(つら)さ あさましさ
♪ 跡に 火打 ひうち の
俺…
本物の役者になりたい
なりたいねん
(喜久雄)もし!
(拍手)
(喜久雄の荒い息)
( 生田庄左衛門 いくたしょうざえもん )ようやったな
ホンマ ようやった
(三味線の演奏)
( 綾乃 あやの )宇宙人 見ーつけた
(喜久雄)おおっ
元気してたか?
(綾乃)んっ (喜久雄)うん
(喜久雄) 母ちゃん 頑張ってんな
(綾乃)うん
(祭り囃子)
(綾乃)久しぶりやな お父ちゃん
(喜久雄)そうか?
(綾乃)そうや 忘れるとこやったわ
(喜久雄)フフッ
(綾乃)なあ 今度 いつ 来はるん?
(喜久雄)いつんなるやろなあ
(藤駒)綾乃
なんか食べるか?
(綾乃)うん
(藤駒)じゃあ あれにしよか
(鈴の音)
(足音)
(綾乃)神さんに ぎょうさん お願い事するんやな
神様と話 してたんとちゃうで
悪魔と取り引きしてたんや
(綾乃)ここ 悪魔いんの?
(喜久雄)いてるで
(綾乃)なんの取り引きしたん?
“歌舞伎をもっと うもう ならしてください”て頼んだわ
“日本一の歌舞伎役者に してください”て
“その代わり ほかのもんは なーんも いりませんから”て
悪魔はん なんて?
“分かった”言わはった
取り引き成立や
(藤駒)綾乃 行くえ
(半二郎の荒い息)
(喜久雄)こっから階段です
(半二郎)ああ
(半二郎)ううっ (喜久雄)はい
(半二郎) なあ 喜久雄
いろいろ考えたんやけどな
こうやって まだ ぼんやりと目が見えてるうちに ―
もう ひと花 咲かせよう思うてんねん
わしは ―
花井 白虎 びゃっこ を襲名する
そやから あんた ―
“半二郎”継いだらええ
三代目 花井半二郎や
(喜久雄) そやかて俊ぼんが…
(半二郎)家 出て もう8年や
未練あるんやったら もう とっくに帰ってきてるわ
(幸子) なあ 喜久雄 辞退してえな
“半二郎”いう名前は ―
俊ぼんにとって最後の 砦 とりで や
この名前があるかないかで なんもかも違ってくんねん
大事な大事な その名前まで くれてやる言うの?
辛抱できんと 逃げ出したのは俊ぼんのほうや
(幸子) なんで逃げたか分かってへんの?
役者いうもんは…
ホンマに意地汚い生きもんやわ
糖尿で ろくに目も見えへんのに ―
息子の人生 踏み倒して ―
それでも まだ “白虎”になりたいんやと!
(喜久雄) 女将 おかみ さん
あんたも あんたや!
俊介のもん 平気で 奪 うぼ うて…
汚いわ!
俊ぼんも俊ぼんや
負けも認めんで
(はなをすする音)
逃げ出すのは…
汚いわ
(拍手と歓声)
(男性1)よっ 丹波屋!
(男性2)頑張れよ
(藤駒)綾乃?
(綾乃)お父ちゃん
お父ちゃーん
お父ちゃん
お父ちゃん!
(藤駒)綾乃
(綾乃)お父ちゃん (男性3)半二郎 頑張れ!
(綾乃)お父ちゃん! (藤駒)綾乃!
(藤駒)あかんで! 危ないやろ
(男性4)おめでとう!
(綾乃)お父ちゃん
(藤駒)行くえ
(半二郎) 喜久雄
丹波屋 継ぐあんたに 1つ 言っておかなならんことがあって
(喜久雄)なんですの 急に
(半二郎)この世界 ―
親がないのは 首がないのと同じや言うてな
どんなに つらいことあっても ―
あんたは芸で勝負するんや
ホンマもんの芸は 刀や鉄砲より強いねん
あんたは あんたの芸で ―
いつか 敵 かたき 取ったるんや
ええな?
