All language subtitles for Kagemusha Tokugawa Ieyasu 1

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Original subtitles

<美濃 関ヶ原において➡

天下分け目の大戦が 始まろうとしていた。

太閤 豊臣秀吉の死後➡

着々と権力を強めてきた 徳川家康に対して➡

石田三成が反旗を翻し➡

豊臣家の復権を賭けて 戦を挑んだのである>

< この日 徳川家康の本陣には➡

まったく同じ顔をした 二人の男が鎮座していた。

一人は家康>

< いま一人は その影武者である>

(銃声)

(馬の いななき)

(銃声)

撃て!

<合戦の火蓋が切られたのは 午前八時のことである>

宇喜多様の ご陣のようです。

うん。

ふふ 今日の戦 我らの勝ちは疑いもない。

何ゆえでござる。

徳川秀忠率いる三万八千の軍勢は この戦に間に合わぬ。

信州上田の 真田勢に食い止められて➡

いまだ岐阜にも 着いておらぬそうだ。

されば 敵の兵力は八万 味方は十二万➡

敗れることなどありえぬ。

はははは。

しかし 思うとおりにいかぬのが 戦の常でござる。

♬~

⦅六郎 お前の命 わしにくれぬか。

命を?

味方は総勢十二万の大軍だが➡

我が身を捨てて戦うのは 恐らく そのうちの三万。

三万?

あとは戦の成り行きしだいで どう転ぶか知れぬ。

それでは 明日の戦は➡

負けと決まったようなものでは ございませぬか。

しかし それを勝ちに転ずる 手立てが 一つだけある。

どのような?

家康公のお命を頂戴する。

よいか 六郎。 福島 黒田といった敵の諸将は➡

徳川内府殿という扇の要一つで まとまっているのだ。

その要が失せればどうなる。

とはいえ 内府殿に近づくだけでも なまなかなことでは。

なればこそ 忍びの技を持つ おぬしに頼んでいるのだ。

六郎➡

内府殿と刺し違えてくれるか⦆

はっ。

<戦いの序盤は 石田三成率いる 西軍が優位の形勢であった>

井伊兵部少輔様ご同勢 内藤修理様 討ち死にに!

うん。

水野左衛門尉様 討ち死に!

(舌打ち)

♬~

申し上げます。 大須賀隼人様 討ち死に!

《家康は どちらが本物の家康だ!?》

《どちらが本物の家康だ!?》

申し上げます。 堀田帯刀様 討ち死に!

《本物の家康は… どちらだ!?》

陣を進める。 仕度をさせい。

(一同)はっ。

馬引けい!

《どちらが本物だ!?》

馬は まだか!

⦅内府殿は いら立つと 爪を噛む癖がある⦆

まだか!

♬~

(うめき声)

はっ。

♬~

影を中へ。

はっ。

方々 ご安心召され。

討たれたのは影 大殿様は ご無事でおわす。

(一同)おぉ。

(歓声)

内府殿 討ち死に!

内府殿が討ち死になされた!

内府殿 討ち死に!

徳川内府殿が たった今 討ち死になされた!

何と!?

お味方に さようお伝えくだされ。

あっ 五の旗印 うぬは徳川の…。

待て 勘違いするな。

申し上げます。

只今 徳川内府殿が 討ち死になされたとの報せが!

まことか。 はっ。

この上もない吉報。 急ぎ 殿にお伝えよ。

はっ。

六郎め やりおったな。

(馬が走る蹄の音)

忠勝様。

二郎三郎か。 はい。

大殿は!?

大殿… 大殿…。

すでに大殿が討ち死にされた という噂は広まっている。

討たれたのは影だと 側の者には 取り繕っておきましたが。

では はっきりと 事の真相を存じているのは➡

二郎三郎と その方だけか。

いえ 他に馬の口取りが二人。

その二人を連れてまいれ。 はっ。

とにかく 今は何としても➡

大殿に死んで いただくわけにはいかぬ。

しかし 現に大殿は冷とうなって ここに横たわっておられます。

いや 大殿は死んではおられぬ。

わしの目の前に生きておわす。

何を仰せになられます。

二郎三郎。

おぬしには このまま 芝居を続けてもらわねばならぬ。

さような… 畏れ多いこと 通用するわけがござりません。

やらねば 小早川 吉川といった 日和見を決め込んでいる連中が➡

一斉に敵になびく。 戦は大敗だ。

出来ぬと申すか。

この者たちでございます。

♬~

< その頃 徳川内府討ち死にの報せは➡

松尾山に陣取った➡

金吾中納言 小早川秀秋の耳にも 届いていた>

内府殿は死んでおられるのか 生きておられるのか➡

どっちなのだ!? それがまだ どちらとも。

はきとせい はきと! 討たれたのは➡

影武者じゃとの 噂もござりますれば。

その方 顔を見てまいれ。 は?

内府殿が生きてるかどうか。 しかし 某は よくお顔を…。

ならば よく見知ってる者を 遣いいたせ。 ぐずぐずするな。

はっ。

< この金吾中納言は 豊臣秀吉の 甥という立場でありながら➡

徳川家に内通していた。

そして この十九歳の若者が 約束どおり寝返るかどうかに➡

徳川家の命運は かかっていたのである>

二郎三郎 大丈夫か?

本陣を進めて 大殿ここにありと 示せねばならんのだぞ。

わかっております。 わかっておりまするが➡

足が震えて まともに歩けますかどうか。

案ずることはない。 歩かんでも馬に乗ってれば➡

勝手に運んでくれるわ。

申し上げます。 どうした!?

小早川の使者が 大殿様に お目通りを願いたいと。

使者は誰だ!? 馬場兼正。

兼次の兄弟にございます。

探りを入れに来おったな。

家康様。

お会いになられまするか?

助左衛門。

♬~

御用の向きを申されよ。

はっ。 内府様のお身の上に➡

一大事が出来したとの風聞を 耳にいたしましたれば➡

お見舞いに参上仕りました。

見舞いとは… ふふ 畏れ入る。

内府様は このとおり 傷一つ負うてはおらぬ。

それは それとして➡

当家に味方するという約定は どうなっているのだ!?

反故になさるおつもりか!?

いや 戦には 潮目というものがござれば➡

その時が来るのを待って…。 言い訳をする暇があらば➡

早々に ご陣を進められ 巧名手柄の一つもお立てなされ!

主 中納言に➡

お言葉 賜りとうございます。

たわけ!

金吾中納言に そう伝え。

よいな!

見破られましたかな。

いや… そうと決まったわけではあるまい。

いや… 間違いなく見破られた。

もし そうであれば➡

小早川の軍勢は おっつけ ここに攻めてくるぞ。

小早川… 攻めてくる?

小早川が攻めてくる…。

あの… 金吾中納言 小早川秀秋が攻めてくる?

(銃声)

鉄砲をくらわせ。

鉄砲? うん。

小早川にか? そうじゃ。

小早川が攻めてくるのを➡

ただ黙って 待つわけにはいかん。

しかし… それでは かえって 小早川をあおることに。

さにあらず。

金吾中納言 小早川秀秋 無類の臆病者と聞く。

鉄砲をくらわせ 尻をたたけば➡

慌てて 味方につくやもしれん。

そう うまくいくかどうか…。

いや… 大殿ならば➡

必ずや そうなされた。

間違いなく そうなされた。

忠勝。 はっ。

鉄砲をくらわせ。

鉄砲頭の孫兵衛を呼べ。 はっ!

どうじゃ。 内府殿のお顔 しかと拝んでまいったか。

はっ。 しわの一つひとつまで つぶさに。

して いかがであった?

紛れもない 本物でございました。 まことか。

いや… あれは紛れもなく偽物。

どっちじゃ!

あそこまで似せた偽物が あろうはずはない。

確かに 顔は同じだが 腹の中は まるで違うていた。

どういうことじゃ。 顔に 汗を。

汗くらい 誰でもかくわ。

ただの汗ではない。 あれは冷や汗よ。

いかに平静を装うとも 汗までは抑えられぬ。

ということは やはり 内府殿は討ち死にを…。

(銃声)

何事じゃ! じゅ… 銃声でござりまする!

