All language subtitles for Naval Legends Yamato World of Warships.jp
Afrikaans
Albanian
Amharic
Arabic
Armenian
Azerbaijani
Basque
Belarusian
Bengali
Bosnian
Bulgarian
Catalan
Cebuano
Chichewa
Chinese (Simplified)
Chinese (Traditional)
Corsican
Croatian
Czech
Danish
Dutch
English
Esperanto
Estonian
Filipino
Finnish
French
Frisian
Galician
Georgian
German
Greek
Gujarati
Haitian Creole
Hausa
Hawaiian
Hebrew
Hindi
Hmong
Hungarian
Icelandic
Igbo
Indonesian
Irish
Italian
Japanese
Javanese
Kannada
Kazakh
Khmer
Kurdish (Kurmanji)
Kyrgyz
Lao
Latin
Latvian
Lithuanian
Luxembourgish
Macedonian
Malagasy
Malay
Malayalam
Maltese
Maori
Marathi
Mongolian
Myanmar (Burmese)
Nepali
Norwegian
Pashto
Persian
Polish
Portuguese
Punjabi
Romanian
Russian
Samoan
Scots Gaelic
Serbian
Sesotho
Shona
Sindhi
Sinhala
Slovak
Slovenian
Somali
Spanish
Sundanese
Swahili
Swedish
Tajik
Tamil
Telugu
Thai
Turkish
Ukrainian
Urdu
Uzbek
Vietnamese
Welsh
Xhosa
Yiddish
Yoruba
Zulu
Odia (Oriya)
Kinyarwanda
Turkmen
Tatar
Uyghur
Would you like to inspect the original subtitles? These are the user uploaded subtitles that are being translated:
1
00:00:06,667 --> 00:00:08,934
最強の船になることを期待され…
2
00:00:09,188 --> 00:00:11,429
敵に立ち向かい、
3
00:00:12,023 --> 00:00:15,296
時に勝利し、時に敗北し…
4
00:00:15,594 --> 00:00:19,594
乗組員の勇敢さによって歴史にその名を刻んだ…
5
00:00:19,796 --> 00:00:22,352
伝説の艦艇をご紹介する
6
00:00:22,377 --> 00:00:24,056
「海の英雄」 シリーズ
7
00:00:36,994 --> 00:00:38,634
今回取り上げるのは、
8
00:00:40,182 --> 00:00:41,650
「大和 -
9
00:00:41,893 --> 00:00:44,826
伝説的戦艦の生涯」 です。
10
00:00:54,987 --> 00:01:02,961
1945年春、日本が太平洋戦争に勝利するには、もはや奇跡にすがる以外ありませんでした。
11
00:01:03,406 --> 00:01:08,484
この 「日出ずる国」 は事実上すべての海上・航空戦力を喪失し、
12
00:01:08,508 --> 00:01:11,945
一方のアメリカ軍は日本本土の島々へと上陸を開始していました。
13
00:01:18,372 --> 00:01:25,496
4 月 6 日朝、大和は彼女の最後の戦いのために出航しました。
14
00:01:26,887 --> 00:01:29,332
日本に残された一縷の望みは
15
00:01:29,461 --> 00:01:35,128
当時世界最大かつ最強の戦艦であった大和に託されたのです。
16
00:01:40,388 --> 00:01:45,855
「天一号」 と命名されたこの作戦は、
17
00:01:45,880 --> 00:01:50,192
非常に危険な作戦でした。しかし、大和に対する信頼はほとんど信仰に近いものであり、
18
00:01:50,224 --> 00:01:53,811
日本人は、彼女ならば運命を味方につけてくれる信じていたのです。
19
00:02:14,570 --> 00:02:20,570
大和の艦歴は、この伝説的な最後の作戦より 10 年前に始まりました。
20
00:02:20,625 --> 00:02:26,577
1935 年 10 月、日本人技師たちはこの高名な戦艦に関する最初の設計図を作成しました。