はい
約束やで
(幸子)ありがとうございます 申し訳ございません
これ 御移りでございます
あっ ありがとうございます
(喜久雄)着きました
上がります
ふすまです
お待たせしました
(万菊)はい
(喜久雄)お待たせしました
(柝の音)
(喜久雄)お待たせしました
こちらです
(鳴物の演奏)
(囃子方)いよ~っ
(拍手)
(弟子たち)東西!
とざい!
東西!
(拍手)
(庄左衛門) 一座 高 たこ うはござりまするが ―
御免をこうむりまして 口上なもって ―
申し上げ奉りまする
さて このたび 三友株式会社さまのおすすめ ―
また いずれも様のご賛同を 得まして ―
半二郎 改め 四代目 花井白虎 ―
東一郎 改め 三代目 花井半二郎を ―
襲名いたす運びと 相成りましてござりまする
(拍手)
(喜久雄)ただいま 和泉屋 いずみや 様に ご披露いただきましたとおり ―
このたび 師の名跡 花井半二郎を 三代目として ―
相続いたす運びと 相成りましてござりまする
(男性たち)丹波屋!
(男性)三代目!
(拍手)
(喜久雄)思えば 15のとき ―
父を亡くした私を 師匠は救ってくださいました
それ以来 厳しい修業の道では ございましたが ―
見るもの 聴くもの 全てが楽しく 美しく ―
あっという間の 夢のような 年月 としつき でございました
その大恩に報いるよう ―
また 丹波屋の名に恥じぬよう ―
芸道 精進いたす覚悟に ござりまする
何とぞ 末永く ―
ご贔屓 お引き立てを 賜りまするよう ―
心よりお願いを申し上げ奉りまする
(拍手)
(どよめき)
(吐血する音)
(ざわめき)
(観客の悲鳴) (喜久雄)旦那さん
(庄左衛門)にいさん (喜久雄)旦那さん
旦那さん!
(庄左衛門)にいさん
(喜久雄)旦那さん (庄左衛門)幕や 幕
(庄左衛門)幕 はよ 幕引け!
(源吉)幕引け! 幕引け!
(花井白虎)なんで 幕引くんや
(喜久雄)旦那さん (白虎)晴れの舞台やないか
(喜久雄)旦那さん (白虎)開けてえな 開けてえな!
(喜久雄)旦那さん! (白虎)開けてえな!
(喜久雄)旦那さん 旦那さん (白虎)開けてえな!
(源吉)救急車! (弟子1)救急車 救急車
(弟子2)はい! (喜久雄)旦那さん
(白虎)俊ぼん… 俊ぼん
俊ぼん… 俊ぼん
俊ぼん…
俊ぼん…
俊ぼん…
(庄左衛門)にいさん… あっ あっ
はよ運べ 運べ!
(源吉)いくで
(源吉たち)よいしょ!
(源吉)落としたらあかんで
(庄左衛門) にいさん しっかりしてください
(幸子)あんた あんた!
(庄左衛門)にいさん (幸子)あんた
あかんて あかんて あんた そんなん…
す… すんまへん
すんまへん… すんまへん
(俊介)あら
うらめしや
(竹野)三代目 (喜久雄)ああ
(喜久雄)俊ぼんは?
(俊介)喜久ちゃん
いろいろ… おおきに
ホンマに…
おおきに
(喜久雄)役者が 舞台に穴あけてどないすんねん
ん?
生きててくれてよかったわ
あんな
春江にも会うてもらえんやろか
ガキ… おんねん
(子供の話し声)
(アナウンサー) 奥様も いろいろ ご苦労があったんじゃないですか?