そんなことは わかっておるわ!

何者の仕業かと 聞いておるのじゃ!

旗を前に出せ!

(銃声)

金吾中納言… たまげておりましょうな。

忠勝様。

松尾山に 兵を進めましょうか。

小早川を攻めるのか。 いや 素振りだけです。

なるほど。

さすがは 大殿の影武者。

おぬし 意地が悪い。

徳川じゃの。

殿!

どこの鉄砲隊だ!? と… 徳川でござります!

なんだと!?

(銃声)

偽者だと!?

その方の目は あてにならん!

偽物に かような真似ができるか! 申し上げます!

徳川の軍勢が 押し寄せてまいりました。

内府殿は わしを殺す気か…。

兵を進める。 進め! (一同)はっ。

しかし どちらを攻めますので?

馬鹿。 石田に決まっておるではないか!

急げ! 急げ!

早く行け! 早く!

< この瞬間 関ヶ原の勝敗は決した。

一万五千の小早川の軍勢は 突如として➡

味方であるはずの 大谷刑部の一隊に襲いかかり➡

石田三成率いる西軍を➡

一気に 壊滅させたのである>

味方は総崩れ。

敵はこぞって 殿のお首をかきに 押し寄せてまいりまするぞ。

無念だ。 お逃げくだされ。

お早く。

某は 踏みとどまり 敵をけちらしまする。

左近。 死んではならぬぞ。

人は 一度は死ぬものぞ!

逃げるな! 戦って死ね!

応えてやらぬか。

(一同)えい えい おぉ! えい えい おぉ!

左近様!

左近様!

左近様。

左近様!

ここはよい。 下がっておれ。

(二人)はっ。

こら 気を抜くな。 人が来たら どうする。

もう疲れた。 しばらく休ませてくれ。

そんな暇があるか。 おい。

おっつけ諸侯が 祝いを述べに やってくる。

おぬしは大殿として それに応えてやらねばならぬのだ。

無理を言うな。

何が無理だ。

大殿が おわしたからこそ わしも影が務まった。

大殿みまかりし 今➡

面と向かって 人としゃべることなど➡

できようはずも ないわ。

そこは その… 何とかして うまく この…。

勝手を申すな。 おい おい。

こら 待たんか。

何を騒いでおる。

こやつめ 諸侯と対面するのは 嫌じゃと申すのです。

戦は終わり申した。 おいとまをいただきたい。

そうはいかん。

今しばらく 大殿でいてもらわねば➡

せっかくの勝ち戦が ふいになる。

なんと言われようと できぬものは できぬ。

こら 待て…。 乗りかかった船ではないか。

乗りたくて乗った船ではないわ。

わしは降りると言ったら 降りる。

いや 降ろさぬ。

福島左衛門大夫殿。

本日のご勝利 祝着この上も ござらぬ。

それも そこ許の働き 抜群なるがゆえ。

この家康 生涯 忘れませぬぞ。

身に余る お言葉。

それにしても 実に危ういところでござった。

あ 危うい? 何がじゃ?

合戦の最中に➡

内府殿 討ち死にとの報せが。

あぁ… そのことでござったか。

いやぁ あのときは さすがの某も➡

もはや 戦もこれまでかと たっぷり 冷や汗をかき申した。

それは 我らも同様でござる。

わしは 今でも 冷や汗をかいておる。

またまた さようなざれ言を。

(笑い声)

黒田甲斐守殿。

浅野左京大夫殿。

細川越中守殿。

申し上げます。

どうしたのだ。

忠吉様が お着きなされた。 ご子息が…。

しかも 直政も一緒だ。 なに!?

<井伊直政は 家康の腹心であり➡

影武者 二郎三郎のことを➡

最もよく知る者の 一人であった。

また 直政は 家康の四男 忠吉とは➡

娘をめあわせたことで 義理の親子という関係にあった>

殿 お喜びくだされ。 どうした。

忠吉様が見事 敵の兜首を 討ち取られましたぞ。

それは それは。

それは すべてが お手前の手厚い後見あってのこと。

さよう。

直政。 その腕の傷はどうした?

あぁ 敵を深追いして 不覚にも鉄砲傷を。

鉄砲傷… いやぁ それはいかん。 大事にせねばのう。

薬を持ってくるようにと 殿の仰せだ。

そうじゃ そうじゃ。 薬じゃ 薬を持て。 はっ。

助左衛門 薬を持て。 はっ 只今!

殿 もったいのうござる。

よい よい。 殿。

もったいのうござる。 いや… だから よいて。

よいて よいて!

< その頃 戦に遅れた徳川秀忠は➡

未だ 行軍の途上にあった>

そうか。 大殿はお勝ちなされたか。

はっ。 比類もなき 大勝利でございます。

ふっふ さすが大殿じゃ。

よもや 負けはせぬと思うてはいたが。

父上は何か 仰せであったか?

何かと おっしゃいますと?

戦に遅れて さぞや お怒りに…。

もう よい。 吉報を皆に伝えてまいれ。

ははっ。

ご懸念は ひとまず置いて➡

今宵は皆の者に 祝い酒でも。

さような気分になれるか。

<一方 美濃赤坂の陣屋では➡

側室 お梶の方が➡

家康のもとへ 出発しようとしていた>

お待ちください お梶様。

なぜ 会いに行ってはならぬのです。

いや あの…。 殿様が そう仰せになられたのか。

いや それは…。 では まいってもよいのじゃな。

それは困ります。

どうも 妙じゃ。

何か 殿様に会わせとうない 訳でもあるのか?

いえ… 訳など何も。

まさか お怪我でもなされたのでは?

いや… お体は いたって。

ならば 今頃は会いとうて うずうずなされているはず。

いや…。 それが 殿様の性分ですもの。

勝ち戦のあとでは とてものこと 女子なしでは…。

そうであろう? いや あの…。

あ お梶様。 お待ちください お梶様!

<関ヶ原から五日後➡

影武者 家康は➡

近江の国 大津城に入城していた>

なに? お梶様が ここに まいられると? はっ。

そうさせぬために その方を 遣わしたのではないか。

いや しかし縄をかけてつないで おくわけにもまいりません。

助左衛門 この役立たず。

なんだと? 影の分際で生意気な。 こら。

大殿様を殴るやつがあるか。 馬鹿。

で お梶様はいつ まいられる?

それが すでにご到着に。

どうすればよい?

会うしかあるまい。 しかし会えば すぐに偽物だと…。

あぁ…。 とにかくやってみるしかない。

しかし あの大殿様ご寵愛の お梶様を わしなどが…。

さような遠慮はいらぬ。 いや 遠慮はいらぬと言われても➡

そうたやすくは…。 あぁ…。

こたびの勝ち戦 おめでとう存じまする。

うむ。

吉報を聞いて お顔見たさに とんで来てしまいました。

あぁ そのまま そのまま。

あの かように離れていては お話がしにくうございます。

そうか? わしは別段…。

わしは戦場より急ぎ戻ったゆえ まだ湯あみもしておらん。

いささか におうぞ。

湯あみもまだ しておらぬというのに。

なぜお逃げになるのです? 殿。

なぜ私をお避けになるのです?

避けてはおらぬ。 ただ 今日のそなたは➡

あまりにも美しすぎる。

近寄りがたいほど美しすぎる。

ゆえに…。

そなたは何者じゃ?

殿様は女子のことを決して 美しいなどとおっしゃいませぬ。

そなた 何者じゃ?

申し訳ございません。

某 世良田二郎三郎と 申す者にござりまする。

世良田?

その男は大殿様の影武者でござる。

影武者?

