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♪~
(語り)昭和元禄の終わり この国の高度成長は陰り
学生運動が火をつけた 激動の嵐は沈静化し
近い将来 反動的な虚飾バブル景気に
浮かれることになる空白の時代
1973(ナインティーンセブンティスリー)
新人類の“サナギ”とも言うべき 謎の存在が生まれ出た
(匿名の男) ただの段ボール? ただのゴミ?
人生の あわれな落伍者(らくごしゃ)…
はあ?
まあ そう思うがいい
勝手に蔑みやがれ
ところが事実は逆さま
蔑まれるのは お前たち
こっちは なんでも お見通し
自分が信じる でっちあげの箱
そこに入っているのは お前たちのほう
(匿名の男・わたし) わたしはニセモノの全てを捨てて
代わりにホンモノを手に入れる
そして わたしは見る
お前たちの本当の姿と
隠された本当の世界の姿
この箱と共に 世界は完全に生まれ変わる
(わたし)わたしは 箱男(はこおとこ)だ
一方的に お前たちを覗(のぞ)く
完全に正体を消して
~♪
(わたし)この箱の中では 何不自由なく過ごせる
わたしを見ても お前たちは意識しない
見て見ぬふりをするだけだ
必要なものを拝借しても
お前たちは気にも留めない
こちらにとっては好都合
(シャッター音)
(シャッター音)
(わたし)しかし わたしが かつて そうだったように
(シャッター音)
(わたし)もし 箱男を 過剰に意識したとしたら…
箱男になる
そして 正体がないということは
生きていても死んでいても 関係がないということ
(ワッペン乞食(こじき)のうなり声)
(わたし)箱男は いつ殺されても おかしくない
殺され屋も引き受ける
この世界の王として
(ワッペン乞食)ふん!
(わたし)うっ!
(自転車のベル)
(ワッペン乞食)うわああ~!
(シャッター音)
(シャッター音)
(わたし) 箱男を意識するものは
箱男になる
(車が近づく音)
(衝撃音)
(わたし)うっ…
んっ…
(わたしの寝息)
(わたし)わたしが求めていたもの
完全な孤立
完全な匿名性
そして わたしだけの暗室と洞窟
この暗闇と光は わたしに新たな世界像を結ばせる
(解錠音)
(ドアの開閉音)
(ドアが開く音)
(ニセ医者)失礼します
もう ヤツがどこにいようが 問題ありませんね
今 こちらに
(軍医)ハア…
目ヤニがたまる どうしてかな
(ニセ医者)いや ご病気が悪化されてるんでしょう
一刻も早く そりゃもう 治したほうがいいですよ
こちらの この…
(軍医)拭いてほしいな 君に
(ニセ医者)ハア…
(軍医)いつまでも ここにいて 目を拭いてくれるんだな 君は
(ニセ医者)必要とあらば すぐにでも始められますよ
ああ ちょっと ちょっと
(軍医)ああ… ありがとう 召し使い君
ああ 失敬 君は医者だったね
kein(カイン)echter(エヒト)(ニセモノ)だが
(ニセ医者)それが今ではね 免許を持たないニセモノが
ホンモノのあなたよりも echt(エヒト)(ホンモノ)だ
この感じ 彼女の臀部(でんぶ)に似てるな
(ニセ医者) あの 1つ確認ですけどね
遺書だけは しっかり お願いしますよ
自著でないと通用しませんからね
(軍医) 私の心配性は度を越していた
あげく 部屋に閉じ籠もったまま
飢えるか 首をくくるかして 死にたくなった
ただ…
(ドアが開く音)
(軍医)世間を欺くまま 死ぬのは忍びないと考え
ここに真実を書き残す
(わたし)ホンモノの箱男は
あらゆる肉体の苦痛 あらゆる危険を
乗り越えなければならぬ
かゆい 痛いなど まだまだ赤子レベル
ううっ…
(衝撃音) (わたし)うっ…
(ワッペン乞食の荒い息)
(ワッペン乞食)えいっ!
うう… だあ~!
(わたし)そう 治安紊乱(びんらん)を 取り締まる当局が雇う⸺
専門の殺し屋さえ襲来する
宿敵 ワッペン乞食め
(ワッペン乞食)やあっ ああ!
ぬおお! うおお~!
(わたし)うっ!
(ワッペン乞食)あいやややや…
(わたし)おりゃあ!
(ワッペン乞食) いやあ~! やあ!
-(わたし)ぬおお! -(ワッペン乞食)やあ~っ!
(2人)うおおおお…
(ワッペン乞食)やああ!
うおおお…
-(ワッペン乞食)はっ! -(わたし)くっ…
(2人のうなり声)
うあああああ…
(わたし)うう…
うああああ!