(春江) この10年は いろんな方に―
いろんなとこで お世話になってまいりました
旅館では 夫婦そろって 釜焚 かまた きやらせてもろたり ―
夜は宴会場の余興で 踊らせてもろたり ―
旅回りの一座に入れてもろたり
(俊介) どんな舞台やろうと―
なんしか お客さんの目の色を 変えられたら合格やと思うて ―
その日 その日を 必死に勤めておりました
(アナウンサー) 歌舞伎の世界に 戻りたいとは思われませんでしたか
(俊介) 私は 一度 逃げ出した人間です
泣けば 誰かが救ってくれると思うような ―
どうしようもない人間でした
父が 白虎の名を継ぐ場にも 立ち会うことができませんでした
世界一 親不孝な 息子やったと思います
(お勢がはなをすする音)
(俊介) なんで 自分は 丹波屋の跡取りに生まれたのか―
歌舞伎役者の家に生まれたのかと ―
そればかり考えておりました
(役者)しかし あの人 ホント下手よね
全く上達しないホントに
あきあきになるわよ あんなの ホントに もう
(竹野)いるか? 三代目
むさ苦しいな
(喜久雄)珍しいお人やな
(竹野)俊ぼん もう復帰だってよ
ドサ回りで鍛えたとはいえ 10年 ブランクあんだぞ
ムチャだよな
万菊さんのことや
見極めた上やろ
冷てえよな 同じ丹波屋なのに
先代が こさえた借金 背負ってきたの あんただろ?
もう 俊ぼんに譲れよ
(喜久雄)旦那の借金は俺の借金
かっこつけさせてえな
(竹野)返せてねえだろ
役どころか セリフも もらえねんだからさ
主役 張ったの 何年前だよ
ふがいないわ
(竹野)先代が死んだら 誰も助けてくれねえし
みんな
あんたが横から 半二郎の名跡 かっぱらったんだと思ってる
今更 名前 返すわけにもいかへん
(竹野)邪魔したな
(ラジカセ:長唄の演奏)
(ラジカセ:唄方) ♪ 笑わば
♪ 笑え
♪ 浜千鳥
♪ 君と 寝 ぬ る夜の
♪ 後朝 きぬぎぬ を
♪ 思えば憎や
(万菊)肘!
(俊介)はい
(ラジカセを止める音)
(万菊)あなたね
性根が入ってないから ―
粗く見えるんですよ
若い娘になりきってれば ―
あんな形 恥ずかしくって できゃあしないんだからね
(俊介)はい
(万菊)はい
(ラジカセ:唄方) ♪ 笑わば
♪ 笑え
♪ 浜千鳥
♪ 君と寝る夜の
♪ 後朝を
(万菊)あなた
(ラジカセを止める音)
(万菊)歌舞伎が憎くて憎くて しかたないんでしょ?
でも それでいいの
それでもやるの
それでも 舞台に立つのが ―
私たち 役者なんでしょうよ
はい
(ラジカセ:唄方) ♪ 思えば憎や
(喜久雄がはなをすする音)
なんでや
なんでや
(壁を殴る音)
(喜久雄) 富士見屋 ふじみや のおじさん
( 吾妻千五郎 あづませんごろう )なんだい
(喜久雄)10月の「 忠臣蔵 ちゅうしんぐら 」 九段目をやるとお聞きしました
(千五郎)そうだよ
(喜久雄) 小浪 こなみ
あの役 誰か もう お決めなさったんでしょうか?
(千五郎)なんだ やりてえのか?
ハハハッ
(千五郎)紋紋 背負った小浪か
面白 おもしれ えな
けどな
騒がしてるうちは おとなしくしてるほうが利口だぜ
なーに こんなもんな すぐに みんな忘れちまうんだよ
役者風情が 立派なふりして どうすんだよ ああ?
なあ? ああ?
ハハハッ
(千五郎)羽二重しよ (弟子)はい
(吾妻 彰子 あきこ ) 喜久雄にいちゃん フフッ
(喜久雄)おお
(彰子) さっき 楽屋のぞいたんだよ
もう 帰っちゃったかと思った
パパに用?
(喜久雄)いや
(彰子)あっ そうだ
今度 ママのお誕生日会 やるんだけど ―
喜久雄にいちゃんも来ない?