申し上げまする。

大殿 徳川家康様は➡

関ヶ原にて討ち死になさいました。

中納言 秀忠様が ご到着になられました。

なんと。

お梶様 この場はひとまず。

父上 お許しください。

大事の戦に遅れ 本来ならば➡

死んでお詫びを申し上げる ところでございますが➡

何とぞ ご容赦を。

殿 罪は中納言様お一人に あるのではござらん。

死ねと仰せであれば まずは 某から。

今更 腹を切ったところで 申し訳は立たぬ。

中納言様に向かって 言葉が過ぎよう。

殿も同じお考えでございますか?

申し訳ございません。

大殿 徳川家康様は ここにはおわしません。

関ヶ原にて命を落とされた。

おぬし 二郎三郎か?

その方 殿のお側にいながら 何をしておったのだ?

申し訳ございません。 身代わりとなって死ぬのが➡

影武者の役目であろう。 御意。

申し訳ございません。

二郎三郎。 はい。 そこへ直れ。

ははっ。

関ヶ原の勝ち戦は ひとえに 二郎三郎の働きのおかげ。

それを むざと死なせるわけには まいらぬ。 どけ。

どかぬ。

どかぬと重ねて叩っ斬るぞ。

落ち着くのだ。 康政。

影武者だと?

某に薬をくだされたのも…。

二郎三郎だ。 おのれ 人をこけにしおって。

いかに不測の事態とはいえ➡

ひと言相談があって しかるべきではないか。

しかしな 知る者が多ければ それだけ秘密は漏れやすくなる。

忠勝 わしはさほどに 口の軽い男か。

落ち着け。 忠勝も悪気があって したことではない。

だとしても許せぬ。 わしのことはよいとしても➡

何ゆえ 忠吉様にまで 内密にせねばならんのだ。

忠吉はまだ二十一。 思慮も浅い。

歳はお若くとも 関ヶ原では見事お手柄を。

そんな手柄など なにほどであろう。

なんと仰せか。 戦に遅れた身で➡

人の功名をとやこう言えた 義理でもござるまいに。

直政 無礼であろう。

大殿亡き今 中納言様はすでに 我らが御主君なるぞ。

主君だと? この際だから はっきり申しておくが➡

わしは 忠吉様こそ お世継ぎに ふさわしいお方と見ておる。

なにを勝手なことを。 まあ聞け 康政。

大殿が命を落とされたのも➡

そもそもは中納言様が 戦に遅れたためではないか。

さようなお方に お家を継ぐ資格があろうか?

今はお世継ぎのことを うんぬん言ってる時ではない。

大事なのは この事態を いかにして収めるかだ。

助左衛門 これからどうなる?

わからん。

無礼者めが。

わしに向かって わからんとは何事か。

はっ。

我らをどうするつもりでしょう?

殺すつもりでしょうか?

いや…。 そこまでのことは…。

いずれにせよ この世良田二郎三郎➡

お梶様を命に代えましても…。

守ってくださいますか?

そのつもりではおりまする。

頼もしいお返事ですこと。

まあ この体にござりまする。

お梶様の刀よけくらいには なろうかと。

せいぜい頼りにいたしましょう。 はい。

助左衛門。 はっ。

腹減ったぞ。 は… はぁ。

飯じゃ。 飯をもて。

やはり しばらくは 今のままいくしかあるまい。

というと 引き続き 二郎三郎を大殿として?

しかし あやつに そのような大役が務まるか?

あの男 案外 腹の据わったところがある。

しかも わしや康政でさえ 見分けがつかぬほど➡

大殿に似ている。 その点は認めざるをえぬが。

だが さような姑息な策をろうして もし露見すれば➡

取り返しがつくまい。 では他に どのような手立てがございますか。

大殿の死を公にして 中納言様が跡を継がれますか?

戦に大勝した後なればそれにても。

いや 勝ったとは申せ➡

毛利 島津 上杉の処分は まだまだこれからでござる。

それに 福島 黒田といった もともと豊臣家に属する諸侯が➡

こちらの味方についたのは➡

あくまでも 大殿の力を恐れてのこと。

心の底では今は亡き太閤殿下の 御子 秀頼様への➡

忠誠心を抱いていよう。

今ここで武威も人望もない 中納言様を立てたところで➡

とてものこと 大殿のようにはまいるまい。

それどころか いったんは 味方についた諸侯も➡

掌を返したように 一斉に 豊臣方へなびくに違いない。

となると 取るべき道はひとつ。

二郎三郎に大殿を 演じてもらうしかあるまい。

その方らは わしを なんと思うているのだ。

御主君と仰いでおりまする。

ぬけぬけと。

それならば このわしを差し置いて 影武者ごときに➡

お家の命運を 託すということがあるか。

もはや決まったことでござる。

わしは父上の影にも劣るのか。

その方らは皆 そう思うているのか。

大殿は さほど偉大であられたのです。

おのれ。

何者だ?

中納言様のお味方でございます。

その方 いつからここに。

今の話を聞いてたな。

内府様討ち死にの風聞が まことであったとは➡

驚きましてございます。

中納言様は尋常ならざる野心を お持ちのようでございますな。

その野心 叶えて差し上げましょう。

その方 名は?

柳生宗矩と申しまする。

まずは ひとつ。 その前に➡

この後 わしたちを どうするつもりか➡

聞いておきたい。 ああ そのことだがな➡

おぬしにはこのまま 大殿の代わりを続けてもらうと➡

いうことで 衆議は一決した。

飯も食わさず 人を閉じ込めておいて➡

一決したもないもんじゃ。 まあ そう言わずに➡

快く引き受けてもらいたい。

勝手をいうな。 頼む。 このとおりだ。

強情を言うと お互いのためにならぬ。

ためにならぬとは どういう意味です?

ただでは済まぬということです。

もはや 後戻りできぬほど➡

お二人とも知りすぎて おられますからな。

二人? いや 大殿の影であったわしはわかる。

じゃが お梶様まで 手にかけようというのか?

そこは おぬしの返答しだい。

汚いぞ 弥八郎。

何とでも言え。

わかった 役目を引き受けよう。

じゃが わしはあくまで 世良田二郎三郎。

魂までは売り渡さぬぞ。

何でも言うことをきくと思ったら 大間違いぞ。

本多弥八郎正信 注げ。

(笑い声)

はっ。

さあ お梶殿にもまいろう。

お二人はずいぶんと 親しげでありますな。

弥八郎とは 古いつきあいにござりまする。

ははは… 某 若い頃 三河で一向一揆に加わり➡

大殿より国を追われ➡

諸国を放浪していた時分が ございまして➡

その折に知り合ったのです。

二郎三郎殿は その頃から 殿様に似ておられたのか?

あぁ…。

さよう。 似ているうえに➡

鉄砲の名人でしてな。

鉄砲の?

殊に 伊勢長島と 石山本願寺の合戦では➡

一向宗の一揆勢に味方して➡

織田方の大将を 一人で何人も撃ちとめるほどの➡

目覚ましい働きを。

さような勇ましい方とも知らず➡

先ほどは 失礼を申しました。

いや 弥八郎の話は大仰でいかん。

大仰なものか。

わしは そんな大層な人間ではないぞ。

何を言うか。 信長を撃ったほどの男が。

信長様を?

いや 埒もない昔話にござりまする。

いやいや 自分で注ぐ。

あぁ うまい。

いかがなされました? 何か御用でも?

先ほどの続きを 聞きにまいりました。

続き?

信長様を撃ったという。 本当でございますか?

あ… その話は ご勘弁願いたい。

なぜです?

私は 戦は嫌いです。

そう。

私は好き。 男に生まれていれば➡

きっと名のある大将に なっていたことでしょう。

勇ましい。

でも 戦が嫌いなら なぜ一揆に加勢など?

そうせずには おられませんでした。

そなたは 一向宗の門徒なのですか?

そうではありません。

しかし若い頃は 偉そうにしている人間を見ると➡

誰であろうと 妙に刃向かいたくなりました。

父母の顔を知らず 幼き頃より➡

ささら者の おばばに育てられました。

そのせいでしょうか。

ささら者とは 何です?