(着弾音) (ワッペン乞食)うあっ…
(ワッペン乞食)ぐあっ!
うっ… ああ…
(わたし) 愛憎か? ただの遊びか?
(銃声)
(わたし)くっ…
(わたし)本気だ ぬるかった!
(シャッター音)
(銃声)
(わたし)ぐあっ!
(シャッター音) (わたし)うっ うう…
(銃声)
(わたし)うう…
(わたし)狙撃者は何者?
箱男に感染し 箱男を憎悪した かつてのわたしか?
だとしたら 心の痛みに耐えるのは むしろ あいつのほうだ
(足音)
(葉子(ようこ))近くに病院がありますから
(においを嗅ぐ音)
ハア~
(わたし) あの脚は処刑人の忠実な手下か
わたしに救いの手を差し伸べる 天使か
ぬるい考えだ
しかし
誘いに乗る価値はある
(ニセ医者)上着を脱がしますね
ちょっと手伝って
-(ニセ医者)ちょっと起こそうか -(葉子)はい
(葉子)失礼します
(ニセ医者)ハア…
最近のイタズラは ひどいですね
これ 警察には?
(わたし)いえ
(ニセ医者)まあ そのほうが 賢明かもしれませんね
逆恨みされないとも 限らないですから
一応 診断書のほうは すぐに出せるようにしておきます
でね ここ化膿(かのう)し始めてるんで すぐ処置しましょう
これ 局所麻酔です
寝かせて
(葉子)失礼します
(ニセ医者)チクッとしますよ
(わたし)箱男を意識するものは
箱男になる
(シャッター音)
(わたし)何もかも…
バカげている
時間だけが ただ過ぎていく
(シャッター音)
(わたし)あいつは!
(ガス銃の発射音)
(連射する音)
(箱男)うっ!
(わたし)“これは 箱男についての記録である”
“ぼくは今 この記録を箱の中で…”
日に日に その存在から
逃れられなくなった
(小刻みな振動音)
(荒い息)
(激しい振動音)
(わたし) 箱男を意識するものは
箱男になる
(わたし)うっ…
(葉子)まだ寝ててください
仕事は何を?
ふだんは こんなこと 聞かないんですよ
写真
(葉子)フッ…
私 てっきり 書き物してる人かと思いました
寝言で小説みたいな話 ブツブツ言ってましたよ
撮られてたんですか? 写真 撃たれたときも
風景を
(葉子)人間は?
人間は撮らない?
(わたし)あ… うん
この傷の犯人 もしかして 箱をかぶったホームレス?
知りません? 最近 出没するらしいですよ
知ってる
カメラマンは覗き屋だから 大抵のことは
(葉子)攻撃的だって
箱をかぶってなかった
あ… でも…
もしかしたら 箱男は
わたしの知り合いのカメラマンかも
人が知らない 街の裏側ばかり撮るヤツだ
覗き魔? 箱男って
ナイフで削るみたいに覗くらしい
着ている服だって むしり取るぐらいに
私なら平気かも
モデル 結構 長いことしていたの
モデルっていっても ヌードデッサンとか…
そのための写真とか
最初はね
全身の皮膚が ヒリヒリ 音を立てるほど緊張したの
でも あるときから逆に
見てる人の鼓動とか 心とか 感じ取れるようになって
やりがいも感じてきて
言い寄ってくる男も たくさん
私も好奇心の塊で 父親の分からない子供まで
絶対 産むつもりだった
でも 体がね
(わたし)そう
心も壊れかけて
立ち直れたのは あの先生のおかげ
(わたし) そのかわり 弱みを握られて?
役に立つって いいですよね
看護師の仕事 私 結構 気に入ってるの
モデルだって 大変な職業だよ
ここだけの話…
私 資格なんてないの
ニセモノ
箱男のことで お願いがあるんだけど
わたしに できることなら
私 あの箱が欲しい
箱男に伝えてくれる? 箱を買いたいって
(葉子)お大事に
私を… 助けてくれませんか?
(においを嗅ぐ音)
(ドアの開閉音)
(ニセ医者)ああ
(葉子)うまくやれたと思う
(ニセ医者)ありがとう
じゃ 今度は…
(葉子)どっちがいい?
(ニセ医者)こっちかな
-(葉子)ごめんなさい 忘れ物 -(ニセ医者)あっ…
もう少しで終わるから 信じてくれ
(シャッターが閉まる音)
(軍医)葉子さん
葉子さん
こっちへ
汗…
葉子さん
近づいて
ああ… 巻いてる
雨になるかな
心配いらない
全ては妄想の中の出来事じゃないか
(わたし)ハア…
(わたし) 暗殺者の正体は
あの医者だ
しかし 彼女は 医者のしもべ?