(喜久雄)ああ
(彰子)ホント? やった じゃ 楽しみにしてるね
絶対だよ
じゃ また連絡する
またね
ねえ パパ
(千五郎)おう 彰子か ああ?
ママが プレゼント 何が欲しいか…
(ラジカセ:太夫) ♪ 涙の限り
♪ 声限り
♪ 歎 なげ き
♪ 口説くぞ
(庄左衛門)もし!
か… か…
かあ~!
(役者1)かくまで傾く平家の運命
(役者2) もう この上は わらわは お先へ
(役者3)我が君様の御道しるべ
(彰子)パパ! (役者1)ハヤ
(一同)おさらば~
(ドアが開く音) (彰子)パパ待って
(彰子)ねえ パパ やめて!
(千五郎)お前 すっこんでろ!
てめえ
娘に何しやがったんだ!
(彰子)お願い パパ やめて!
(千五郎)お前 すっこんでろ! (彰子)ああっ
(千五郎) おい 気付かねえとでも 思ってんのか ああ?
この腐った目 見りゃな 俺には分かるんだよ!
(彰子)喜久雄にいちゃん
(彰子の荒い息)
(喜久雄) “おにいちゃん”は もう やめえ
(千五郎) こいつはな
俺の後ろ盾がありゃ それでいいんだ
おめえのことなんかな
これっぽっちも ほれちゃいねえんだよ!
(彰子)そんなことない!
(千五郎) なんで それが分からねえんだよ!
(庄左衛門) に… にいさん 落ち着いてください!
(彰子)私…
喜久雄さんの奥さんになる
こいつと一緒になるんならな とっとと 家 出ていきやがれ!
(彰子のあえぎ声)
俺も覚悟を決めてるよ
出てく!
出るよ
(源吉)喜久ぼん
もう 歌舞伎の舞台に 戻られへんのやろか
丹波屋の名に ―
泥… 塗ってしもて
(幸子)源ちゃん
(源吉)はい
(幸子)かず君 おいしいか?
ようけ食べたな
立派な跡取りになれそうや
ほな かず君 そろそろ お稽古しようか
(戸の開閉音)
(俊介)喜久ちゃん
なあ 喜久ちゃん
すまん
一豊 かずとよ のためや
(喜久雄) 結局 この世界 血いやんか
あっ?
芸なんて関係あらへん
血筋のことになるやんか
…ってな感じで怒ったほうが おもろいわな
(俊介) 俺が必ず呼び戻したるからな
次は半々コンビで客 沸かそうや
笑わせんなや
なんで 逃げとったお前の力 借りなあかんねん
ボンボンが 偉そうなこと抜かすな
頭くんねん
(俊介) せやかて喜久ちゃんも汚いで
何がや
ホンマに 役 もらうために 彰子ちゃん だましたんか?
なあ
ホンマなんか?
なんや お前 コラ!
(俊介) 離せ 喜久ちゃん やめろて!
離せて!
うっ… やめろて!
あっ ああ…
ごめん
喜久ちゃん ごめん
ごめん 大丈夫か?