21
00:02:26,836 --> 00:02:32,339
パナマ運河を航行可能な大きさに艦艇のサイズが制限されていたアメリカとは異なり、
22
00:02:32,402 --> 00:02:37,470
日本は艦体形状と排水量の大きな艦艇を建造し、
23
00:02:37,503 --> 00:02:39,878
最大限の兵装を施すことができました。
24
00:02:40,034 --> 00:02:46,967
日本の設計技師たちが建造しようとした強力な戦艦は、当時存在したすべての他国艦と
25
00:02:46,991 --> 00:02:50,725
続く数年間に建造される全艦艇を圧倒するものになるはずでした。
26
00:02:54,108 --> 00:02:58,717
私の後ろに見えている工場群が当時の呉海軍工廠です。
27
00:02:58,851 --> 00:03:01,639
この造船ドッグで戦艦大和は建造されました。
28
00:03:01,726 --> 00:03:06,361
起工が 1937 年、就役が 1941 年です。
29
00:03:06,534 --> 00:03:14,408
大和は世界最大の戦艦でした。当時、総建造費用は 1 億 3 千万円に達しました。
30
00:03:14,432 --> 00:03:19,025
現在の時価に換算すると 1 兆円以上になります。
31
00:03:21,594 --> 00:03:25,835
もともと、日本は 4 隻の大和型戦艦を建造予定でした。
32
00:03:26,273 --> 00:03:30,515
しかし、太平洋戦争が始まったため、2 番艦である武蔵の後、
33
00:03:30,601 --> 00:03:33,135
日本は 3 番艦信濃の建造を中断し、
34
00:03:33,256 --> 00:03:35,098
4 番艦は建造されませんでした。
35
00:03:35,123 --> 00:03:38,201
その後、信濃は航空母艦に改装されました。
36
00:03:51,912 --> 00:03:56,896
日本の古名ででもあるこの名を持つ大和、
37
00:03:56,990 --> 00:04:03,334
彼女の建造中には、厳しい情報統制が行われました。造船ドックの周囲は高い幕で覆われ、
38
00:04:03,359 --> 00:04:06,941
すべての技術者たちは情報の秘匿を宣誓しました。
39
00:04:06,966 --> 00:04:10,605
そして、出入りする労働者たちには顔写真を使った本人確認が行われました。
40
00:04:10,630 --> 00:04:14,895
彼らは確かに、隠すべき何物かをそこに有していたのです…
41
00:04:18,841 --> 00:04:23,317
総排水量: 72,808 t
42
00:04:23,402 --> 00:04:26,011
全長: 263 m
43
00:04:26,044 --> 00:04:28,763
船幅: 38.9 m
44
00:04:28,818 --> 00:04:31,552
吃水: 10.8 m
45
00:04:33,500 --> 00:04:35,875
兵装 主砲
46
00:04:35,938 --> 00:04:40,196
九四式四〇糎三連装砲 3 基
47
00:04:42,891 --> 00:04:46,086
口径: 46 cm
48
00:04:46,204 --> 00:04:47,688
副砲
49
00:04:47,759 --> 00:04:55,283
三年式 15.5 cm 三連装砲 2 基
50
00:04:55,308 --> 00:04:57,658
対空砲
51
00:04:57,683 --> 00:05:03,962
八九式 12.7 cm 二連装砲 12 基
52
00:05:04,010 --> 00:05:11,653
九六式 25 mm 三連装機銃 50基 および単装機銃 2 基
53
00:05:13,684 --> 00:05:19,269
搭載機: 7 機 (偵察機および観測機)
54
00:05:20,442 --> 00:05:25,961
装甲 主装甲帯: 27 ― 41 cm
55
00:05:25,969 --> 00:05:30,133
主砲塔: 19 ― 65cm
56
00:05:30,158 --> 00:05:33,836
司令塔: 30 ― 50 cm
57
00:05:35,907 --> 00:05:36,907
主機
58
00:05:37,016 --> 00:05:41,684
艦本式タービン 4 基およびロ号艦本式ボイラー 12 缶
59
00:05:42,427 --> 00:05:47,426
出力: 154,000 馬力
60
00:05:47,451 --> 00:05:51,231
最大速力: 27:4 ノット
61
00:05:52,067 --> 00:05:58,403
航続距離: 7,200 海里 (16ノット時)