旅芸者のようなものに ござりまする。

(歌声)

祭りの日など 竹のささらを鳴らしながら➡

説経節を語ったり 流行り歌をうたったりして➡

諸国を渡り歩きまする。

物心ついたときから➡

そんな暮らしを してまいりましたので➡

普通の生き方ができず➡

おばばが亡くなったあとも➡

坊主に拾われたり 野武士に身を投じたりして➡

ずっと道々の者の中で 育ってまいりました。

道々の者とは?

家も土地も持たず 世の決め事にもとらわれず➡

旅から旅へ 風のように自由気ままに生きる➡

輩のことにござりまする。

風のように? はい。

そのように 生きてまいったせいでしょうか。

武士の支配にあらがい➡

自由を求めて戦う 一揆勢を見ると➡

何やら 血が騒ぎましてな。

戦いの向こうに 人々が仕合わせよく生きられる➡

そんな天地が広がってくるような 気がいたしましてな。

お顔は殿様に生き写しでも➡

心の中は似もつかぬ別人。

そなたは昼間 私のことを 美しいと申しましたな。

はい。 我が気持 正直に申しました。

分をわきまえず ご無礼をいたしました。

謝らずともよい。

あのようなことを言われて 私も嬉しかった。

(咳払い)

なれど 本物の殿様ならば 決して口にはせぬことです。

ですから 私に向かって➡

二度と美しいなどと 申してはなりませぬ。

いや それは なかなか 難しゅうござります。

私は そなたを教育するよう➡

弥八郎殿から 申しつかっているのです。

お梶様 それはなりませぬ。

今より お梶と 呼び捨てになさらねばなりませぬ。

さあ お殿様 どうぞこちらへ。

♬~

まだ なりませぬ。 回りの遅い毒もござりますれば。

障りはないか?

ないな。

(お腹が鳴る音)

厠じゃ。 ついて来んでもよい。

(小姓たち)はっ。

一人でできる。

(小姓たち)はっ。

♬~

もうよい。

どうなさいました?

どこへ行くにも➡

人が ぞろぞろついてくる。

当たり前ではございませぬか 殿様ですもの。

いや しかし 窮屈でかなわん。

すまんが しばしここで 休ませてもらいたい。

なりませぬ。 頼む。

くつろげるのは そなたの側だけじゃ。 のう。

しようのないお方。

ささ。

< その頃 京都では…>

<九死に一生を得た島左近が➡

知るべの商家に匿われ 負傷した体を癒やしていた>

六郎です。 うん。

どうした?

石田様が 捕らえられたそうでございます。

なんでも 百姓の姿に身をやつし➡

江州 古橋村の山中で 岩穴に潜んでおられたとか。

お痛わしい。

卑怯者めが。

追捕の目を逃れんがために 古衣を着て➡

草刈り鎌まで 差しておったそうじゃ。

よほどに命が惜しかったようだな。

(笑い声)

腰抜けめ。 生き恥をさらしおって。

治部少輔殿に わしが?

なんで わしが 会わねばならんのじゃ?

なんでも くそもあるか。 敵の大将を捕まえたら➡

引っ張り出して実検するのは 当然のことだ。

じゃが 見破られたらどうする。

思い悩むことはない。

なあ 何も会わずとも➡

会ったことにして済ませれば よいではないか。

それはならぬ。

こそこそすれば かえって世間に疑われる。

諸侯列座の前で 堂々と対面せねばならぬ。

わしと忠勝がついている。

おぬしは黙って どんと構えておればよい。

こんなこと続けておっては わしは やっていけぬぞ。

本多正純様が参られました。

忘れたのか? わしの倅だ。

あぁ おぬしの。

治部少輔の身柄は ひとまず この正純に預けてございます。

さようか。 大儀である。

対面の日取りは 決まりましてございますか?

あ あぁ。

明日。

明日は… 明日は無理じゃ。

では 明後日。

明後日。

よきに計らえ。 はっ。

治部少輔殿。

軽々しく戦を起こし 天下に大乱を招いたこと➡

何と心得られるか。

内府様に対し弓を引き➡

縄目の恥辱を受けしは➡

天の罰したもうところである。

さよう さよう。 まさしく天罰じゃ 卑怯者。

(笑い声)

(笑い声)

よくも申されたものかな。

太閤殿下の大恩を受けながら➡

秀頼様を ないがしろにする方々こそ➡

恥を知るべきであろう。

この治部少輔 義をもって起った身なれば➡

恥じるところ微塵もござらぬ。

黙れ 治部少。

義をもって起ったなどと よくも。

さようじゃ。 黙らっしゃい。 言うに事欠いて。

たわけたことを並べおって。 片腹痛いわ。

つらの皮を引きはいでくれよう。 お待ちくだされ。

方々のお怒りは ごもっともでござる。

秀頼公は いまだ御歳七歳の 御幼少におわす。

是非善悪の 分かちもつかぬのをよいことに➡

その御名を用い 旗をあげたことこそ➡

秀頼公をないがしろにする 行為でござろう。

しかも 敗軍の将が 自害もせずに逃げ回るとは➡

見苦しい限りではないか。

その方ごときに何がわかる。

負けて腹を切るのは 葉武者のすること。

将たる者の取る道ではない。

内府殿 某 命あるかぎりは➡

いかにもして 大坂へ落ちのび➡

兵を挙げる所存でござったが➡

運尽きて 虜となり申した。

この上は 身は八つ裂きに されようとも構いませぬ。

が 秀頼様のご後見➡

何とぞ 何とぞ お願い申し上げまする。

治部少輔殿 お心のうち➡

しかと 承った。

皆に告ぐ 治部少輔殿のことを➡

くれぐれも丁重に。

ははっ。

内府殿のなさりよう➡

さすが 日本一の弓取り。

おおっ さすがじゃの。 治部少は 幸せ者じゃ。

内府殿は 日本一でござる。

治部少輔殿 何か申したいことでも?

今更 申したとて➡

もはや 言い甲斐もなきことでござる。

秀頼様のことのみ➡

重ねて お願い申し上げまする。

< この数日後>

どけ。 どかんか。 下がれ 下がれ。

<石田三成は 京の市中を引き回され➡

六条河原の刑場へ 引き出されようとしていた>

下がっておれ。

すまぬが 湯を一杯 所望したい。

おろせ。

湯はない 代わりにこれを。

せっかくだが 柿は痰の毒だ。 体に悪い。

首をはねられる者が 体の心配をして何になる。

大義を抱く者は➡

たとえ 首をはねられようとも➡

最後の最後まで➡

決して 望みを捨ててはならぬ。

< これが 主従の永遠の別れであった>

わしが初めてお会いしたとき➡

治部少輔様は まだ四万石という 軽い身分であられたが➡

このわしを ぜひとも 召し抱えたいとおおせられてな。

二万石でどうかと お声をかけられた。

二万石? 所領の半分ではございませんか。

そうだ。

主と家来が同じ禄などという 馬鹿な話は➡

聞いたことがございませぬ。

わしだって そんな話を聞いたのは➡

それ一度っきりだ。

わかるか?

殿とは そういうお方なのだ。

私欲というものが まったくない。

六郎 わしは 治部少輔様の志を継いで➡

秀頼様をお守りせねばならぬ。

手伝ってくれるか?

もう一度 徳川内府のお命を頂戴する。

今の内府は 偽物でござる。

本物は この手で。

確かか?

影武者のほうを 手にかけたということは。

そう言われれば…。

<大津を発った影武者 家康は➡

大坂城の西の丸に入った。

このことは 大坂城を居城とする➡

豊臣秀頼と その生母 淀君にとっては➡

我が家に敵が踏み込んできたにも 等しい出来事であった>

内府殿は この城を 乗っとるおつもりか?

まさか。

ならば なぜ参ったのじゃ?

かのお人は 今も尚➡

この豊臣家の年寄という お立場でござりますれば➡

この城に入ったとて 何の不思議も…。

表向きは そうでも➡

腹の中では何を企んでるか 知れたものではない。

秀頼様に一度➡

目どおりを願いたい とのことでございますが。

(笑い声)

目どおりなど とんでもないことじゃ。

何ぞ 謀でも?

