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(ナレーター)
1人の乙女ありけり>
2人なんありける>
乙女は2人の若者を いずれとも選ぶことあたわず・
夜ごとに思い悩みけり>
1羽の白き鳥を指差して かく言いける>
かの水鳥を的として・
見事 矢を立てたる御方に 我が心を奉らん」>
勇みて川原に進み行きけり>
・~
・~
・~
・~
(雷鳴)
(雷鳴)
(菊)あらあら 旦那さま 窓をお閉めにならなきゃ雨が…
(孝一郎)大丈夫だよ
大丈夫なことあるもんですか
珍しいね 夏も終わりだというのに
お嬢さま 遅いですねえ
うーん 帰りに 図書館へ回ると言ってたが・
もう帰るだろう
お迎えに行ってきましょうか
駅で困ってらっしゃりは しないかしら
なーに ひどくなりゃ 駅前のクリーニング屋で・
傘ぐらい借りてくるさ
ひょっとしたら 小宮山の坊ちゃまのほうに・
お回りになったのかも しれませんね
ああ… 昭一君 海岸通りに マンションを借りたそうだね
はい あそこは すぐ前でバスが止まりますから
でも小宮山さん…
よくお出しになりましたね 坊ちゃまを
26の男をつかまえて 坊ちゃまはないだろう ハハッ
フフッ 昔から坊ちゃまですもの 急に変えるわけにはいきませんよ
あの… お式は来年に お決めになったんですか?
向こうじゃ 麗子が卒業したら すぐって言うんだ
いよいよ花嫁の父ですね 先生も
(雷鳴)
(麗子)これ おいくらですか?
(研二)うん…
250円ですよ 高いわ まけてよ
なんだ 麗子ちゃんか
しばらくだね 本当にしばらくね
去年 海水浴場で会ったきりよ
ああ そうだったね 元気?
うん 叔父さんは? このとおりだよ
小僧に辞められちゃってね 今 叔父さん1人なんだ
店番してると 飯食いに行く暇もない
今日も朝 食ったっきりだよ
留守番しててあげましょうか 行ってらっしゃいよ
それより麗子ちゃん 何しに来たの?
まさかお父さんの お使いじゃあるまいね
ううん 叔父さんとこへ 行ったなんて言ったら・
どなりつけられちゃうわ お父さんに
叔父さんと うちのお父さん どうしてケンカしてんの?
うん? ああ 腹減ったなあ
ごはん炊いてあげましょうか? いやいや いいんだ
商売繁盛ね
冷やかしだよ 半分は雨宿りだ 麗子ちゃんも その口だろう?
まあ ひどい 私は本探しに来たのよ
ほう… これ
万葉大和地理辞典… お勉強だね?
卒論の追い込みなの ないのよ どこにも
探してやろう 市へ行きゃあるだろう
(雷鳴)
あいつも雨宿りだ (笑い声)
麗子ちゃん 本当に店番してくれる?
いいわよ 値段は全部裏に書いてあるからね
売れやしないわよ みんな雨宿りだから
ハハッ 叔父さん ちょっとそば食ってくる
行ってらっしゃい
あら 何してんの?
いやあ… 変な叔父さん
タバコを取ってくれないか はい
はい うん… じゃ ちょっと行ってくる
いってらっしゃい
もしもし!
(雷鳴)
逃げたら私 大きな声出します
こちらへいらしてください
いらしてください
それ お返しになってください
私 いけないと思うんです こんなことなさっちゃ
(淳)申し訳ありません
あった所へ返してください
僕を警察に突き出してください
そんなこと… でも僕は万引きをやったんです
盗んだんです この本を
お引き取りください
お帰りになってください
帰ってください もういいんです
(雷鳴)
(男性)どうしたんです? 万引きですか あの野郎
いいえ そうじゃないんです
(雷鳴)
・~
お父さん お邪魔していい?
ああ
はい コーヒー ありがとう
ゆうべ 遅かったようだね
ええ 4時まで寝られなかったの
女子大あたりの卒論でも そんなに大変なのかね?
あら 失礼ね 女子大あたりだなんて
ご自分だって大学の先生のくせに
ハハハッ 失言失言
フフッ 本当はね 勉強してたんじゃないの
ゆうべは 何だか寝つかれなかったの
うとうとしてて どうして?
あの人のことが気になっちゃって
あの人? ああ あの男か 万引きの
何だか とっても嫌な感じなの
捕まえなければよかった 黙ってればよかったわ
そうはいかないだろう あれなら相当な値段の本だよ
インテリだね その男
1万8000円って 定価がついてたわ
そんな本を万引きされちゃ 本屋は成り立っていかないよ
そりゃそうだけど とっても後味が悪くて
うん 分かるよ
いつか電車で お父さん スリを見つけた
思わず 「スリだ!」って 叫んだときに・
張り込んでいた刑事が ガチャリとその男に手錠をはめた
その男は 恨めしそうな顔でね
次の停留所で 刑事に引っ張られていくまで・
お父さんを にらみ続けていた
今でも思い出すよ あの嫌な顔つき
こっちがまるで 悪いことをしたみたいだった
昨日の人はスリなんかと違うのよ もしかしたら雨宿りしてるうちに
ふと出来心で… 分かるもんか
いいえ 私には分かったの 何か訳があんのよ
うん どんな理由があっても 泥棒は泥棒だからね
私 見て見ないフリを してあげればよかった
あの人 よっぽど あの本が欲しかったのか・
あるいは お金に困っていたんだと思うの
研二は何と言ってた?