(喜久雄)やめえ やめえ (俊介)堪忍 ごめん ごめん
(車のドアが開く音)
(喜久雄)ハア…
手加減せえや
(喜久雄)はい
はい
(彰子)始めます
(ラジカセ:長唄の演奏)
(喜久雄)はい
(ラジカセ:唄方) ♪ 恋の
♪ 手習い
♪ つい
(ラジカセ:長唄の演奏)
(アナウンサー) 本日 芸術選奨文部大臣新人賞の―
授賞式が行われました
受賞者を代表して スピーチを行ったのは ―
歌舞伎俳優の花井半弥さんです
(俊介) 栄誉ある賞を頂けますのは―
父 白虎の丹波屋を 支えてくださった皆様のおかげです
ですが 私は まだまだ修業の身
父のような役者になりたい 女形を極めたいと ―
万菊のおじ様の厳しい指導の元 日々 精進しておりますが ―
いまだ 足元にも及びません
このたび このような賞を頂けたことは ―
非常にうれしく 励みになりました
若輩者ですが 歌舞伎界の更なる発展のために ―
身命を賭す覚悟でございます
(喜久雄)タバコ取ってくるわ
(ラジカセ:唄方) ♪ 雁(かり)がね
(従業員)お客様 お客様
こちら 危険ですから ご自分の席に お戻りください
(男性1)お前 バカ お前 何やってんだよ
ごめんなさいね ごめんなさいね
水 飲め 水
(男性1)いたいた (男性2)おお~
(男性3)いいって ホントに (男性1)やらしてもらえよ
(喜久雄)なんやねん
(男性3)男じゃねえかよ
(男性1) いい女じゃねえかよ ハハッ
(喜久雄)何してんねん お前 コラ
(喜久雄)おい 触んな やめろ (男性1)貸せよ
(男性1)どうやってやんだよ (喜久雄)やめろ オラッ
(男性1)こうか? (男性2)待てよ
(男性1)ほら どうやんだよ (喜久雄)返せ
(男性1)教えろよ おい (喜久雄)やめろ
(男性1)どうやんだよ
(男性1)どうやんだよ (喜久雄)やめろ言うとるやろ!
(喜久雄)コラッ! (男性2)何してんだよ お前!
(男性1)うらっ!
(喜久雄)うっ… (男性1)ううっ!
(喜久雄のせき込み)
(男性1)気持ち悪いんだよ
あっ? 女か おめえは
(男性1)なんだ これ
(喜久雄の荒い息)
(男性3)この偽もんが!
(せき込み)
(彰子)もう やめよう
(喜久雄)ハッ…
(彰子)どこ見てんの?
(彰子のすすり泣き)
(喜久雄)フフッ
フフッ フッ…
どこ見てんやろ
フフフフ…
フフフフッ どこ見てたんやろ
フフフフ…
(笑い声)
あ~ ハハハハッ
ああっ ハハハ…
ハア… ハハハハ…
(ドアの開閉音)
(足音)
(竹野)三代目
三代目
元気そうだな
あんた 歌舞伎 戻る気あるか?
万菊さんが会いたいってよ
あのばあさん… ああ じいさんか
90過ぎてんだぜ
万菊さんも引退して3年か
今更 なんでや
(竹野)やっと あんたのこと 認める気になったんだろ
しかし ―
悲しいもんだよな 人間国宝だっつうのに
芸だけ残して あの世に行っちまう気なのかね
(喜久雄)喜久雄です
失礼します
(万菊)ここにゃ…
美しいもんが 1つもないだろ
なんだか ―
ホッとすんのよ
“もう いいんだよ”って ―
やっと誰かに 言ってもらったみたいでさ
あなた
どこにいたんですよ
踊ってごらん
私には分かるんだ
(拍手)
(柝の音)
(囃子方)いよっ よ~っ
(柝の音)
(鳴物の演奏)
(拍手)
(拍手)
(俊介)ハア…
(喜久雄の荒い息)
(俊介)ハア… 喜久ちゃん 息 上がっとるで
(喜久雄)アホ抜かせ お前もや
(俊介)フフッ
(鳴物の演奏)
(俊介)うっ あっ うああっ
(喜久雄)おい おお…
俊ぼん どないしたん おい!
(俊介)ううっ… (源吉)俊ぼん 立てるか?
(俊介)ああっ!
(後見)旦那!
(源吉)おう 幕! (喜久雄)俊ぼん
(源吉)おい 早う!
(後見)旦那 (源吉)立てるか?