いや 謀などあろうとは とても。

ないと言い切れるのか?

いずれにせよ 急ぐことはない。

様子を見てからのことじゃ。

<同じ頃 西の丸では➡

新たな難問が持ち上がっていた>

側室方が 殿様に ご挨拶をしたいと おいでですが➡

どういたしましょう? ふん…。

<家康には お梶の方の他にも 四人の側室がいた>

何を悩むことがある。

四人とも殺してしまえば よいではないか。

殺す?

他に手立てがあるか?

側室どもと 顔を合わせたりすれば➡

そのほうが偽物であることは 露見せずには済むまい。

いや そうは言うても…。

そこまでせずとも。

どこかへ連れ出して まとめて始末してしまえば➡

誰にもわかりはせぬ。

さような むごいこと➡

断じて許すわけにはまいりませぬ。

誰に向かって ものを言っているのだ。

側室方を何としても 殺すというのであれば➡

この世良田二郎三郎➡

お役目 続けることはできませぬ。

どうなっても知らんぞ。

関ヶ原のご勝利 おめでとう存じまする。

おめでとう存じまする。

うむ。 その方らも➡

気を揉んだことであろう はっはっはっ。

殊に お亀様は たいそう心配を。

お亀 お亀…。

何しろ お亀様は 身ごもっておられますから。

おお…。

お亀 その腹の子は…。

殿様のお子でございまする。

ああ そうよ そうよ はははっ。

大事にせねばのう はははっ。

(笑い声)

ご安心なさいませ この方々には➡

まことのことを明かしてあります。

そのほうが あとで露見するよりは➡

面倒がございませんもの。

私は 阿茶と申します。

こちらから順に お亀様。

お万様 お夏様。

世良田二郎三郎 と申す者にござりまする。

この後 よろしゅう お願い申し上げます。

何なりと 仰せつけを。

ですが 初めに一つだけ➡

お聞き届け願いたいことが。

何でござりましょうか?

今後は お梶様以外の側室とも➡

床を ともにしていただきたいのです。

えっ…。 そうしていただかねば➡

女中たちの不審を招き➡

すべては 中納言様の 知るところとなりましょう。

私たち六人は もはや➡

同じさだめで繋がれているのです。

殿様といえども わがままは許されませぬ。

はぁ…。

私に遠慮はいりませぬ。

今夜から早速。

今夜から?

お万様 よろしくお願いします。

今夜から…。

(咳払い)

ああ… ああ。

(ため息)

おっ…。

今 戻りました。

お梶殿 ゆうべは➡

一睡もできませなんだ。

お梶殿 世良田二郎三郎➡

ゆうべのようなことは➡

つらすぎまする。

何を縫うておいでですか?

羽織を。

おう 羽織を。

夜なべですか?

精が出ますな。

(あくび)

(笑い声)

おお 上達したではないか。

大殿の書き判そのままだ。

いや だいぶ稽古したからのう。

何用だ?

秀頼様が 対面なさるそうだ。

ああ…。

内府殿は いつまで西の丸に 居座るおつもりじゃ?

伏見城の修築がなりますまでは。

さても 気味の悪いことよのう。

巣の中に狐を飼うておるような。

(笑い声)

これまた 狐とは はははっ。

なんと… はははっ。

この家康 狸と呼ばれたことは ござりまするが。

(笑い声)

はぁ まぁ いずれにしろ➡

この家康 他意は露ほどにも ござりませぬ。

亡き太閤様は 無論のこと➡

治部少輔殿からも 秀頼様の御後見➡

くれぐれも頼むと 申しつかっておりまする。

はははは。 賢げな御子じゃ。

はは よい物を進ぜよう。 こちらへ まいられよ。

これでござりまする。

まあ。 これは お梶と申す女子が➡

秀頼様のために 丹精を込めて作った➡

羽織にござりまする。

はははは。

内府殿とも思えぬ気遣いじゃな。 ははは。

まあ まるで あつらえたような。

またとない贈り物じゃ。

お梶殿とやらに 私が礼を申していたと。

はっ しかと申し伝えまする。

それほどに 喜んでいただけたのなら➡

私も夜なべをしたかいが ございました。

はははは。 いやあ それにしても➡

あの秀頼様に羽織の贈り物とは➡

よう気がつかれたものだと 感心いたしました。

私 殿様のまねをしただけです。

ああ この二郎三郎の?

治部少輔様と対面なされたとき➡

殿様は羽織を脱いで 賜われたそうではございませぬか。

ああ あの折の。 いやあ ははは。

いや お梶様。 あなたは たいしたお方じゃ。

たんと褒めてくださいませ。 はい。

さっ どうぞ。 うまい。

秀頼様は いかがでございました?

秀頼様は 女官たちに囲まれて➡

身動き ひとつなさらず➡

ただただ おとなしゅうしておられました。

遊びたいのは盛りの年ごろに。

あれでは 窮屈で たまるまいと思いました。

徳川のお家は あの秀頼様を➡

どうするおつもりでしょうかの。

さあ。 いずれにいたしましても➡

今のまま 大坂城に 置いてはおきますまい。

大坂城に 置いてはおかぬということは➡

生かしてはおかぬということに ござりましょうか。

中納言様が 徳川家をお継ぎになれば➡

必ずや そうなされましょう。

あのがんぜない秀頼様を… むごい。

となれば この世良田二郎三郎➡

取るべき道は ただ一つにござります。

秀頼様のお命を お守りせねばなりません。

そうでござりましょう お梶殿。

秀頼様が殺されれば 豊臣家は亡びます。

豊臣家が亡びれば➡

徳川家康様の影の この私めも 用済みとなりまする。

秀頼様が死ねば➡

徳川家康様の影の この世良田二郎三郎も➡

死にまする。

死にとうはござりませぬ。 今は。

(足音)

(手裏剣が飛ぶ音)

♬~

くせ者を捕らえたそうです。

この者は?

ふうと申しまする。 おお。

身の回りの用心のため➡

私が雇っている者です。

おお わしのことは? 明かしております。

くせ者を いかがいたしましょう。

手燭を。

すまぬが この場を ちょっと外してくれぬか。

その顔 見覚えがあるぞ。

また家康を殺しにきたか。

本物ならば そうするつもりだったが。

誰に頼まれた?

いずれ 豊臣ゆかりの者であろうが。

言いたくなくば それでよい。

助けてやる。 いいのか?

かまわん。

しかし 逃がせば 家康は偽者だと言いふらすぞ。

それはそれでよい。 しかし言うておく。

この家康の影を務める わしは➡

決して 豊臣家を害する者ではない。

そのことなら さっき天井裏で。

聞いておったか。

はは はは。

折角の骨折り 申し訳ないが➡

あの者を逃がしてやってくれ。

はははは わしが 余計なことを命じたばかりに➡

とんだ災難に遭ったな。

しかし その偽家康 なかなかおもしろいやつだ。

一度会ってみたいものだな。

世良田二郎三郎とか 申しておりましたが。

世良田?

存じ寄りの者でございますか。

名前だけは うわさに聞いたことがある。

何者でございます?

信長を撃った男だ。

信長を?

待て! 今日は そなたに 頼みたいことがあって来たのだ。

内府殿に お引き会わせを願いたい。

会って どうしようというのだ。 お身の回りの警固の人数に➡

このわしも 加えてもらいたいのだ。

お前のような腰抜けが 何の役に立つ。

わしは 元は武田の忍びで 名は 甲斐の六郎。

そなたは? 風魔の ふう。

おふう殿か かわいい名だ。

これでもう 仲直りといこう。 よいな?

おふうから聞いた。 わしの身辺を守りたいだと?

はは よう言うの。 ゆうべは このわしを➡

殺しに来たくせに。

まっ それはそれとして。

身辺をお守りしたいとばかりで。

要するに 秀頼様お大事ということで➡

お互い 協力し合おう ということだな。

まさしく。

しかし おぬしは➡

すでに おつかいするお方が おられるであろうに。

ご懸念には およびませぬ。

そのお方は 誰じゃ?