それとも
本当に わたしに 救いを求めているのか?
(内線の着信音)
はい
はあ…
はい
(ドアの開閉音)
(ニセ医者)えっ…
呼ぶなら 落ち着いてからに してくださいよ
(軍医)落ち着いたんだよ
君も もっと 箱男の気分を知らなきゃ
(ニセ医者)いやいや 私には必要ありませんよ
(軍医)葉子さん
彼に箱の中から覗いてもらって 続きは どうです?
(ニセ医者)いやいや だから必要ないんですって
(軍医)私が覗いてほしいんだ
(ニセ医者)いやいや そういう趣味はないんですよ
私はね あなたとは違いますから
(軍医)ハア…
じゃあ いつまで待てばいい
私の準備は終了だ!
(ニセ医者)あっ
(軍医) それもホンモノとは程遠い
(ニセ医者) ホンモノの箱は始末します
(軍医)本当に 始末する覚悟はあるのかい?
あなたのほうこそ覚悟は?
私は幸せだよ
全部 世話をしてもらってね
死… までもね
それまでは全て約束どおりだ
(葉子)あの… どうしましょう しますか?
それとも もう おしまいにしますか?
(軍医)ああ
君も もうすぐ ホンモノになれる
が~んばれ
(ドアが閉まる音)
すまないね もう終わる
(葉子)もし終わったら… 私 どうしようかな
(ニセ医者)どうするって あいつが消える ただそれだけだよ
どうして?
(葉子)箱男に関わってから 先生 人間が変わった
(ニセ医者)ええ?
ノートか
(葉子)何?
いや あいつ ノートを真剣に…
先生も あの箱 かぶるの?
まあ 完全犯罪のためだったら 必要なことかもしれないね
分からない 私には全然
(わたし)なぜ彼女は
この箱を欲しいなどと 言い出した?
明らかに罠(わな)のニオイ
応じたのは 疑う理由がなかったから?
彼女だったから?
約束の場所は ここ
もちろん 約束どおり彼女自身が
ここに足を運んでくれることに 賭ける
しかし もし医者のヤツが再び わたしを狙うなら
このノートやネガを 証拠物件として残し
箱男殺人事件の犯人が ヤツであることを証明できる
(わたし)ハッ…
(葉子)あなたを信頼します
領収書は いりません
箱の始末も一任します
朝までに 完全に箱を処理して下さい
(わたし)この箱を あまりにも軽く考えてないか?
あの医者に 操られてるだけなんだろ?
あの病院に囚(とら)われてるのか
あなたこそ 囚われてるんじゃない?
それ… ただの段ボール箱でしょ
(わたし)違う!
これは別世界への出口
もしかしたら 君も一緒に…
あなたは お金を受け取る
そして契約を守って 箱を始末する
難しいこと考えない
(わたし)本心なのか?
本心があるところって 知ってる?
(わたしの震える息)
私を… 助けてくれませんか?
(葉子)でも 箱をかぶってたから
顔が見えなくて いつもより怖かった
(ニセ医者) まあ 再現するだけだから
おびえなくていいよ
じゃ 脱いで
(葉子) その前に ちょっと いいですか?
(ニセ医者) いやいや 時間がムダだからね
(葉子)違う 私がそう言ったの
(ニセ医者)ああ なるほどね
(葉子)ビールを出してくれた
(ニセ医者)ふ~ん
(葉子)ありがとう
(ニセ医者) で 君は そうやって飲んだわけだ
(葉子)そう 裸で
(ニセ医者) どれぐらいなんだっけ?
(葉子)ん?
(ニセ医者) 明かりの話をしてるんだよ
これぐらい?
(葉子)ああ 完全に真っ暗
(ニセ医者)それはウソだよ
だって あいつ 見られたいって望んでたんだろ?
(葉子)こだわりますね
(わたし) まるで わたしだ… 許さん!
(ニセ医者)この実験はね 正確さが求められるんだよ
(葉子)あ…
突然 このサボテン 食べ始めて
(ニセ医者) それ サボテンじゃないよ
ケニアからね 持ち帰った ユーフォルビア・インゲンスだよ
(葉子) 正確に再現したいなら 食べて
(食べる音)
(葉子)いろんな格好をさせられて
宝探しでもしてるような 目つきだった
それも だんだん 怪しくなって
サボテンが効いてきたのかな
(ニセ医者)フッ…
ユーフォルビアにはね そういう効果はないの
瀉下薬(しゃげやく)になるだけだから
それがね あいつが見つけた 唯一の研究成果だから
(葉子)しゃげ?