私 叔父さんには黙ってたの 何も言わなかったの
そう… だって私のほうが・
悪いことしたみたいな気持ちに なっちゃったんですもの
麗子 なあに?
お父さんは ずっと前から お前に・
研二の店へは行くなと 言ってあったはずだ
ええ だから行かなかったわ 1年ぶりよ
だって どうしても 探してもらいたい本が・
あったんですもの
だから行ったのよ 叔父さんとこへ
理由はどうあれ なるべくあそこへは・
行ってほしくないね どうして?
お父さんは あいつの生活態度が嫌いなんだ
でもお父さんとは合わないけど 悪い人じゃないと思うわ 私は
お父さんは研二と 兄弟の縁を切ってあるんだ
だから行くなと言ってるんだ
はい… 分かりました
ああ! この間 お前に頼まれた 葦つきというのはこれだよ
すいません… ああ やっぱり のりみたいな物だわ
川もずくの一種らしいね
富山の研究所に行ってる教え子が 送ってくれたんだが・
やはり今でも あの地方特有のものらしいよ
万葉の昔から 今まで変わらないなんて・
不思議な気がするわ
昔も今も変わらないものは いくらもあるさ
お嬢さま 小宮山の坊ちゃまが いらっしゃいました
ほう 昭一君が? (菊)はあ お座敷のほうに
嫌だわ こんな格好してて
いいさ 普段着の顔も 見てもらうさ ハハッ
やあ いらっしゃい
(昭一)ああ お邪魔してます
さあさあ どうぞ楽に (昭一)はい
こんにちは
ゆうべは1時まで待ってたんだよ 電話くれるかと思って
ごめんなさい ゆうべ ちょっと嫌なことがあったの
それが気になっちゃって どんなこと?
別に大したことじゃないの そう…
いつかのリール 買ってきました (孝一郎)ああ ありがとう
今日 東京へ出るから 探してみようかなと思ってたんだ
あら お出かけですか? 日曜なのに
うん 南方従軍時代の連中が 集まるんでね
ああ… 菊さん ちょっと眼鏡 (菊)はい
近ごろ そういう会が はやりますね
そうらしいね これも復古調かな
先生は確か 軍属で行ってらしたんですね
うん…
あっ そうそう
その会のあとでクルト神父さんに 会うことになってるんだが・
君たちのこと 頼んどいていいんだね?
何を? 何をって…
君たちの結婚式さ 教会でやるんだろう? 四谷の
まだ早いわ 早いもんか
半年や1年 あっという間に 過ぎる なあ? 昭一君
僕のほうは いくら早くたっていいですよ
学校なんか卒業しなくったって (孝一郎)ほーらみろ
お父さん もう少し私と 一緒にいたいって言ってたくせに
いいさ 早く行ってもらいたいね 若い娘が家ん中にいると・
おしろいや香水の匂いで くさくてしょうがない
くさい? ああ くさいよ くさいね
何言ってんのよ お父さん ご自分だって若いとき・
お母さんと結婚して 私を生んだくせに
勝手なこと言ってるわ
覚えてる? あの観音岩まで 遠泳したときのこと
覚えてるわ うちのお父さんと 昭一さんのお父さんが・
ボートに乗って 「頑張れ 頑張れ」って
正直言って あのときは もうグロッキーで・
水 がぶがぶ飲んだんだ
フフッ 私もよ
君は平気な顔してたじゃないか 観音岩に着いたら・
ゆで小豆か何か食べちゃって フフッ…
あなたの大きなバスタオル 借りたわね
うん 僕はあのとき 君を美しいなと思った
僕のお嫁さんにしたいなと 思ったよ
あなたが私をどんな目で見てたか 私も知ってたのよ
自分が だんだん 大人になっていくんだなって
そういうこと 昭一さんの目から感じてたわ
ウソ言え 君は僕が行くと言っても・
逃げちゃって 顔見せなかったじゃないか
恥ずかしかったのよ 何となく…
多分 ずっと子供のころから・
好きだったんだわ 昭一さんのことが
僕も そうだったんだな
君は 君のお父さんに くっついて・
僕は 僕の親父にくっついて よく釣りに行ったね
なのに高校へ入ったら 全然 口も利かなくなっちゃって
電車の停留所で よく会ったじゃない
待ってたんだよ 君に会いたくて
顔さえ見りゃよかったんだ
大学を出て いきなりニューヨークに・
やらされたときは つらかった
しかし…
帰ってきて君の顔を見たとき 君という人が・
僕の心の中で どんなに 大きな位置を占めていたのか・
それが はっきりと分かったんだ
私だってそうよ
あなたがニューヨークから お帰りになった日…
私 家へ帰ってきて 玄関で あなたの大きな靴を見たとき・
胸の中に 爆弾が落ちたような気がしたわ
ああ 私はこの人の お嫁さんになるんだって…
あの日が運命の日だわ
ただいま
・~
・(昭一たちの笑い声)
ああ 昭一君が これをお前にくださるそうだ
婚約指輪というのは 大げさだが・
まあ 気持ちの上では そういうところかな
なあ 昭一君 そうだろう?