それは 申せませぬが➡

世良田二郎三郎殿には いずれ お目にかかりたいと。

このわしを 知っておられるお方か。

信長を撃った男として。

ああ。

しかし 二十年も昔のことだぞ。

石山本願寺の合戦最中のことと 聞きましたが。

ああ そうじゃ。 この大坂城が出来る前➡

この辺りは 本願寺のとりでがあった。

大勢の門徒たちが そこに籠っておった。

その当時 信長といえば 大層な勢いであったはず。

うん 信長は➡

その門徒衆の女 子供に至るまで 皆殺しにした。

門徒衆は信長を 悪鬼羅刹と思うておった。

そんな恐ろしい男に おぬしは よくもたった一人で。

ははは それが 間違いの元よ。

たった一人で 信長を倒そうなどと。

以来 わしは➡

それまでと同じ生き方は 出来ぬ身となった。

わしは 皆から 鉄砲の名手と もてはやされ➡

英雄になったつもりでおった。

しかし そんな甘い考えは すぐに吹き飛ばされた。

信長を撃とうとした刹那➡

信長が わしを見た。

炎のような目じゃった。

その目と向き合うたとき➡

わしの指は固まり 動かなんだ。

そのとき わしは思い知らされた。

結局のところ 信長こそが英雄で➡

わしは ただの人間にすぎぬと。

それで 影武者に?

ふふ。

六郎 飲め。 ああ。

わしはな 人の影となって生きる 今の自分を➡

ちょうどええと思うておる。

なにもそう 卑下することはあるまい。

結果は どうあれ 門徒衆のために➡

命がけで 信長に立ち向かったのだ。

はははは。 わしを 買いかぶってもらっては困る。

わしは何より 自分の命が惜しいし➡

天下の家康 徳川家康の影武者 となったおかげで➡

お梶という すばらしい女子にも出会うた。

懸想した。

しかし➡

徳川家康の影武者➡

誰にでも出来ることではない。

殊に内府という立場になった 家康の影を務める このわしは➡

その気になれば 天下を動かすことも出来る。

< この年の十一月➡

お亀の方が 無事 男児を出産した>

殿様の御子でございますよ。

はははは。

よう産んでくれました。

< この家康の忘れ形見は 五郎太丸と名づけられた>

おお 硬い。 凝っておられまするな。

はい。

(五郎太丸の泣き声)

泣いておる 泣いておりまするな。

そんなに揺らして…。 おおお。

お返しください。 ほれ ほれ。

ほれほれほれ。

あぁもう 殿様。

どうなさいました?

殿様が 床をお出になったまま お戻りになられぬと言うのです。

どこへ消えてしまわれたのか。

(ため息)

そのように 赤子をお構いなされるのは➡

考えものでございます。

何か 不都合でも ござりましょうか?

本物の殿様は 御子などは 寄せつけぬお方でございました。

皆が不審がりましょう。 なるほど ははは。

お梶 阿茶➡

歳をとってからの子はのう➡

授かった子は そのかわいさも格別じゃ。

今までと違うたとしても➡

この家康 かわいがるのは 道理であろうが あ?

と 大殿ならば 仰せになられたと思いまする。

まぁ。

自分の御子でもございませんのに。

子は 天からの授かりもの。

人の子であろうと 我が子であろうと。

いとしさは 皆同じよ。 のう?

<影武者 家康が 五郎太丸や 側室たちを引き連れて➡

修築なった伏見城に移ったのは 翌年 三月のことである。

一方 江戸へ戻った 大納言 秀忠は➡

自らを軽視する 本多忠勝らの 重臣を身辺から遠ざけ➡

家康の後継者としての地位を 確立しようとしていた>

どうだ? 影武者めは ぬかりなくやっておるか?

今までのところは 申し分なく。

しかし こんなごまかしは 長くは持たぬ。

そうではないか? 弥八郎。

徳川の地位を磐石のものに するためには➡

いつまでも父上の名声に 頼っているわけにはいかぬ。

それに代わる 新たな権威を 手に入れねばならぬ。

新たな権威とは?

すなわち わしが 征夷大将軍になるのだ。

しかし それには 朝廷から綸旨を賜らねば。

その工作を そのほうにやってもらいたい。

綸旨が下れば わしは将軍として 幕府を開く。

さすれば 徳川は武家の頭領。

豊臣は 臣下ということになる。

もし 豊臣家が従わぬときは?

朝廷の名をもって 逆賊として討ち滅ぼす。

上々の策でござる。

そうであろう。

ただし 将軍宣下を受けるのは 大殿➡

すなわち 影武者の 二郎三郎ということに。

馬鹿を言え なんで影武者ごときに。

朝廷が 大殿を差し置いて➡

大納言様に綸旨を賜うことなど ありえませぬ。

では 某は明日にも京へ。

こんな 人を愚弄した話があるか。

わしは いつまで こんなことを 我慢せねばならぬのだ。

焦ることはございませぬ。

影武者が将軍職を受けるのは ただの方便。

すぐに 大納言様のものとなります。

弥八郎 すまんがその話 受けることはできぬ。

できぬとは どういうことだ?

わしは 秀頼様に害をなさぬと➡

治部少輔殿にも 淀様にも約束をした。

いいか おぬしは 将軍の宣下を受けるだけで➡

すぐに 大納言様に 位を譲るのだ。

害をなす暇などあるか。

が 大納言様が 秀頼様に害をなせば➡

位を譲ったわしも同罪じゃ。

ええい 頼む! 朝廷ではすでに➡

綸旨を出すことに 同意しておられる。

それは そっちの都合だ。

なんだと!? なぜ そのように躍起になる?

秀頼様は まだ八つに なったばかりの子供だぞ。

秀頼様は ただの子供ではない。

天下の諸侯の半分を 後ろに従えているのだ。

それにな なんといっても 太閤殿下の御子だ。

将来 どれほどの人物になるか 計り知れぬ。

だから 今のうちに 始末しておこうということか。

いや なにも殺そうとまでは。

勢力さえ削いでしまえば 一大名として存続させることも。

それは おぬしの考えで 大納言様の腹の中は別だ。

あのお方は 欲しいものが 手に入れば➡

必ず このわしを 始末するに違いない。

そんなことは このわしが断じてさせぬ。

それだけは 信じてくれてよい。

やはり 将軍宣下を お受けになるのは➡

得策ではございませぬ。

阿茶殿も そう思うてくれるか。

はい。 ですが 大納言様と あからさまに対立するのも➡

考えものにございます。 うむ。

殿様のみならず 皆にも危害が。

どうか 危ういことは おやめください。

私は 側室に上がってこの方➡

こんなに幸せだったことは ございません。

私も。

皆の気持は ようわかった。

よろしゅうございました。

あんまりはっきり断っては 朝廷に対しても➡

畏れ多いことにございますから。

それに 我が朋輩 本多弥八郎正信の立場を➡

危うくするようなことも できんでな。

とにかく 今は返事を 引き延ばすのがいちばん。

どうすればよいかのう。

大変でございます。 何だ? 騒々しい。

殿におかせられましては 今朝方より➡

にわかにご不快の由にて。

腹でも下されたか? それが のっぴきならぬご容態だと。

なに!?

お脈を お願いいたしまする。

<家康は 医者嫌いで 有名であった>

いかがでござりましょう?

弱いそうでございます。

お熱は?

あ… あぁ…。

<朝廷では 家康の病を考慮し➡

多くの寺社に命じて 快癒の祈祷をさせた。

しかし 病は平癒せず➡

予定されていた将軍宣下は ついに中止となった>

三左衛門が 伏見より 立ち戻りましてございます。

床に臥せって ひと月が経つ。

いったい何の病を 患うておるのだ?