(ニセ医者)下剤だよ
(葉子)フフッ
-(葉子)下剤? -(ニセ医者)ああ
あの人 下剤まで飲んで おまけに浣腸(かんちょう)?
-(ニセ医者)浣腸? -(葉子)そう
よく飽きないなってくらい 何度も何度も浣腸
それで 大きくなったか見てくれ って言うの
適当に“8割くらいですね” って言うと
怒って“そんなはずない”って
“自分のは もっと よく分かる”って
(ニセ医者)でも あれ? 部屋 真っ暗だったんだろ?
(葉子)ああ… そのときは 明かりをつけてくれって
(ニセ医者) いやいや ちょっと待って
勝手な省略しちゃダメだよ
で 実際は? 実際に彼のものは?
(葉子)何が?
ああ… 覚えてない
私のにおいでエレクトしそうだから もっと そばに近寄れって
(ニセ医者)これで いいの?
(葉子)もっと
-(ニセ医者)このぐらい? -(葉子)もっと
もっと
-(ニセ医者)このぐらい? -(葉子)フフフッ…
それくらい
(ニセ医者)それで?
四つんばいになってくれって
お尻のほうから覗くと たまらないんだって
(ニセ医者) 実際にしてやったのか?
私 あいつに見られてると思うと 力が抜けて
お尻から血の気が引いて 感覚がなくなるの
石になった気分
(ニセ医者)それで浣腸は?
“もっと もっと”って
結局 大きくならなかったんだけど
この実験は正確さが求められる
(ニセ医者)ん?
もちろん 実際 してみますよね?
知らなくちゃいけないんでしょ? 言葉だけじゃなくて
(わたし)言葉だけじゃダメだ!
じゃ 入れますね
(ニセ医者)おっ
うう… ああ うっ!
(葉子)力は抜いて
(ニセ医者)うっ あああ…
(葉子)あと40
20…
あとちょっと フフフッ
じっとして
(ニセ医者)ああ…
はい おしまい
(ニセ医者)ああっ…
(葉子)あの人も そんなふうにブルブルしてた
(ニセ医者)ハア ハア…
ハア… ああっ!
ホントに続ける気?
(ニセ医者) 続けないで どうすんだよ!
うおおっ…
(わたし)どうすんだ!
(ニセ医者)うう… あああ…
(葉子) よく見えなかったんだけどね…
あの人 あらかじめ 箱に穴 開けてたみたい
(ニセ医者)ハア ハア…
(葉子)穴で私の体を クンクン 犬みたいに嗅ぐの
(ニセ医者)こうか!
(においを嗅ぐ音)
そう
見るだけじゃ 満足できなかったみたい
もっと
(においを嗅ぐ音)
(葉子)もっと
上手
フフッ 頑張って
(ニセ医者)ハア ハア…
(葉子)フフフッ そう その調子
もっと
上手 頑張って
フフフッ そうそう
(ニセ医者の荒い息) (葉子)フフッ フフフ…
そうそう フフフフ!
フフフフ…
もっと
そうそう フフフ…
アハハハハッ
(わたし)ハア ハア…
ううう…
はあっ!
ハッ!
(ニセ医者)ううっ…
ハア ハア…
(荒い息)
(葉子)先生?
(ニセ医者)うう…
(葉子)どうしたの?
箱をかぶってね 確信したよ
肝心なのは 覗くことよりもノートだ
(葉子)ノート…
書き残す行為だよ
それが彼を箱男にしているんだ
あっ… だから
彼が箱と一緒にノート始末する前に なんとかしなくちゃ
うっ ヤバい! うっ…
ハア ハア ハア…
(わたし)わたしは 彼女が医者に操られている理由を
考え続ける
彼女に あんな行為は似合わない
箱が移動するトンネルなら
彼女はトンネルの出口に さし込む光
箱男の箱を脱皮させる光?
君に 笑ったり怒ったり してもらいたいんじゃない
肝心なのは 笑ったり怒ったりしているのが
君だということなんだ
(わたしの寝息)
(寝息)
(デバイスの始動音)
フフフフ…
(軍医の寝息)
(ニセ医者) で 結局 君は誰なんだ?
(わたし)フッ… おいおい
箱男が誰かなんて この世で最も くだらない質問だ
(ニセ医者)フッ… 確かに
しかし 箱ってのは 見ると かぶるとでは大違いだね
ヘヘヘッ
(わたし) 1つの街で生きられる箱男は1箱
それが暗黙の仁義
それは あんたも分かってるはずだ
(ニセ医者)実はね 昨日
箱をかぶって 夜を明かしてみたんだよ
なるほどと思ったね
これじゃ 箱男になりたがるのも 無理はないよ
(わたし)覚悟はあるんだろうな
(ニセ医者)当然
(葉子)あの… タバコ やめてもらっていいですか?