62
00:06:10,770 --> 00:06:17,493
大和の最大の特徴はその主砲塔で、各砲塔が 46 cm 砲を 3 門搭載していました。
63
00:06:17,658 --> 00:06:25,001
この主砲は約 1.5 t の砲弾を射出でき、その初速は秒速 790 m でした。
64
00:06:26,369 --> 00:06:33,486
バーベットを含めた各砲塔の重量は 3,000 t、その内部では 150 人の乗組員が作業を行いました。
65
00:06:41,158 --> 00:06:48,621
大和の主砲塔は火器管制装置で誘導されました。これは射撃情報指示器、
66
00:06:48,660 --> 00:06:53,855
測距儀、初期のコンピュータである九八式射撃盤などから構成されていました。
67
00:06:53,895 --> 00:06:56,512
この火器管制装置は当時最先端のシステムでした。
68
00:06:56,543 --> 00:07:03,808
対艦用火器管制レーダーの欠如は、最高級の斉射管制装置によって補われていました。
69
00:07:03,833 --> 00:07:09,067
これにより、日本海軍の砲撃能力は世界でも最高水準に達していたのです。
70
00:07:09,130 --> 00:07:15,324
大和の副砲塔は 2 基で、各砲塔が 3 門の 15.5 cm 砲を搭載していました。
71
00:07:15,426 --> 00:07:21,582
この副砲は素晴らしい射撃諸元を有し、標準的な巡洋艦の装甲を貫通できました。
72
00:07:21,607 --> 00:07:24,540
しかし、発射速度が非常に遅いという欠点がありました。
73
00:07:26,674 --> 00:07:34,041
大和は就役時に、遠距離迎撃用に 6 基の 12.7 cm 二連装対空砲を、
74
00:07:34,095 --> 00:07:41,048
そして短距離迎撃用に 8 基の 25 mm 三連装機関銃を搭載していました。
75
00:07:41,095 --> 00:07:47,454
これらの対空兵装の数は、戦争中に絶えず増加していきました。
76
00:07:47,580 --> 00:07:54,056
12.7 cm 対空砲と 25 mm 機関銃は異なる射程を有していました。
77
00:07:54,127 --> 00:07:59,813
このため、敵航空機がこれらの射程の隙間に飛んできた場合、効果的な迎撃はできませんでした。
78
00:07:59,908 --> 00:08:07,907
さらに、12.7 cm 対空砲は旋回速度が比較的遅い上に仰俯角性能が悪く、
79
00:08:09,119 --> 00:08:16,943
一方の 25 mm 機関銃は仰角次第では最大の毎分 14 発の発射速度に達しないことがありました。
80
00:08:27,287 --> 00:08:33,712
大和は建艦史上最も重装甲の艦でした。ライバルであるアメリカのアイオワ (Iowa) は、
81
00:08:33,798 --> 00:08:37,962
大和よりも平均 100 mm 装甲が薄かったのです。
82
00:08:38,712 --> 00:08:45,587
この日本の超大型艦の装甲帯は、全長の約半分に及ぶ艦央部を覆っていました。
83
00:08:45,751 --> 00:08:49,285
最も厳重に防護されたのは司令塔でした。
84
00:08:50,996 --> 00:08:53,863
兵装システムは文字通り超大型でした。
85
00:08:54,168 --> 00:08:59,568
日本は他の艦を 10~15 隻集めたような 1 隻の超大型戦艦を建造したのです。
86
00:08:59,684 --> 00:09:02,441
しかし問題はこれが割に合わないことでした。
87
00:09:02,566 --> 00:09:05,433
大和型戦艦を 1 隻建造したとしても、
88
00:09:05,863 --> 00:09:10,721
アメリカの 2、3 隻、あるいは 10 隻の戦艦相手にはおそらく負けてしまうでしょう。
89
00:09:10,823 --> 00:09:16,757
大きさだけでなく、機動性、量、質、舷側へ向けての斉射威力などの諸元も重要なのです。
90
00:09:29,972 --> 00:09:32,909
大和は 1941 年末に就役しました。
91
00:09:33,034 --> 00:09:40,167
最初の作戦であるミッドウェー海戦において、大和は連合艦隊の旗艦を務めました。
92
00:09:41,456 --> 00:09:45,990
1942 年 6 月 4 日から 6 日にかけての戦闘中に
93
00:09:46,116 --> 00:09:51,217
大和は一発も砲弾を発射せず、艦隊司令部が搭乗する艦として専ら運用されました。
94
00:09:53,451 --> 00:09:57,490