それが はっきりとは。

重病だと聞いておるが。

それは… いかがでございましょう。

聞けば 影武者めは 医者も薬も寄せつけず➡

奥の病間に籠もっておりますとか。

父上は 医者というものを 一切信用しておられなかった。

だとしましても 替え玉が 命を張ってまで➡

それを演じようとは思えませぬ。

まさか…。 まず 病は作り事でございましょう。

あやつめ… 断じて許さぬ 断じて許さぬぞ!

<数日後 伏見城では➡

影武者 家康が 床上げを済ませていた>

秀康様が おいでになられました。

<結城秀康は 家康の次男で➡

大納言 秀忠にとっては 兄に当たる>

父上 病が 本復なされましたそうで➡

よろしゅうございました。 あぁ どうじゃ➡

面やつれなどしておらぬか?

はっ そう言われれば なんとのう。

あぁ…。

せっかくです 一服おあがりなさいませ。

では 頂戴いたしましょう。

このたびは 越前六十七万石を くださいますとか。

あぁ 関ヶ原の戦では そなた 関東の押さえとして➡

上杉の侵攻を 一歩も許さなんだ。

その働きぶり あまりにも見事だったゆえの。

六十七万石も 当然でございます。

それに そなた これまで 他の兄弟にはない➡

苦労を舐めてきた。

はは… それがわしには 不憫でのう。

なんとか その苦労に 報いてやらねばと➡

心の底から そう思うておった。

父上…。

太守様 どうぞこちらへ。

かたじけのうございます。

< この秀康は 幼くして 太閤 秀吉の養子となり➡

その後 下総の結城氏を 継いだために➡

徳川家の嫡流から外れていたが➡

その武勇は 弟の大納言 秀忠を はるかに凌いでいた>

近いうちに 江戸入りをせねばならぬ。

どうしてもか? どうしてもだ。

大納言様は おぬしが仮病を使ったことに➡

たいそう立腹しておられる。

仮病? 何のことだ。 とぼけても無駄だ。

何と申し開きをするか 今から考えておけ。

ははは 弥八郎 申し開きなどするか。

お万様 何か心配事でも?

本当か? わしの子に間違いないか?

本当でございます。

この歳で 子が出来ようとは。

別に 不思議なことでは ございませぬ。

しかし わしにとっては 初めての子じゃ。

水をさすようで 申し訳ございませぬが➡

喜んでばかりもいられませぬ。

生まれてくる御子が 女子ならまだしも➡

もし 男の子であった場合 どうなります?

あ… 表向きは 大殿 徳川家康様の十男。

要するに 大納言様の 弟ということに。

あのお方が そのようなこと 認めるとお思いですか?

いや 認めるわけがない。

むしろ なきものにしようと なさるじゃろう。

懐妊のことは この城限り。

外へ漏らしてはなりませぬ。

皆 力を貸してくれ。

手を貸してくれるな? はい。

手を貸してくれ まず まず。

内緒 内緒 内緒… 内緒の諸。

江戸…。 江戸には…。

あ… ははは 江戸には ついて来ていただけますかな?

もちろんでございます。

< その年の十一月 影武者 家康は 江戸に入った>

♬~

そのほう わしに何か 含むところでもあるのか?

含むところなど 別にござりませぬが。

では 何ゆえに 将軍宣下を受けぬ?

ああ… その儀にござりまするか。

それは 将軍宣下を受ければ➡

徳川のお家は 将軍家となりまする。

さすれば 権力は 絶大なものとなり➡

この 世良田二郎三郎の➡

役目も不要となりまする。

だから どうだというのだ。

命の保証が 欲しゅうござりまする。

それなくば➡

将軍宣下は お受けできませぬ。

ふん… 何を 言い出すかと思ったら…。

もとより そのほうに 危害を加えるつもりなどないが➡

望みとあらば約束しよう。

ああ… 某のみならず➡

お父上が ご寵愛なされた➡

側室たちの命も 助けていただきとう存じまする。

易いことだ。

どこぞに 領地を くれてやってもよい。

そこに 館でも構えて 側室どもと一生➡

贅沢に暮らしていけばよい。

それは ありがたい。

あと いまひとつ…。

約束をしていただきたいことが ござりまする。

何なりと申せ。

決して 戦を仕掛けぬと➡

お約束 願いたい。

わしが 誰に 戦を仕掛けるというのだ?

大坂城の 秀頼様にござりまする。

図に乗るな。

よいわ 弥八郎。

戦はせぬと約束しよう。

誠にござりまするか?

天地神明に誓って。

ならば その約束➡

誓紙にしたためていただきたい。

なんだと?

一通を 某に。

また 一通を 大坂城の秀頼様に➡

差し出していただきとう 存じまする。

おのれ 影武者の分際で。

今 某を斬れば➡

天下の形勢は 関ヶ原の戦以前に 戻りまするぞ。

それを承知で 斬る勇気がおありならば➡

秀忠➡

この家康を 血祭りにあげられよ。

さぁ。

さぁ。

さぁ。

秀忠。

抜けば お家が滅びまするぞ。

口惜しきかぎりでございますが➡

各地の有力大名は 家康公への信義を誓って➡

静かにしているだけのこと。

大納言様の下での戦は➡

勝ち目がありえませぬ。

今は耐えて 江戸を 固めることが重要でございます。

早く将軍となって➡

二郎三郎など 消し去るのみでございます。

もうよい。

とにかく あやつから 片時も目を離すな。

はっ。

なぜ 怒らせたりしたのです?

本音を…。

本音を引き出したかった。

大納言 秀忠様の本音を…。

何事もなければ よろしいのですが。

外の様子がおかしい。

♬~

見張っているのは 何者です?

柳生宗矩配下の 忍びでございます。

柳生宗矩とは?

大納言様の兵法指南役で➡

新陰流という剣法の 達人だそうでございます。

もし襲われれば 今いるだけの人数では➡

防ぎようがございませぬ。

確かにの 大納言様の勢力と 渡り合うには➡

いささか 心もとない。

風魔を 味方につけることは できまいか?

それは 聞いてみませぬことには 何とも。

小太郎殿に かけ合ってはもらえぬか?

小太郎?

風魔一族の頭領でございます。

ああ…。 わかりました。

これから 早速 出向きまして。

造作をかけるの。

わしも一緒に行こう。

一人で行く。

そう 意地を張らんでも。

助けは いらぬ。

そんなに わしのことが嫌いか?

そうではない。

風魔の土地に よそ者は入れぬ。 それが掟だ。

<風魔は 箱根の山中を 本拠とする忍びの集団である。

しかし その実態は謎に包まれ➡

頭領である 風魔小太郎の顔すら 誰も知る者はなかった>

どこへ行く気だ? 殺すな。

生け捕りにしろ。

♬~

来なくていいと言ったのに なぜついてきた?

心配だったからに 決まってるだろう。

強くもないくせに。

悪かったな。

血止めはしたが あとで 傷口を洗ったほうがよい。

すまん。

助けるつもりが これでは あべこべだ。

そんなことはない。

六郎殿が来てくれなければ どうなっていたか…。

少しは見直したか?

調子に乗るな。

ここからは 風魔の土地だ。 引き返すなら今のうちだぞ。

ここまで来たら 頭領の小太郎殿に会ってみたい。

どうした? よそ者でございます。

風魔の頭領 小太郎殿でござるか?

いかにも。

何者だ?

元は 武田の忍びで 甲斐の六郎と申しまする。

お前が連れてきたのか?

よそ者を立ち入らせては ならぬという掟を忘れたのか?

この人は よそ者ではございませぬ。

ほぅ では 何なのだ?

私の夫になる人です。

夫?

はっははは! こいつがか?

父上 一緒になることを お許しくださいますか?

父上?

おふうは わしの娘だ。

父上。

婿殿を わざわざ見せにきたのか?

いいえ。 それとは別に お願いしたいことが。

どうも お前の話は さっぱり わからぬ。

何が わからぬのです?

まず 徳川内府が 何ゆえに 風魔を雇わねばならぬのか➡

それが わからぬ。

大納言 秀忠様から 身を守らねばならぬからです。

身を守るためなら 自分の家来が いくらでもいるではないか。

それに そもそも 大納言は 何ゆえに内府の命を狙うのだ?