肌に悪いから
(ニセ医者) いやいや 僕は吸ってないよ
(わたし)わたしも吸ってない
確かにタバコのにおいがする
(ニセ医者)あっ… そんなことは どうでもいい
で 君はどうなの?
僕と この人 どっちを選ぶ?
(葉子)急に先生がいなくなったら 患者さんが困ると思います
(わたし)フッ… ずるい答えだ
(ニセ医者)フッ… まあね あのね
ちょっとした妥協案は 用意してあるんだよ
フフフ… “肝心なのは”
“笑ったり怒ったりしてるのが 君だということなんだ”か…
ハハハッ
随分 彼女に 愛着を持ってるようだが?
ねえねえ 裸になって見せてあげたら?
え?
(ニセ医者)かまわないだろ?
例えばね どうだろう あの…
箱を脱ぐ代償と言っちゃなんだけど
彼女のことを 君に任せるというのは
もうね この家だって 自由に使ってもらってかまわない
僕は一切 干渉しないから
ああ ごめんごめん 1つだけね あの…
覗く自由だけは 与えてほしいんだよ
もちろん この箱は かぶったままで
慣れれば ゴミ箱みたいなもんだろう?
(わたし) 君は こんな変態の奴隷なのか
(葉子)嫌なら やめます?
(ニセ医者) 煮えきらない男だな 君も
(葉子)カメラ 撮りたいなら撮ってもいいけど
(ニセ医者)いやいや そんなさ 撮影なんかより もっと
直接のほうが いいんじゃないの? 彼は
ねえ?
ほら もう きれい事は よそうじゃないか
僕に気兼ねなく 彼女と楽しめよ
彼女はね 命令に従ってるんじゃないんだよ
現実的でクレバーなんだ
だから 直感で正しいことを 選択できるんだよ
人を傷つけるのは苦手だから
(ニセ医者)ハハッ そりゃ ちょっと違うな
いざとなったら 君が一番 残酷になれるんじゃないの?
執着とは無縁だからね
ああ ちょっと待て
おい
せっかく 君のために脱いでるんだから
もっと しっかり見ろよ
箱男なんだろ?
いいか? 大体ね
交尾と暴力なんていうのは もう 本能的には同じなんだよ
生物には攻撃本能を刺激する こう 縄張りというのがある
人間の場合 大体 こう 広げた腕の長さだ
それを越えれば あとはもう 殴り合うなり 交尾するなり
どのみち 抜き差しならない 濃密な肌の触れ合いが待ってる
今の君の場合 彼女までの距離 あと半歩じゃないかよ
半歩 踏み出せば あとは思いのままなんだぞ
ん?
なんだ…
なんだ なんだ なんだ!
お?
それが君の答えか
(わたし)罠だ
あいにく証拠がある
箱男が邪魔なんで 始末しようと考えたんだろ?
箱男志願者が考えそうなことだ
まさしく わたしも同じことをしたんだから
(ニセ医者)渡せよ!
(わたし)おお どうぞどうぞ
ネガは ちゃ~んと… ちゃんと隠してある
(ニセ医者)しかたないな
(弾を装填(そうてん)する音)
(わたし)フッ…
グダグダ言ってないで 初めから本能に従えばいいんだ
この街に…
箱男は2人いらない っつってんだ!
うあああ!
(銃声)
(銃声)
(わたし)うっ!
(ニセ医者)葉(よう)ちゃん 伏せて!
よし クソッ
(銃声)
(空撃ちの音)
(ニセ医者)あれっ
クソッ!
(わたし)うあああ!
(殴る音)
(ニセ医者)ああ いてっ!
(わたし)ぬああっ!
(ニセ医者)クソッ 葉ちゃん! 弾 これ 入れて!
(葉子)先生!
(ニセ医者)あっ これだ
クソが! お~し!
待てえ! うあっ…
クソが!
ハア ハア ハア…
ハア… よし!
クソッ!
(殴る音)
(ニセ医者)痛(いた)っ!
-(ニセ医者)クソッ -(わたし)おらあ!
(殴る音)
(倒れる音) (ニセ医者)痛っ!
(わたし)バカにすんな!
葉ちゃんだと? この野郎 ああ?
(ニセ医者)やめろ!
(殴る音) (わたし)おらあ! おお~!
(ニセ医者) クソッ… うわあああ!
痛い!
(わたし)この!
(ニセ医者)来るな!