いやあ… そういうわけでも ないんですが・
でも そういうことに していただいても結構です
・~
あの日が 私の運命の日だったんだわ…
・~
小荷物です
あっ ご苦労さん
印鑑 お願いします
あっ ちょ… ちょっと待っててね
あっ お嬢さま 青森の安川さんから・
おりんご送ってきてますよ あの… ハンコですって
ハンコ? はい
ご苦労さま
どれに押すの? ああ これね
はい
待ってください
あなた 昨日の人ね そうでしょう?
昨日は ごめんなさい
とんでもない! 僕が悪いんです おわびします
魔が差したのよ 私も忘れます あなたも忘れてください
僕みたいな男は 死んじまったほうがいいんです
忘れるのよ 忘れましょう ねえ 忘れるのよ
ああっ…
今晩 ごはん ご一緒でよろしいんですね?
ええ ごちそうになります
あの… 麗子さんは?
さあ… ちょっと見てまいりましょう
あら お嬢さん…
お嬢さま どうなすったんです?
大したことじゃないの 裏口の木戸にクギが出てたのよ
あら 外へお出になったんですか
小宮山の坊ちゃんが お待ちですのに
ええ さあ…
・~
・~
麗子さん
どうしたの?
いえ 別に… 何でもないの
どう? 英会話 勉強してる?
ダメね 私って ちっとも進歩しないのよ
もしかしたら またニューヨークへ 出張になるかもしれない
でも今度は麗子さんと2人だから ニューヨークも楽しいだろうな
アメリカじゃね・
ミスター・アンド・ミセスじゃないと 相手にしてもらえないんだよ
そうね そうでしょうね ニューヨークじゃね…
(教授)万葉集の バックになってるものに・
中国文学があるってことは 皆さん ご承知ですね
ところで その中で いちばん中国の思想を・
最も濃厚に伝えてるものは 何だろうかというと・
いろんな まあ… 思想がありますけれども
その中でも 遊仙思想というやつだと思います
今その広げてらっしゃる ちょうど その巻の5
その巻の5に そこに・
「松浦川に遊ぶ歌ならびに序」って いうのがありますね
そのバックになってるのが・
有名な中国のこの初唐の小説 『遊仙窟』なんです
これは中国では もう滅びちまいまして
…で日本に ずっと伝わった小説なんです
明治になってから 中国人がそれを知りまして・
逆輸入したという こういう小説が
その歌を作った 山上憶良ですけども
これは留学生でした …で恐らく彼が・
中国に留学した当時 その小説を日本に輸入した
山上憶良ばかりじゃないにしても あるいは大伴旅人であるとか
そういう時分の留学生ですね
…で その小説がまた大変 日本では愛読されて・
いろんな文学に影響を与えて…
(男性)憲法を改訳し 徴兵制度を敷こうとする…
(男性)お願いします (女性)署名 お願いします
署名とカンパをお願いします
(男性)近藤? ええ
さあ… 近藤なんて苗字は 多いからなあ
4日前に東海岸通りを 配達して くださった方なんですけど
配達人のところに 「近藤」って 判が押してあったんです
(男性)淳のことじゃないか? 近藤淳
ああ 淳か… あいつは今日は非番だな
住所教えて いただけないでしょうか
あの… 何かマズイこと やったんでしょうか?
いいえ あの… お礼を申し上げたいと思って
へえ じゃ新聞に 投書でもするんですか?
(車掌)ありがとうございました オーライ
(子供)お前 鬼になれよ (子供)やだよ
じゃんけんしようよ (子供たち)じゃんけん ぽい
(子供たち)あいこで…
(ノック)
(男性)誰に用かね?
近藤さん お留守でしょうか?
今日 会社休みだから・
病院のほうだよ 病院?
(赤ん坊の泣き声)
あの ちょっとお伺いしますけど (男性)へえ
12号室はどちらでしょう? ああ あの こっち 2階
どうもありがとう
(千津)兄ちゃん 今度いつ?
土曜日に来るよ 月給日の次の日だからな
メロンか何か持ってきてやるよ
無理しなくてもいいのよ
無理なんかしてるもんか
だけどね 私このごろ どうせ治らない病気なら・
早く死んじゃったほうが いいんじゃないかと思うの
兄ちゃんに 迷惑かけるばっかりだもの
バカ野郎 ハハハッ
あっ お客さんだわ
一体 何しに来たんです?
「忘れよう 忘れましょう」と 言ってくれたのは・
あなたじゃありませんか
僕は二度と あなたに会いたくなかった
私 とっても心配になったんです
何がです?