それは…。

実は 今の内府は 偽者なので。

偽者? 馬鹿を言え。

嘘ではございませぬ。

では 本物はどうしたのだ?

某が 関ヶ原で この手にかけ申した。

なに? 徳川家では それを公にできず➡

影武者の 世良田二郎三郎なる者を➡

代わりに 立てているのでございます。

世良田二郎三郎 どこかで聞いたような…。

信長を撃った男。

今日は ずいぶんと 驚かされる一日だ。

一から話せ。

雇われるかどうかは それからのことだ。

小太郎殿には 会えましたか?

はい。

して 味方には ついてくれると?

返事をする前に 一度 殿様にお会いしたいとのことで。

わしに?

いや 言い分は もっともだが。

どこで会えばいいかの?

増上寺は いかがでございましょう。

徳川家の菩提寺ゆえ お参りにかこつけて。

そうか。 それは よいお考え。

実は もう一人 殿に会いたいという お方が。

誰じゃ?

例の 某の雇い主。

わしもな 会いたいと思うておった。

では 早速に手配りを。

もうひとつ ご報告が。

何じゃ?

某 おふうと夫婦に。

は? まぁ いつの間に。

六郎 そなたは➡

おふうを手籠めに したのではあるまいな?

はっ 馬鹿!

な… 何を申すか!

あら。 なぁ…。

だいぶ お待たせを いたしたようですな。

世良田二郎三郎でござる。

似ている。 うむ。

徳川内府に生き写しだ。

人の顔をそう じろじろと 見るものではござらぬ。

こちらの内府様は どことなく ひょうげたところがおありだ。

ささら者の お生まれだそうだからな。

申し遅れたが わしは風魔の頭領 小太郎。

我ら 風魔一族も 主を持たず土地を耕さぬ➡

道々の輩でござる。

まあ 六郎めが➡

いろいろと 余計なことを しゃべったようでござる。

お手前は?

六郎めの雇い主 島左近勝猛と申す。

なるほど そうでござったか。

失礼ながら➡

関ヶ原にて 討ち死にされたものと ばかり思うておりました。

こうして 生き恥をさらしております。

増上寺へ?

供まわりも極少数にて。

だが なんのために。

恐らくは 誰かと落ち合うため。

誰かというと?

そこまでは。

しかし 会合の場所に➡

容易くは 人の立ち入れぬ 増上寺を選ぶとは➡

敵もなかなかの策士。

感心しておる場合か。

誰と会っているか突き止めよ。 はっ。

あらましのことは 某も 六郎から聞き及んでおります。

今 この男に死なれては困る。

風魔のお力を持って ぜひとも お守りいただきたい。

この男は それほどまでに 大事なお人か?

豊臣家にとって なくてはならぬ男でござる。

しかし 我らは 豊臣家にはなんの借りもない。

ごもっともでござる。

しかしながら お手前もご存じであろう。

徳川家は 関ヶ原で敵対した 大名たちを取り潰し➡

切り取った領地をすべて➡

己の手に 取り込もうとしております。

そのため 諸国には 牢人が溢れ➡

民 百姓は 重税に苦しめられている。

もし今 豊臣家が滅びればどうなります。

天下は 徳川家のほしいままとなる。

それを阻むためには➡

この内府様に 大納言 秀忠の頭を 押さえていてもらわねばならぬ。

大坂城の秀頼様が ご成長なさるまで?

だが 秀頼様というのは➡

我らが望みを 託すに足る御子なのか。

それはわからぬ。

しかし 大納言 秀忠の天下となれば➡

このうえもなく つまらぬ世の中にはなるだろう。

なるほど。

そう言われては 手をこまねいて いるわけにもいかぬ。

ならば お力添え願えまするか。

ただし 我らも霞を食って 生きているわけではない。

それなりのものを いただかねば。

と 言われても➡

さしあたって どうすればよいのか。

お手前に工面がつかねば 大納言殿からいただいてもよい。

秀忠から?

甲州 黒川に 徳川家の金山がござる。

そこから運び出される 荷駄を頂戴する。

おお それは妙案。

ならば この家康 ご朱印状を書きましょうかな。

(笑い声)

道々の輩というのは➡

人を食うた お方ばかりでござるな。

(笑い声)

♬~

わしに用でもあるのか。

♬~

お顔を見せていただこうか。

御姓名は?

知りたくば➡

腕ずくでまいられよ。

♬~

ここは 任せてくだされ。 忝い。

♬~

その二人 何者だ。

一人は忍び それも先頃➡

箱根で取り逃がした 女のことを考え合わせると➡

恐らくは 風魔の忍び。 今一人は。

島左近。

まさか 死んだと思っていたが。

この目に 狂いはございませぬ。

影武者の後ろに 左近がついているとすれば➡

ことは いっそうの警戒を要しまする。

あやつめ 何を企んでいるのか。

<数日後 影武者 家康は 飛び立つように江戸を発った。

伏見へ帰らねばならぬ 理由があった>

おお 動いた。

けりました。 まあ 元気な御子ですこと。

本当におぬしの子か? わしの子だ。

わしの子が 産まれてくる。

女の子ならよいが。

女子でも男でもよい。

わしは 守ってみせる。

案ずるな。

<生まれたのは 男の子であった。

末永く幸福であれとの 願いを込めて➡

長福丸と名づけられた。

一報は すぐさま江戸へ飛んだ>

殺せ 生かしてはおけぬ。

それは ご短慮と申すもの。

殺してしまっては それまででござる。

その方は 影武者の子を 認めよと言うのか。

生かしておけば わしの弟と いうことになるのだぞ。

いや それだけは 断じて許してはならぬ。

わしの子は いずれも女ばかりじゃ。

もし このまま 男が生まれねば➡

あやつの子が わしの跡を継ぐということも。

殺すのは 容易いことでござる。

ここは 生かしておいて 役に立てるべきかと。

殿。 なんじゃ。

ああ いえ。

どうした 助左衛門。

只今 江戸より➡

大納言様が おいでになられましたが。

大納言 秀忠様。

この伏見まで ようこそ おいでなされました。

御用件は 何事でござりましょうか。

子が産まれたそうだからな➡

祝賀を述べに わざわざ来てやったのだ。

心にもないことを おっしゃいますな。

そこ許は? 柳生宗矩と申しまする。

ほう そなたが柳生宗矩殿か。

御用件は?

大納言様に おかせられましては➡

長福丸様 ご出生のよし 聞こし召されまして➡

ことのほか お喜びに。

人払いをしておりまする。 御用件を。

大納言様は 将軍家になることを 強く望んでおられます。

そのことならば もはや 議論の余地はござりませぬ。

将軍宣下は いたしませぬ。

どうあってもでござるか。 どうあっても。

しかし。

受けねば ただでは済まぬぞ。

わしを殺そうと 言われまするか。

その方を殺してしまっては 元も子もなくなる。

まさか 我が子を殺めると。

将軍宣下を 受けてもらえような。

わかりました。

将軍宣下 お受けいたしましょう。

しかし ただでは お受けいたしませぬ。

断じて 我が子に手を出さぬと➡

その旨をしたためた誓紙を わしに差し出していただきたい。

もし 違背するようなことあらば➡

天下の将軍 徳川家康として➡

越前の秀康をはじめ 天下の諸侯に号令を発し➡

そなたの江戸に攻め入る。

攻めて攻めて 攻め入って➡

秀忠 そなたを叩き潰す。

世良田二郎三郎。

いね! 江戸へいね!

行かぬか! たわけ。

<後陽成天皇の勅使が 伏見城を訪れ>

《わしが 征夷大将軍になったときが➡

貴様の最期だと思え。

必ず なぶり殺しにしてくれるぞ》

<家康を右大臣に任じ➡

征夷大将軍に成すという 宣旨が下賜された。

関ヶ原から三年➡

影武者家康が 将軍となったことで➡

歴史は更に 大きく動こうとしていた>

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