日本軍は、彼らの最高の戦艦を温存して
95
00:09:57,515 --> 00:10:00,176
米海軍との来たる決戦のために備えるよう命じたのです。
96
00:10:00,434 --> 00:10:04,379
その結果、日本海軍の乗組員たちは彼らの旗艦に失望するようになりました。
97
00:10:04,442 --> 00:10:08,145
彼らは 「世界三大無用の長物」 として、
98
00:10:08,170 --> 00:10:12,168
中国の万里の長城、エジプトのピラミッド、そして戦艦大和を並べさえました。
99
00:10:15,489 --> 00:10:21,489
1944年秋まで、この日本の超大型艦が真の戦闘を経験することはありませんでした。
100
00:10:25,626 --> 00:10:32,226
姉妹艦武蔵と共に、大和はレイテ沖海戦でアメリカの上陸部隊を攻撃しました。
101
00:10:36,560 --> 00:10:40,052
この戦闘で、大和の損害は軽微であり、これによって
102
00:10:40,077 --> 00:10:44,966
彼女はその力を示し、巨大な不沈艦としての名声を回復したのです。
103
00:10:45,037 --> 00:10:49,638
しかし、太平洋戦争の戦局は当時既に変わってしまっていました…
104
00:10:59,192 --> 00:11:03,423
軍事技術の進歩は基本的に哲学の法則に従います。
105
00:11:03,479 --> 00:11:09,112
新しい兵装システムを造るとき、設計者と軍は各種性能を強化しようと試みます。
106
00:11:09,159 --> 00:11:11,495
こうして、砲はより大口径に、装甲はより厚くなります。
107
00:11:11,605 --> 00:11:15,425
最終的に越えられない壁にぶつかり、海軍そのものの強化は不可能となり、
108
00:11:15,472 --> 00:11:18,946
各種兵装を既存の枠組みの中で改良するだけになります。
109
00:11:18,971 --> 00:11:23,455
その後に起こった革命的な変化が、艦載機および後のミサイルシステムの登場でした。
110
00:11:23,485 --> 00:11:27,008
大和は戦艦建造の頂点でした。
111
00:11:27,071 --> 00:11:30,602
彼女は、これから進歩する技術ではなく、既存の枠の中で技術を極めようとした結果でした。
112
00:11:32,228 --> 00:11:36,563
1945 年、太平洋戦争の戦線は日本本土に及びました。
113
00:11:40,504 --> 00:11:45,028
日本の連合艦隊の指令は、武士道の理念に則ったものでした。
114
00:11:45,061 --> 00:11:48,794
大和に期待されたのは、彼女を護衛する軽巡洋艦 1 隻と駆逐艦 8 隻と共に
115
00:11:48,841 --> 00:11:55,175
沖縄を防衛しアメリカ軍による島嶼部の占領を阻止すること、
116
00:11:55,204 --> 00:11:58,804
あるいは最後まで戦い栄光の内にその生涯を閉じることでした。
117
00:12:00,244 --> 00:12:04,313
この指令を受け、1945 年 4 月 6 日、
118
00:12:04,470 --> 00:12:09,520
この伝説の日本戦艦は最後の戦闘のために出航しました…
119
00:12:12,314 --> 00:12:18,980
アメリカは第 58 任務部隊を送り日本の連合艦隊旗艦を迎撃しました。
120
00:12:20,704 --> 00:12:25,799
彼らは日本の海軍力を象徴する艦を撃沈する機会を見逃さなかったのです。
121
00:12:28,972 --> 00:12:35,866
午前 10 時、大和から約 300 マイル離れたところに位置する 5 隻の正規空母および
122
00:12:35,913 --> 00:12:39,116
4 隻の軽空母から、最初の米軍航空機の編隊が発艦しました。
123
00:12:40,499 --> 00:12:47,303
合計 227 機の航空機が、日本艦隊を撃滅するための戦いに加わったのです。
124
00:12:47,413 --> 00:12:52,006
戦闘は 12 時 34 分に始まりました。大和は 4 発の航空爆弾を被弾し、
125
00:12:52,031 --> 00:12:57,124
1 基の 12.7 cm 対空砲と数門の機関銃が失われました。
126
00:12:57,155 --> 00:13:03,289
その20分後、大和はさらに 2 発の爆弾を被弾し、左舷に 1 発の魚雷が命中しました。
127
00:13:06,327 --> 00:13:09,927
大和は対空砲で応戦しました。
128
00:13:14,124 --> 00:13:20,819