あなたは 死にたいとおっしゃったわ
死ねたら死にたいと思った
でも俺は今 死ぬことができないんです
見たでしょう? ベッドに寝たっきりの妹を
あいつは8年間 あのベッドに寝たっきり・
僕の持ってくる餌を 口を開けて待ってるんです
年は17だけど 発育が止まっちゃって・
年には見えない
変な女の子だけど 俺には たった1人の妹なんだ
俺がいなきゃ あいつは死んじまうんだ
何かあると私 思ってました やめてくれ
俺は親切にされるのが嫌いなんだ
荷物を届けに行った家が あんたの家だったなんて・
残酷な神さまに腹が立ったよ
俺は あのとき あんたを殺してやりたいと思った
今だって 今だって…
へえ! そんなことがあったの
叔父さんいたら 警察へ突き出してやったのに
できるもんですか
叔父さんだって あのとき あの人の顔を見たら・
とがめた自分のほうが 何か悪いことしたみたいに
そりゃあね 麗子ちゃんの センチメンタリズムってもんだよ
違います 私 今日 その人に会ってきたんです
へえ また物好きだねえ
私 今日いろんなこと知ったわ
人間の生活ってさまざまね
そりゃそうさ 叔父さんみたいに ダメなヤツもいりゃ・
おたくのお父さんみたいに クリスチャンの優等生で・
コチコチの冷酷な人もいる
うちのお父さんが冷酷?
そりゃ学問の虫みたいな人だから ほかの人はとっつきにくいけど
私には いいお父さんだわ 尊敬してるわ
そうかね
そうよ 叔父さんなんか知らないのよ
お母さんが死んだときなんか 1か月も病院に付きっきりで
看護婦さんが 「私たちでも こんなにはできない」って・
言ってたぐらい お父さん 一生懸命に看病したのよ
そんなことは当たり前じゃないか
当たり前のことが なかなかできないのよ
ふーん そうかね…
そうよ
俺は そうは思わないね
叔父さんには分からないわ お前こそ何が分かる!
麗子ちゃんのお母さんが 死んだとき・
お父さん 泣いたかい? 涙を流したかい?
叔父さんなんか お葬式にも 来てくれなかったじゃないの
悲しみのあまり 涙も出ないことだってあるわ
死ぬまで看病したからといって・
お父さんがお母さんを 愛していたとは限らない
反対に苦しめていたかも しれないじゃないか
何てこと言うの 嫌いよ そんなこと言う叔父さん
嫌い 嫌いよ 嫌いで結構!
叔父さんと 麗子ちゃんの お父さんとは絶交してるんだ
麗子ちゃんもお父さんから 俺んとこ行くなって・
言われてるんだろう? もう来ないでくれ
叔父さん 泣いてるの?
なぜ?
なぜ?
帰ってくれ
帰ってくれよ
叔父さん
叔父さんと うちのお父さんの間には・
何か 私の知らない秘密があるのね?
そんなもの あるわけないじゃないか
性格の違いや意見の違いだけで 2人きりの兄弟が・
一生行き来しなくなるなんて そんなことあるかしら
何かあるのよ 私の知らない秘密が
叔父さんと うちのお父さんの間には…
アドヘッシヴォーガンは まだ残ってるかね
(助手)はい まだ多少は 残っております
うん…
(事務員)小林先生 お電話です (孝一郎)おう
ああ… 僕 小宮山昭一です お仕事中 どうもすみません
どうしたの? 麗子?
麗子は今日 君と一緒に音楽会へ 行くはずじゃなかったの?
それが もう2時間も 待ってるんですが・
どうしたのか お見えにならないんです
お宅へも かけてみたんですけど
うーん… そりゃおかしいねえ
麗子ちゃん いいかげんに帰れよ
ただいま 遅くなりました
やあ おかえり
お前 今日 昭一君と音楽会へ 行くんじゃなかったのかい?
悪いけど すっぽかしちゃった
ひどいなあ 未来の旦那さまが怒ってたぞ
どこ行ってたんだ? お友達のとこ 卒論のことで
多分そうだろうとは 言っといたんだが
あんまり甘えちゃいけないな
親しき仲にも礼儀ありって いうからね
あっ おかえんなさい ただいま
お2人で何か食べてらっしゃると 思って・
お夕飯 支度してありませんよ
食べたくないからいいわ うん これ食べないか?
お父さん 買ってきたんだ
おかしいわ お父さん 買ってらしたの? このナマコ
うん 魚屋の前を通ったら 面白いエビが1匹いてね
ついでに それ買ってきた
お母さん 好きだったわね ああ そうだったな
ああ 奥さま お酒飲みの 好きなような物ばっかり・
お好きでしたわ イクラだとか このわただとか
お父さん このごろ大学新聞に 何もお書きにならないのね
昔は随分 お書きになったでしょう?
うん 原稿料が安いからな 大学新聞は
1杯飲むか? 私?
またニューヨークへ・
行くかもしれないって いうじゃないか
向こうじゃ 女の人もお酒を飲むからね
少し勉強したほうがいい ダメ 飲めないわ 私
じゃ 私がいただきましょうか?
あんた ニューヨークへ 行くわけじゃないでしょう?
(笑い声)
お母さんもお酒好きだった?
うん 好きだった
じゃ 私も 飲めるかもしれないわね
遺伝するでしょう? お酒飲みって
ちょっとやってみようかな
まあ ずるい ご自分で飲めって言ったくせして
女の酒はいかん 飲まんほうがいい
・~
・(競りの声)
兄さん
何だ?
麗子ちゃんに これ渡してくれないか?