(源吉)しっかりせえ
(後見) 旦那 しっかりしてください
(源吉)もうちょいや
(ドアの開閉音)
(足音)
(俊介)おお~ 喜久ちゃん 来てくれたんか
(喜久雄)おい 足…
(俊介)ああ
ほい
壊死 えし しとるんやて
糖尿のせいらしい
膝から下 切らなならんらしいわ
(春江)ちょっと見 捻挫したぐらいの色やんな
(俊介)せやから俺も ずっと ほっといてしもてん
(春江)なあ 喜久ちゃん
ほかの病院 連れてったほうがええな
アメリカとか どっかまで行ったら 最先端治療とかあるかもしらんしな
(俊介)先生 言うてたやろ
切る以外ないて
(春江)そやかて ―
足 切るってことやで 分かってんの?
分かっとるわ!
一本足でもやれる役て 何があんのやろ
(喜久雄)あかん
あかんわ
足 切るなんてあかん
(俊介) あかんもなんも…
早う切らんと 膝下どころや 済まんようになるそうや
(幸子)俊ぼん
(ラジカセ:唄方) ♪ 紫 深き
♪ 水道の 水に
♪ 染めて
(喜久雄)やめ
(ラジカセを止める音)
(喜久雄)なんで もっと丁寧にできんのかいな
もっぺん回ってみい
そこ
脳天 死んどる 天 見て
こっから降りてみい
そう もっかい
(喜久雄)うん そや (俊介)おう
(喜久雄)おう
(俊介)一豊 ちょっと 喜久ちゃんと話 させてんか
(大垣一豊)はい
(一豊)ありがとうございました (喜久雄)ありがとうございました
(源吉)お疲れさんでした
よっこいしょ 俊ぼん ここ使い
(俊介)おう
どや?
(源吉)お疲れさんでした (喜久雄)義足の具合
(俊介)おう
見てのとおりや
さすがに もう 元どおりにはならへんで
どや? 一豊は
見てのとおりや
(俊介) 女形には向いてへんのやろか
海のものとも山のものともやな
(俊介)バスケ部やて
ケガしたら 舞台に穴あくから辞めろ言うても ―
ひとっつも聞かへんねん
学校 終わったら 飛んで帰って稽古したもんやけどな
寄り道すると お父ちゃんにビンタされたわな
(喜久雄)棒で ぶたれたわ (俊介)ハハッ
(俊介)ホンマ むちゃくちゃやで
俺な
もっぺん 舞台 立ちたい思てんねん
無理は禁物 言うやろ
焦ったらあかん
(俊介)あかんか?
こっちの足にも壊死 出たら 切らなあかん
切らんと死ぬんやて
俺…
「曽根崎」のお初やりたい
ああ 当てつけやないで
あんときのおかげで 今の俺があんねん
そんなら 俺が徳兵衛やるわ
(俊介)ホンマか
(喜久雄)ホンマや
(俊介)ありがとうな
(俊介)この上は徳様も ―
死なねばならぬ品なるが ―
死ぬる覚悟が…
(床を突く音)
(俊介)聞きたい
(太夫) ♪ 独言に
♪ なぞらへて
(踏み鳴らす音)
(太夫) ♪ 足で問へば
♪ 打ちうなづき
♪ 足首取って
♪ 咽喉笛 撫で
♪ 自害するぞと知らせける
(俊介)そのはず!
その… はず
いつまで生きても同じこと
死んで恥を ―
すすがいでは
徳様と離れて ―
片ときも生きていようか
どうで ―
徳様 死ぬる覚悟
わしも一緒に ―
死ぬるぞいの
(太夫) ♪ 足にて
♪ つけば 縁の下には
♪ 足を取って推しいただき
♪ 膝に抱きつき
♪ こがれ泣き
♪ 女も
♪ 色に包みかね
(俊介) 俺な
こんな姿やろ
せやけど この姿を見せもんにしとうないねん
(喜久雄)客が見るのは この足や
俺は この姿でやりたい
俺にしかできん お初を やりたいねん
あっこから いっつも何かが見とるな
なんやろな
(太夫) ♪ 二人続いてつつと出(い)で
♪ 顔を見あわせアア 嬉 うれ しと
♪ 死にゆく身を喜びし哀れさ
♪ 辛さ あさましさ
♪ 跡に火打の石の火の
♪ 命の
♪ 末こそ
(俊介)ああっ
(俊介の荒い息)
あっ
(太夫) ♪ 短けれ
(拍手)
(俊介)ああっ
(源吉)俊ぼん 大丈夫か?