14 時 2 分、アメリカは最後の攻撃隊を、傷つきつつも未だに戦闘力を有する大和に対して発艦させました…
129
00:13:26,061 --> 00:13:28,905
それはもう公開処刑のようなものでした…
130
00:13:28,930 --> 00:13:33,466
大和は左舷に 3 発、右舷に 1 発、計 4 発の魚雷を被弾し、
131
00:13:33,491 --> 00:13:36,038
ダメージコントロール機能を喪失しました。
132
00:13:36,069 --> 00:13:40,595
大和は航行不能に陥り、徐々に傾き始めました。
133
00:13:40,916 --> 00:13:45,424
そしてこの巨大艦が転覆した時、大規模な爆発が起こりました。
134
00:13:49,096 --> 00:13:53,853
日本艦隊の誇りと希望であった大和は、こうして海へと沈んだのです。
135
00:14:00,236 --> 00:14:04,009
艦隊司令官および艦長を含めた約 3000 人の乗組員が
136
00:14:04,049 --> 00:14:08,116
大和と命運を共にしました。
137
00:14:19,142 --> 00:14:20,986
日本人にとって、
138
00:14:21,018 --> 00:14:27,142
戦場に散った真の侍にも似た大和は、今日でも日本の勢威を象徴する存在です。
139
00:14:27,182 --> 00:14:31,213
伝説的な戦艦が建造された呉市には博物館が開設され、
140
00:14:31,238 --> 00:14:35,783
その中央を飾るのは大和の 10 分の 1 模型です。
141
00:14:41,188 --> 00:14:46,227
呉海事歴史科学館は今から 10 年前、呉市の豊かな海の伝統を
142
00:14:46,252 --> 00:14:48,455
保存するために造られました。
143
00:14:48,565 --> 00:14:51,142
現在では『大和ミュージアム』として知られています。
144
00:14:51,158 --> 00:14:53,844
この博物館の展示は呉の海の歴史を反映しています。
145
00:14:53,869 --> 00:14:57,338
つまり、この町の海事と技術の歴史です。
146
00:14:57,408 --> 00:15:00,088
この博物館は非常に有名になり、
147
00:15:00,158 --> 00:15:03,017
戦艦ファンが日本全国から訪れています。
148
00:15:03,033 --> 00:15:08,095
しかし、本来はすべての造船技術に関する博物館であるという事実は忘れてはいけません。
149
00:15:10,267 --> 00:15:13,525
通説では、大和を轟沈させた巨大な爆発は、
150
00:15:13,550 --> 00:15:17,197
主砲の弾薬庫の爆発によって引き起こされたと言われています。
151
00:15:17,221 --> 00:15:21,957
しかし、この恐ろしい爆発の真の理由については諸説入り乱れています。
152
00:15:21,997 --> 00:15:25,153
その答えは、おそらく海の底に隠されたままです。
153
00:15:25,178 --> 00:15:31,004
研究者たちはこれまでのところ、この大戦艦の引き上げには成功していません…
154
00:15:45,176 --> 00:15:48,192
大和には多くの弱点があったことは事実です。
155
00:15:48,208 --> 00:15:53,473
彼女の姉妹艦武蔵のように、この戦艦は空からの攻撃によって沈んでしまいました。
156
00:15:53,481 --> 00:15:59,137
その主な原因は、大規模な空襲に対抗する能力を根本的に欠いていたことです。
157
00:16:07,723 --> 00:16:12,257
大和は現在でも史上最大かつ最も強力な戦艦です。
158
00:16:15,426 --> 00:16:18,715
軍艦の歴史に興味を持つ全ての人にとって、
159
00:16:18,740 --> 00:16:21,238
大和は軍事力の象徴なのです。
160
00:16:21,255 --> 00:16:24,653
敵にを脅かし打ち倒すために生まれた
161
00:16:24,692 --> 00:16:30,879
この畏怖すべき鋼鉄の超大型艦は、敗北にも関わらずその勇名を轟かせました。
162
00:16:30,904 --> 00:16:37,145
彼女は、おそらく今後も越えられないであろう超弩級戦艦の頂点を体現しています。
163
00:16:37,192 --> 00:16:38,895
そしてこの意味において、
164
00:16:38,973 --> 00:00:00,000
大和は常に象徴的存在であり伝説でありつづけるのです。
18597