(わたし)ああ! 逃げるな!
ニセモノ! 逃げるな!
(走ってくる足音)
(葉子)先生!
(ニセ医者)うああああ!
よっしゃ!
(わたし)おらあ!
(銃声)
(ニセ医者)おりゃあ!
ハア ハア ハア…
んっ! ハア ハア…
え~ どこだ? ええ?
(わたし) ハア ハア ハア… クソが
おらあ~! はあっ!
(ニセ医者)ぐわっ 目が!
だあっ! ぐあああ…
(ニセ医者のうめき声)
(わたし)ハア ハア ハア…
死ね
うわあああ!
(葉子)いやっ!
(ニセ医者)君は今 たった今 どこで何をしている
(わたし)見てのとおりだ
お前と闘って
ハア… そして勝った
(ニセ医者)じゃあ このノートを書いてるのは誰だ
これは ノートに書かれた出来事だ
書き手がいなきゃ おかしいだろ
(わたし)それは… わたしだ
(ニセ医者)じゃあ 今 ここにいる君は誰なんだ?
(わたし・謎の声)そうか
やっと お前の正体が 分かってきたよ
お前も このシケた病院も
(軍医の声になって)君だって 全部 わたしの妄想の物語だ
(軍医の声)それこそ わたしが
ホンモノの箱男だっていう 証しじゃないか
(ニセ医者)…と 誰か別の人間が 書いているのかもな
例えば わたし
(軍医)これは わたしの物語だ
(ニセ医者)…と 誰かが創作して 書いているのかもな
(わたし・軍医)わあああ!
箱男は わたしだ!
わたしだ! わたしだ! わたしだ!
わたしだ! わたしだ!
(葉子)やめて!
いやあ~!
(わたし・軍医・ニセ医者) こいつは… 誰だ!
わたしは 誰なんだ!
(ニセ医者)あ…
ああ…
うっ… あっ
大丈夫
(葉子)もう やめて
私 あの人以外に ここでの生活 不満はないの
何かに取り憑(つ)かれてる
ダメだよ
これはね 推理小説なんかには 収まらないんだよ
完全犯罪だよ
いいかい 世間が知るのはね
法律の外にいる 匿名の 箱男になりきって狂ったヤツが
誤って海に転落死する ただ それだけのことなんだ
(葉子)だからって 先生が手を下(くだ)すことない
自殺したいなら 勝手にさせればいいでしょ
あいつはね 安楽死をしたがってるんだよ
でも それはもう ノートに書かれてること
ただね 今の時点では 彼のノートのほうが強い
だから僕が 書き直す必要があるんだよ
そうすれば 完全犯罪としての 安楽死が成立する
(葉子)あの人 もう長くない
私 分かる
死臭がする
(2人の笑い声)
(葉子)だから 無理して危ないことしないで
大丈夫!
僕はね あんなホンモノよりも 優秀な医者だよ
そんな 溺死に仕立て上げるなんて わけはないでしょう?
それに今までに積み上げた 証拠がある 君と僕と
で 仕上げに 箱男のアリバイを この中に詰め込むんだよ
いいから ね?
配信映画でも見ててよ ね?
あとは供述書のシナリオだな
ちょっと… よっと
え~と…
ちょ 待て…
フウ…
よし
(ニセ医者) これから申し述べますことは
全て 真実であります
海岸に打ち上げられた 変死体について
お尋ねでありますが…
(パトカーのサイレン)
(刑事) 証拠品は見つかりましたか?
(鑑識官)まだ見つかってません
(刑事)見させてもらいます
(刑事) 最近 箱をかぶった浮浪者が
市内を徘徊(はいかい)していたという 目撃証言がいくつかありました
誤って海に墜落したようです
え~ 遺体には おびただしい擦過傷
肺からは海水が検出されました
くるまった段ボールのほか 所持品は
日記と思われる分厚いノートと時計
なお検死の結果 死亡時刻は およそ…
30時間前
軍医殿は かねてより 自殺の危険がありました
軍医?