探してくれって頼まれてたんだ 送ろうかと思ったんだけど
麗子がお前の店へ行ったそうだな (研二)うん
麗子に会わないでくれ 店へ来たら追い出してくれと・
言ってあったはずだ
本を探しに来たんだよ この本を
♪(オルゴールの音楽)
兄ちゃん 大学 途中で辞めたんです
私の体が だんだんひどくなって…
お父さんもお母さんも いないでしょう?
だから兄ちゃんが1人で働いて・
私をこの病院へ 入れてくれたんです
私 8年も寝てるのよ ギブスをつけたまんま
つらいでしょう
ううん 慣れちゃった
体にギブスをつけてるからね 大人にならないんだって 私
ねえ… 私の体 青いでしょう?
お医者さんは 透き通ってるって言うけど
本当は血が足りないの
希望を捨てちゃダメよ 医学はどんどん進歩してるわ
私ね もし病気が治ったら・
兄ちゃんのお嫁さんに なってあげようと思ってるの
お嫁さんに? そう
いけないかしら?
さあ…
私 あの優しい兄ちゃんを ほかの女の人に取られちゃうの・
とっても嫌なの
だから あなたが最初に ここへいらしてくれたとき・
兄ちゃんの恋人かと思って 憎らしかった
ごめんなさい
兄ちゃんはね
私のために何もかも 犠牲にしてくれてるんです
だから私 治ったら兄ちゃんの お嫁さんになってあげて・
奴隷のように働いてあげたいの
早く良くなって お嫁さんになってあげなさい
小林さんも 兄ちゃんのこと 好き?
ええ 好きよ
ダメよ 私の兄ちゃん 取ったりしちゃ
大丈夫よ 私にはもう ちゃんと決まった人がいるもの
来年 結婚するのよ その人と
どんな人? その人 いい人よ
物事にこだわらない さわやかな風のような男性よ
幸せ? とっても
そのくせ兄ちゃんに近づくのね
欲張りね あなたって
兄ちゃん 遅いなあ… メロン 買ってくるって言ったくせに
おなかすいたの?
うん
あっ! ねえ 帰りに兄ちゃんに 何かおごってもらうといいわよ
昨日 月給日だったから
そうね 何かおごってもらおう
あっ 来た 兄ちゃん
フフッ こっちよ
僕のお嫁さんになるって?
千津のヤツ そんなこと言いましたか
これ以上 感謝の言葉はないわね
私 胸が しめつけられるような気がして・
思わず千津ちゃんの顔を 見たんです
あのウサギのような目で 見つめられると・
かっぱらいをやってもいい 強盗をやってもいい
あいつの命を助けてやりたいと 思うんです
あの病院にいる人たち見てると 私なんかマシュマロみたいに・
ふわふわ生きてるようにしか 思えないわ
人間 好んで苦労することはない
苦労はしたほうがいいってヤツは いるけど・
あんまり苦労すると 体も心もひん曲がっちゃう
俺のこの顔を見てください いつも人を疑ってるような目つき
そんなことありません
ハリネズミみたいに 体中 トゲだらけにして・
いつも人の隙をうかがってる 嫌な面だ
どうしてそんなに 自分のこと悪く言うんです?
(女性)野菜炒めちょうだい
(女性)野菜炒め 一丁! (男性)はいよ
あなたは なぜ俺や千津に 興味を持つんです?
分からないわ でもあなたや 千津ちゃんを知ったことで・
私の心の中に 何か変化が 起こってることは確かね
あなたの個人的な興味のために 千津に近づくのはやめてください
でも私…
千津はもう 半年も生きていないでしょう
オルゴールありがとう
♪~
・(ドア・ブザー)
あっ 私だ (菊)ああ…
あっ おかえんなさいまし (孝一郎)ただいま
お早かったですね
ああ 学校へは回らないで 帰ってきた
それより何か 変わったことはないかい? 麗子
いいえ 別に… どうかなさいましたか?
ああ 昭一君に会ったらね
このところ麗子に 全然 会ってないって言うんだ
毎晩 定期便はありますよ
定期便? (菊)お電話ですよ
ところが約束しても 麗子のヤツ ちょいちょい すっぽかすらしい
ああ そういえば ここんとこ・
ちょっと変わったところも ありますけど
この2~3日 部屋にこもって・
お人形なんか 作ってらっしゃいますよ
人形? (菊)お嫁に行く前の娘さんって
よくそういうことしますけど
うーん… ただの感傷ならいいけど
麗子のヤツ また研二のとこ 行ったらしい
研二さんの所へ? (孝一郎)うん
研二さん 何かしゃべったんですか?
いやあ そんなはずはないと 思うけど
まさか… まさかあのことを
そんなはずはない
旦那さま 研二さんに お会いになったんですか?