(竹野)旦那
三代目 ここまでに
(喜久雄)最後までやる
やれるわな
当たり前やろ
誰に もの言うてんねん
(俊介) いつまで言うても かえらぬこと
はや はや 殺して
殺して!
サァ! サァ サァ サァ
サァ
サァ!
(太夫) ♪ 心得たりと
♪ 脇差 わきざし するりと抜き放ち
(喜久雄)サァ
ただ今ぞ!
(太夫) ♪ なんまいだ
(竹野) あんなふうには生きれねえよな
救急車 呼んどけ
(松浪)はい
(太夫) ♪ なんまいだ
(俊介)サァ
(喜久雄)くっ…
(太夫) ♪ 貴賤群衆(きせんくんじゅ)の
♪ 回向の種
♪ 恋の手本と
♪ なりにけり
(拍手)
(俊介の荒い息)
立て 俊ぼん
立たな
立たな… 代役たつで
(俊介)ああ… ハア…
(記者) 花井半弥が他界して16年
本日より いよいよ 花井半弥 改め ―
五代目 花井白虎の追善公演が 初日を迎えます
苦楽を共にした ―
いわば盟友との別れから 16 年たった今年 ―
このタイミングでの 人間国宝への選出
そして その国宝認定後 ―
最初の演目が 三代目 花井半二郎の 代名詞である「鷺娘」
今回 異例の早さで 人間国宝に認定されました
まさに順風満帆
常にスポットライトを 浴びてこられた役者人生でしたが ―
今のお気持ちを お聞かせください
(シャッター音)
(喜久雄)はい
ただ ただ 皆様のおかげです
感謝の言葉しかありません
(記者) 女形を極められた三代目は ―
この先 どこへ 向かわれるのでしょうか?
(シャッター音)
(喜久雄)なんや…
ずっと探してるものがありまして
(記者)はあ
景色… なんですけど
景色?
どんな?
うまいこと言えまへんわ
(カメラマン) では お写真 何枚か頂きます
こちらにお願いします
こちらに目線 お願いできますか
(シャッター音)
(カメラマン) すいません 失礼します
(シャッター音)
(カメラマン) 藤駒という女性を覚えてますか?
祇園の芸妓です
(喜久雄) 忘れてへんよ
綾乃
(綾乃) あなたのこと―
父親や思うたこと いっぺんもありません
自分が舞台で拍手もらうために ―
どれだけの人が傷ついて 泣いてきた思てるん?
あなたが ここに たどり着くまでに ―
どれだけの人を 犠牲にしたと思うてるん?
(綾乃)悪魔はんに感謝やな
(シャッター音)
(喜久雄)はい
(唄方) ♪ わが
♪ 心
(拍手)
(唄方) ♪ 吹けども
♪ 傘に
♪ 雪もって
(綾乃) けどな
うち…
舞台の花井半二郎 見るたび ―
なんや お正月 迎えたような ―
ええこと起こりそうな
なんもかんも忘れて ―
こっち おいでって ―
誘われるような
見たこともないとこ ―
連れてかれるような ―
そんな気持ちになって…
気い付いたら 目いっぱい拍手してた
(唄方) ♪ 可愛(かわい)らし
お父ちゃん
ホンマに ―
日本一の歌舞伎役者に ならはったね
(囃子方) いよ~っ
(鳴物の演奏)
(囃子方)よ~っ
(唄方) ♪ 濡(ぬ)れて
♪ 雫 しずく と
♪ 消ゆるもの
(拍手)
(拍手)
(唄方) ♪ 罪を糺(ただ)して
♪ 閻王 えんおう の鉄杖まさに
♪ ありありと
(拍手)
(三味線の演奏)
(拍手)
(喜久雄)きれいやなあ
♪~
~♪
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