ああ あの 当院では 軍医という呼称が習わしだったので
というのも あの方は
自衛隊医師長を退役して 先代の個人医院を継いだ後
紛争地帯で 医療支援に従事していました
私が あの… あの方に出会ったのも ソマリアの国境に近い⸺
ケニアのダダーブという 難民キャンプでしたから
なるほど
しかし あなたは 無免許で代診なさっていた
あっ まあ…
ご指摘のとおり 私は 医師免許を取得しておりません
その件に関しましては 謹んで沙汰を待ちたいと思います
ただ 軍医殿との関係において 何があったのかだけは
お話しさせてください
-(刑事)どうぞ -(ニセ医者)はい
私は看護師として 軍医殿の激務を 誠心誠意 支えました
ただ 不運なことに 軍医殿は奇病に侵されたのです
あの方は医療援助のかたわら
アフリカ固有の多肉植物から
薬効成分を抽出する研究を 行っていたんですが
その研究に没頭するあまり 自身を検体にし続けまして
それが奇病の原因になったのです
ただ この奇病というのは 未知なる病のため
有効な治療というのがなくて 残された手段は苦痛緩和のみ
つまりですよ 医療用麻薬の使用だけだったのです
確かに 血中から 薬物成分が検出されました
はい
そこから 我々の運命が変わったんです
私は軍医殿のことを 見捨てることができなかったので
病状の沈静化のため 共に帰国しました
それで再開した軍医殿の個人医院に 勤務した次第なんですが
ただ この病状というのが 回復するどころか悪化していって
果ては薬物による奇行が 目立つようになったんですよ
(刑事)麻薬を与え続けたと
(ニセ医者)いや そりゃあね 真の友情があれば
中毒治療に専念すべきという疑念も 理解できますよ
ただね この 軍医殿が服用していた薬というのは
依存症治癒率が ほとんどゼロに近いんです
ということはですよ 軍医殿から薬を奪うということは
それは自殺を促すようなものでしか ないんです
(刑事)なるほど
しかし無免許医療行為の 免責にはなりません
(ニセ医者)承知しています
実は そもそも 医療支援活動期より
私は軍医殿によって密(ひそ)かに 医療行為を任されていたんです
もう奇病に薬物
何しろ軍医殿は
まともに治療に当たれる 状態ではありませんでしたから
ただ まあ 幸いにもというか 不幸にもというか
私には軍医殿をしのぐほどの 医術の才能がありましたから
はい
まあね そういうこともあって 帰国以来 私は
軍医殿を庇護(ひご)しなければならない という責務に追われて
ニセの医者を続けていたんです
もちろん これが言い訳に ならないことは承知してますよ
ただね
あの方の生活を守るためには 必要なことだったんです
(刑事)分かりました
しかし 軍医殿は結局 死亡された
それも段ボールをかぶって
最近の市内徘徊には 気付かなかったと?
(ニセ医者)まあ 実は
このところ軍医殿の中毒症状が ひどかったんです
で 院内でも 独立した部屋があるんですけど
あの方は そこに閉じ籠もって 我々の日々の生活から
自らを遠ざけるように なっていたんですよ
あとは まあ
私も職員たちも 忙しくしておりましたから
全てを把握していたというわけでは ないんですよね
何か 含みがありますね
隠し立ては 身のためになりませんよ
いや… いやいやいや ただ…
死を選ばれた人間を おとしめるようなことは…
話してください
(ニセ医者)ハア…
まあ 実は…
私は 軍医殿から 脅迫されていました
もうね 薬が欲しいからといって 再三 自殺をほのめかされたり
私の不当医療行為を 世間に訴えるとか
で 果てはね 薬物にとどまらず…
あの方ね もともと変人だったのですが
その変態的性格に 歯止めが利かなくなったのか
まあ ちょっと 恥ずかしい話なんですけど
私の内縁の女性を供出せよ で 裸体のまま鑑賞させよ と
あまつさえ 浣腸行為をさせたりですよ
別にね 私は恨みを 抱いているわけではないんです
ただね ほとほと困り果てました
その上 箱をかぶって徘徊するなんて
私に止められますでしょうか
くっ! ハア ハア…
ハア…
ハッ
ああ…
(荒い息)
(ニセ医者) 溺死偽装の用意が整いました
あなたの望みどおりです
(軍医)とうとう…
なんだ その格好は
(ニセ医者)フッ…
死刑執行人の詮索ですか
あなたは実際には もう死んでいる
平凡な自殺をする気も なかったわけだ
あなたを消し去るのが誰だって かまやしないじゃないですか
それが箱男なら適任ですよ
(軍医)違う
箱男として私が死ぬ
そこにこそ このドラマの エクスタシーがあるんだ
(ニセ医者)フッ…
箱男に殺されれば より面白いんですよ
フフッ…
葉子は どうしてる?
(ニセ医者) フッ… 今更 女ですか?