会った 古書即売会でね
お嬢さま 何しにいらしたんですか 研二さんの所へ
本を探しに行ったらしい
それならいいんですけど
ところが麗子のヤツ 研二と私の間に・
何か秘密があると言ったそうだ (菊)まさか
私やお前が言うはずはない 言ったとすれば研二だ
私は今日 研二を殴りつけてやった
お嬢さま 知ってらっしゃるんでしょうか
あのことを… (孝一郎)麗子は私の子だ
今ごろになって 研二さん
なんてバカなことを 言いだしたんでしょう
お嬢さまが 欲しくなったんでしょうか
麗子は私の子だ
あっ… この間 お嬢さま こんなこと私に聞きました
戦争中 お父さんが ジャワにいたのは・
何年から何年ごろまでって…
麗子は私の子だ (菊)私 うっかり昭和18年…
何っ? (菊)…て言いかけて・
あとは ごまかしちゃいましたけど
何か言ったのか? それから
いいえ
大学の古い学生新聞で 旦那さまの文章を・
お読みになったらしいんですの ジャワ通信
あいつ… そんな物を見るために 図書館へ通ってたのか
君 少し変じゃないか? このごろ
どうして?
変わったよ そうかしら
そういう言い方が もう既に変わってるじゃないか
以前は こんなことはなかった
僕の気持ちは そのまま海綿みたいに・
君の心の中に吸い込まれていった
ところが近ごろの君は 何か違ってる
そんなことありません ないはずはない!
僕は君が好きだ だから それがはっきり分かるんだよ
君の心の中に起こった変化が
私の心は何も変わらないわ
昔のように あなたを尊敬してるし
あなたと一緒にいれば楽しいわ
楽しい? 本当に楽しい?
楽しいわ
本当だね?
イヤ… どうして?
僕たちはもう 結婚するんじゃないか
君は僕の奥さんに なってくれるんだろう?
そうよ… そうよ
でも今はイヤ
・~
・・
・(菊)はいはい はい さようでございます
・ ええ いらっしゃいますが どちらさまで?
・ はあ…
・ お嬢さま どなた?
・ あの… 近藤さんって男の方ですけど
近藤?
近藤さん
すみません いけませんでしたか?
電話なんか かけて いいえ
勝手なお願いなんですけど・
千津に このミカン 届けてやってくれませんか
ミカン? ええ
あいつ ミカンに目がないんです 昔 正月になると・
1人で1箱食っちゃうんです うわあ すごい
さっき果物屋の前 通りかかって 急に思いついたんです
俺… 今日 仕事が多くて 病院へ行かれないから
いいわ… 私 行ってあげる
ありがとう ただし 高いミカンだから・
いっぺんに食うなって 言ってください
ハハッ いいわ 千津のヤツ・
このごろ あんたのことばっかり しゃべるんだ
あんたにミカンむいてもらって 食ったら・
あいつ きっと喜ぶと思うんだ
そのくらいのことなら いつでも言いつけてください
悪いな 大丈夫よ
でも… そんなに遠慮するなら・
どうして電話なんか かけてきたの?
そりゃそうだ フフッ…
ところであなたには 許婚がいたんですってね
千津が言ってました どんなヤツです? そいつ
そいつですか? いい人よ
心の豊かな爽やかな 風のような男ですってね
俺は その反対だ
近藤さんは? 好きな人
いるわけないでしょう そんなの 千津が僕のお嫁さんです
そうでしたわね
あいつは ベッドに寝たっきりだけど・
すごい敏感な神経を 持ってるんです
今日も もう あなたが来ることを知ってますよ
雨が降るとか 風が吹くとか 俺が何を考えたか
まるで予言者みたいに 当たってるんです
変だなあ… 兄ちゃん 遅いなあ
どっかで浮気してるな
こんにちは
やっぱりそうだわ
今日は きっとあなたが 来てくださると思ってたの
千津ちゃんは占い師みたいに いろんなこと当てるんですってね
兄ちゃんと会ってきたでしょう
それで これ預かってきたのよ
ミカンでしょう 当たった 不思議ねえ
もっと別のこと 当ててみましょうか?
当ててみて
うちのお兄ちゃん あなたのこと好きなんです
お兄さん 今日は来られないのよ ご機嫌は?
いいほうよ
背中の痛いの 治った?
しびれてて分からないの
お医者さんに そのこと言ったの?
ダメなのよ もう私の体…
こんなこと言うと 兄ちゃんも そんな怖い顔するけど
でも… 私 このごろ兄ちゃんを 怒らせたくてしょうがないの
どうして?
だって兄ちゃんの心は・
だんだん千津から 離れてっちゃうんですもん
そんなことないわ 千津ちゃんは 寝てばっかりいるから・
少しひがみっぽく なっているようね
違います 私 8年も寝てるのよ
毎晩… 毎晩 兄ちゃんのこと ばっかり考えてるの
私たち 2人っきりの兄妹なんですもの
だから私には何でも分かるの
ミカン むきましょうか
アハッ お兄さんがね いっぺんに食べちゃダメって
高いミカンだから
死んじゃったら食べられないわ
またそんなこと言う
酸っぱいの? うん
ハハッ… まだ青いミカンですものね
ねえ オルゴール かけてくださらない?
ええ
♪~
オルゴール ありがとう
いやだわ 急にそんなこと
私 あなたのこと・
おねえちゃんって 呼んでもいいかしら?
いいわよ そう呼んでちょうだい
おねえちゃん はい
おねえちゃん なあに?
何でもない
どうしたの?
私ね 兄ちゃんに言ったのよ
もうそんなに 働かなくてもいいって
どうして?
私 もうすぐ死ぬのよ
何てこと言うの 千津ちゃん
ううん 私には分かるの
誰だか知らないけど・
私のために お人形 作ってくれてる人がいるわ
誰がお人形 作ってるの?