あの娘(こ)は 私との関係を望んでる
抑えきれない好奇心を 満たしてあげなきゃ
(ニセ医者)命乞いですか
生死など問題ではない
陶酔できるかどうか
(ニセ医者) 大丈夫 完璧に殺しますから
もうノートに書かれてる 出来事ですから
あなたは 僕にはできないって たかをくくってましたよね
ヘヘッ
殺してくれなければ 僕がニセモノだと
世間に公表するなんて脅して 僕たちを弄んだ
所詮 箱男を使った 自殺幇助(ほうじょ)完全犯罪なんて不可能だと
あなたは初めから僕たちのことを…
興ざめだ
決めたとおりにやってくれ
(ニセ医者) 証拠なんて 必要じゃなかった
あなたを殺して 僕が箱男になれば完全犯罪だ
(軍医)ぐっ ああ…
(ニセ医者)ヘヘ… ヘヘヘッ
あなたの言ったとおりですね
僕は ついにホンモノになる
(軍医)私のようなホンモノは… 私だけだ…
(ニセ医者)ヘッ
(軍医)あ… ああ…
(ニセ医者)んっ!
んん~っ!
(軍医)いい… 気持ちだ
(ニセ医者)ぐああぁ~!
(葉子)ハア ハア ハア…
先生
先生!
(ニセ医者)先生じゃない
じゃあ 何?
(ニセ医者)箱男だ ホンモノの
どうして?
(ニセ医者)君は自由だよ
そして 僕も
(波の音)
(わたし)お前… 誰だ?
(ニセ医者)中を詮索するなんて 箱男から最も遠い行為だね
君は箱男のニセモノだった
ホンモノになりたいのなら
ここから 答えを探してみたらどう?
もう僕には必要ないよ
(わたし) これは わたしが書いたノートだ
(ニセ医者) …と 誰かが書いたのかもな
(チャイム)
(ドアが開く音)
(葉子)なんの用?
(わたし)やり残したことがある
(わたし)あいつは
わたしよりも わたしらしい わたしを書いて
ホンモノの箱男になった
(葉子)帰ってこないのか 先生
(わたし)わたしは…
ホンモノには なれないのか
(葉子) その汚らしいもの 早く脱いだら?
いつまで続ける気なの?
(わたし)なんか… 着るもの 貸してくれないか?
裸だから
(葉子)フッ… フフッ フフフ
フフフフッ
恥ずかしいとかあるんだ ハハハッ
(続く笑い声)
(葉子)フウ…
見られる立場を 体験しなさい
ほら
これなら?
出てきて
(わたし)彼女は やはり
トンネルの出口だった
やり残したことって 何?
(わたし)ああ~っ!
(ノートが落ちた音)
(葉子)え…
(わたし) 出口 結末は問題じゃない
(葉子)なんで結末?
(わたし)そうだ!
世界を全部 箱の中に 閉じ込めてしまえば どうだ?
終わりから始まるんだ
現に今 熱い風が吹いた
(葉子)夏だからでしょ
(わたし) 終わりから始まる この熱風
箱をかぶると詩人になるの?
(葉子) ここに閉じ籠もりたいわけ?
(葉子)とっても静か
いい気持ち
(わたし)この中で
見るも見られるもない
(葉子)私とあなたの間の 違いもなくなる?
(わたし)時が止まり
(葉子)永遠がやって来る?
(わたし)君の髪のにおい
(葉子) くりくり丸い あなたのお尻
(葉子)この先に 何がある?
(わたし)分からない
(葉子) 殻に閉じ籠もって 固まったサナギ
でも その殻の中は
全てが溶けて
ひとつになって
別の形で生まれ変わる
飛び立つ蝶(ちょう)になるため?
(足がノートに当たる音)
(拾い上げる音)
(わたしがつぶやく声)
(意味不明なつぶやき)
(うなり声)
(意味不明なつぶやき)
(うなり声)
(ドアが閉まる音)
(遠ざかる足音)
(わたし)わたしは間違っていない
失敗したかもしれないが 後悔はない
彼女がドアを閉める音には
深い哀れみと 思いやりが込められていた
あれは 彼女が出ていった音じゃない
彼女は 外の世界へ 逃げ出したのではなく
箱の中の ひとつ奥の世界へ 入り込んだんだ
箱といったら
もがけば もがくほど 次々と中に迷路を作り出す⸺
出口のないブラックホールのような 世界だから
彼女は どこかで 迷っているだけなんだ
(わたしの震える息)
(ぶつかる音)
(わたし)この世界を覗き続け
この世界を妄想し
この世界を創り上げ
支配しているのは…
(わたし)ハア…
(わたし)この妄想の中では 誰もがニセモノだった
ただの空想の産物にすぎなかった
そして ホンモノの箱男は
それをずっと一方的に覗きながら
一喜一憂していたのだ
そう
箱男とは
すなわち
あなただ
♪~
(バイブ音)
(着信音)
(バイブ音)
(次々と鳴る着信音)
(バイブ音と着信音が いくつも重なる)
~♪
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