知らない
だけど… 私 死んじゃうから その人にお礼が言えないわ
死ぬ死ぬなんて 言うんじゃありません
怖い顔 怒ったの?
そうね… 私 死んじゃったら・
兄ちゃんのお嫁さんに なってあげられないわ
そうよ だから死んじゃダメよ 一生懸命 生きるのよ
ううん もういいのよ そのかわり…
おねえちゃん 兄ちゃんの お嫁さんになってあげて
私が?
譲ってあげる
ダメよ… バカねえ ダメよ
《一体 私は 何を考えているのだろう?》
《そんな恐ろしいこと…》
《私の体の中には 悪魔が住んでいるのだろうか》
・~
《私は本当に 欲張りな女なのだろうか?》
《女のサガとは このような苦しみを・
背負わされて いるものなのだろうか》
・~
・~
(教授)ええ このような古伝説は 古来 大和物語をはじめ・
各種の文学に 形を変えて現れている
うん… 例えば万葉集 巻16の 桜児の一説を読んでみると・
「昔 娘子ありけり 字をば桜児という」
「時に 二の壮子ありて 共に此の娘を誂う」
「而して生命を捐てて格競い 死を貪りて相敵みたりき」
「ここに娘 なげきていいしく・
古より この方 一の女の身にして・
二つの門に往くということを 聞かず・
方今 壮子の意 やわらぎ難きものあり」
「妾死りて相害うことを 息めなむにしかじといいて・
すなわち林の中に入り 樹に懸がりて経き死にき」
「両の壮子 かなしみにたえず 各 心緒を陳べて作れる歌二首」
「春さらば 挿頭にせむと我が思ひし・
桜の花は散りにけるかも」
・~
・~
なんだ 麗子か…
お父さん
私 お願いがあります
うん? 何だね?
来年の春 昭一さんと 結婚するというお話
あのお話を白紙に 戻していただきたいんです
何っ?
なかったことに していただきたいんです
あの約束を
そんなバカなことができるか
自分たちで決め 親同士も それを喜んだ・
2人の約束じゃないか
だからお願いしてるんです
何かあったのか? 昭一君が嫌いになったのか?
嫌いじゃありません 好きです
でも… もう1人 別に 好きな人ができてしまったんです
私 昭一さんもその人も 2人とも好きなんです
この気持ちを どうすることもできないんです
麗子 お前くるったのか?
本当のこと申し上げてるんです バカなこと言うな
2人の男を好きになったなんて
お父さんのような方には 分からないかもしれません
でも正直に申し上げてるんです
私 昭一さんも好きですし もう1人の人も好きです
この心を偽りたくないんです
誰だ? その男というのは
いつかお父さんに申し上げた 叔父さんの店で会った人です
研二の店? あの万引きをした男か?
そうです バカな!
何を言うか 今ごろ
許さん そんなふしだらは絶対に許さん
ふしだらじゃありません
人間は一生に何人かの人を 好きになると思います
たった1人の人しか 好きにならないなんて・
そんなことはないと思います
違う! 愛というものは そういうものじゃない
1人の人を思いつめて・
その人に殉じるのが 美しい愛というものだ
愛は美しいとはかぎりません
血みどろの愛だってあると 思います
うん 何っ? 今 万葉集を読んでいました
2人の男に同時に愛された女が・
その2人に 愛を分けることができなくて・
命を絶ったと書いてありました
それが本当の愛だ 愛は分けることができない
私は そう思いません 愛は変わるものです
愛は流れていくものです だから愛は尊い
真実の瞬間が短いから
だから みんなは 愛をつかもうとするんです
2人の男を同時に お前は愛せるというのか
愛しています この胸を断ち割って・
お父さんに見せてあげたい
右の心は昭一さんを慕い 左の心はあの人を思っています
「淫らだ ふしだらだ」と 言われても・
私にはどうすることもできない 好きなんです
(泣き声)
麗子… 今 お前が言っている言葉は・
神に背く言葉だよ 私には神さまなんてありません
たとえ それが悪魔の声であっても 私の中にあふれていく・
お2人への愛を どうすることもできないんです
麗子!
お父さんは 人間は美しいと 教えてくださった
この世の中には 何人も何人も美しい人がいます
その人たちをどうして同じように 好きになってはいけないの?
バカ!
麗子 お前には分からないのか
2人の男を同時に愛する それは畜生だ 人間ではない
お前の体に流れている血は お前の母の血だ
不義密通の血だ (菊)旦那さま
何をおっしゃるんです
菊 お前の言うとおりだった
何のために こんな苦しみを背負うのか
この恐ろしい娘は私の子ではない
お父さん… やっぱり
出てってくれ お前は 自分の勝手にしたらいいんだ
私は… 私は お父さんの子供じゃなかったのね
何をおっしゃるの
そんなバカなこと あるわけないじゃありませんか
お母さんが死んだとき・
お父さんが泣かなかった訳が 分かったわ
・~
(泣き声) お嬢さま
ほっといて 私 この家を出ていきます
出ていく?
私はウソと偽善で育てられたのよ
私の体の中には・
墨汁のような 真っ黒な血が流れてる
そんな… そんなことがあるもんですか
あなたはお父さまの愛と お母さまの愛を・
この体いっぱいに受けて お育ちになったんですよ
いや 違う
私は憎しみに包まれて 育った子供なのよ
お嬢さま あなたは お父さまの愛を・
信じることができないんですか? できないわ
お父さんは お母さんが病気になったとき・
1か月も付きっきりで 看病したわね
あれは愛のためじゃないわ
お父さんの愛は冷えて固まって 強い憎しみに変わったのよ
私にはお嬢さまの言うような 理屈は分かりません
お父さまは見えっ張りの方で・
ご自分のことより 世間体ばかり気になさって
あなたを自分の籍に入れたときに 誰にも気づかれなかった
これでよかったって 安心なさったんです
私もそれでいいんだと 思っていました
お嬢さまが だんだん大きくなるにつれて・
あなたの成長が お父さまの 心の傷を治していったんです
そりゃ奥さまは お苦しみになりました
でもそれは当然のことでしょう
そのことであなたが お父さまをお責めになるのは・
間違っていますよ
お父さまはあなたを 愛してらっしゃるんですよ
でも私 お父さんの言うような 子供にはなれない
今の私はくるってるのかしら
お父さんの言うように 私の体の中には・
お母さんのふしだらな血が 流れてるのかしら
(泣き声)
私 どうすればいいの どうすればいいの
(泣き声)
・~
《今日 街で面白い人形を 見つけたので送ります》
《土地の原住民が 作った物だそうです》
《このごろ 君の手紙が来ないが・
体でも悪いのではないかと 心配している》
《こんなとき 僕たちに子供がないのが・
本当に残念だと思います》
(赤ん坊の泣き声)
兄さん
売女 パン助
俺の出征の留守に 俺の出征の留守に!
死ね! 死んでしまえ!
・~
麗子 麗子!
麗子!
・(戸をたたく音)
・(戸をたたく音)
どなた?
・(戸をたたく音)
麗子ちゃん どうしたんだ? こんな遅く
何かあったのかい?
寒いだろう お入り
叔父さん…
叔父さんは昔 うちのお母さんを愛してたの?
どうして返事ができないの? 私を生んだくせに
ハッ 麗子ちゃん
みんなお父さんから聞いたわ 聞いた?
私の本当の父は誰かということも
お父さんは私が生まれたころ ジャワにいたのよ
そして そのころ お母さんは叔父さんと ここに
麗子ちゃん それは違う
お母さんは ここになんか居やしなかった
そんなことじゃないわ
私が聞きたいのは 叔父さんとお母さんのことよ
叔父さんは お母さんを愛していたの?
好きだったよ
好きだったら どうして一緒にならなかったの?
叔父さんとお母さんの愛は…
やっぱり遊びだったのね 違う そんなことはない
何が違うの?
俺たちはね 死のうと思っていたんだよ
そうやって ずうずうしく生きてるくせに
叔父さんもお母さんも 結局 遊びだったのよ
私はその2人の 不純な愛から生まれたのね
私は…
誰からも祝福されない
呪われた子供として 生まれてきたのね
麗子ちゃん これだけは信じてくれ
俺は麗子ちゃんのお母さんを 本当に愛してた
今だって俺は… ウソつき!
死ねばよかったのよ
叔父さんもお母さんも 勇気がなかったのよ
ずるい人間だったのよ
叔父さんのような ひきょうな人の子供になるより
かたくなでも冷たくても 私は うちのお父さんが好きよ
さようなら
・~
麗子さん
どうしたの?
(泣き声)
あなたは私が欲しいと言ったわね
あげるわ
あげるわ
愛してる
(ブレーキ音) (クラクション)
(男性)気をつけろよ ぼやぼやすんな もう!
(男性)あの子はね 死んだよ 今朝 明け方…
・~
・~
・(ドアの開く音)
・~
・~
あんたのオルゴール 千津と一緒に入れてやりましたよ
・~
千津ちゃん
なぜ突然 死んでしまったの? お人形 まだできなかったのに…
おねえちゃんにないしょで なんで死んでしまったの?
おねえちゃん 好きだったのよ あなたのこと…
本当に好きだった やめてくれ!
俺はあんたに同情されたり・
涙を見せられたりするのが 嫌なんだ
同情なんかしてないわ
私は千津ちゃんが 本当に好きだったのよ
なんであなたが 千津を好きになるんです?
好きにならなきゃならない 理由なんか・
どこにもないじゃないか
私は…
あなたが好きだから
あなた いつか言ったでしょう 私を殺してやりたいって
私はあなたに殺されたい
俺は今まで何ひとつ 人から奪ったことはない
俺はいつも日陰のどぶ板みたいに 人に踏まれてくさってきた
これからだって 俺は ただくさっていくだけだ
あなたに会ったとき俺は 自分の境遇を呪った
違う そんなことない あなたは私にとって…
俺とは別の世界の人だ
でも俺 あなたを奪いたいと思った
この手の中へ あなたを 握りつぶしたいと思ったんだ
俺は同情されるのは嫌だ
俺は自分の欲しいものは 自分で この手でつかみたいんだ
・~
・~
ダメ ダメ…
・~
・~
・~
・~
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